東日本大震災以降,原子力損害賠償法に興味あり,同法と東京電力の責任についても検討してみたい。

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■2条「原子力損害」の意味・範囲 その18 風評被害 消費者の回避行動と因果関係

■2条「原子力損害」の意味・範囲 その18 風評被害 消費者の回避行動と因果関係


 営業損害としての風評被害については,結局,どのような損害を賠償対象と認めるべきか(価値判断)と,そのための範囲を画する理論をどうするのか(論理的枠組み)という点が問題となる。


〔損害と価値判断〕
①原発事故と関係ない損害の請求
②原発事故に起因するが,一般人を基準に,社会通念上,合理的なものとして是認できない過剰な回避行動による損害の請求
③原発事故に起因し,一般人を基準に,社会通念上,合理的なものとして是認できる回避行動による損害の請求

 まず,①の排除は争いがなかろう。③を賠償すべき損害と捉えることも争いがないはずである。しかし,②について,これによる損害を,生産者等が負担すべきと考えるか,原子力事業者が負担すべきと考えるか,どちらが公平といえるのか,価値判断のレベルで分かれるのではなかろうか。


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〔因果関係論〕
ア 相当因果関係説(事実的因果関係前提に相当因果関係判断)判例・通説
 ア1 民法416条類推肯定説
 ア2 民法416条類推否定説
イ 保護範囲説(事実的因果関係,保護範囲,金銭評価)有力説
 イ1 義務射程説
 イ2 危険性関連説
-------------------------------

 因果関係論について,判例通説の相当因果関係説に立ったとてしても,判断の理論的な枠組みとしては,以下のようなものが考えられる。

〔理論的枠組み〕

A 事実的因果関係の問題。
・不当請求,過剰な回避行動を事実的因果関係のレベルで排除することを考える。

B 相当因果関係の問題。
・不当請求,過剰な回避行動を因果関係の「相当性」のレベルで考える。
B1 風評被害は,通常損害であるとして,原則として相当因果関係を認める。
B2 一般人を基準に合理的と是認できる風評被害は,通常損害,それ以外は特別損害として,予見可能性のある範囲内でのみ賠償対象とする。
B3 風評被害は,原則として特別損害であり,予見可能性のある範囲内でのみ,賠償対象とする。

C 損害の有無金額の認定,過失相殺(民法722条2項)の問題。
・損害の有無金額の認定,過失相殺の理論等で不当請求,過剰請求は排除する。


 このABCは,排他的な択一関係にあるのではなく,どの理屈や観点を,賠償対象に絞りをかけるための道具とするのかという違いであって両立しうるものもある。また,因果関係論について,相当因果関係説のうち,どの立場をとるかによって,理論的枠組みのうち,どれになじむかという差はあろう。


 原子力施設の事故と,風評被害の関係については,そもそも最高裁判例がないし,判例理論が固まっているといえるほどの数の判例が存在しない。
 これまでの下級審の判例では,過剰な買い控え分は賠償対象から排除しようする価値判断に立ち(前述の①②を排除しようとする価値判断),その理論的枠組みとしては,相当因果関係を問題とする立場(前述のB2?)をとるようである。
 この場合,一般人を基準に合理的と是認できる損害を,相当性あるものとして因果関係を肯定するが,具体的にどこまで一般に是認できるとするのかが問題となり,なんとか理屈をつけて一定の観点から,時間的場所的限定を加えるということになろう。
 大量迅速な処理が要求されるなど,画一的判断が必要な場合にはなじむが,それゆえに結論において公平を欠く可能性があろう。


--------------------------------
・平成元年5月17日・名古屋高等裁判所金沢支部判決(判タ705号108頁)
 敦賀原発風評被害訴訟。昭和56年1月敦賀原発において,日本原子力発電が,放射性物質を漏洩させた事故に関するもの。事故事実の公表後,風評被害が広がり,水産市場関係者が,売上げ減少による損害の賠償を,日本原子力発電株式会社を訴えた。
「前認定のとおり,本件事故の発生とその公表及び報道を契機として,敦賀産の魚介類の価格が暴落し,取引量の低迷する現象が生じたものであるところ,敦賀湾内の浦底湾に放射能漏れが生じた場合,漏出量が数値的には安全でその旨公的発表がなされても,消費者が危険性を懸念し,敦賀湾産の魚介類を敬遠したくなる心理は,一般に是認でき,したがって,それによる敦賀湾周辺の魚介類の売上減少による関係業者の損害は,一定限度で事故と相当因果関係ある損害というべきである。」
「前認定のとおり,事故による影響かどうか必ずしも明らかではないものの,一部売上減少が生じたことが窺われるが,敦賀における消費者が,敦賀湾から遠く離れ,放射能汚染が全く考えられない金沢産の魚まで敬遠し,更にはもっと遠隔の物も食べたくないということになると,かかる心理状態は,一般には是認できるものではなく,事故を契機とする消費者の心情的な判断の結果であり,事故の直接の結果とは認めがたい。金沢産の魚も心情的には不安であるとの理由で賠償を命ずるものとすれば,金沢における消費の低下も是認しなければならなくなり,損害範囲はいたずらに拡大することとなる。したがって,右控訴人らの売上高が本件事故後減少したとしても,消費者の個別的心理状態が介在した結果であり,しかも,安全であっても食べないといった,極めて主観的な心理状態であって,同一条件のもとで,常に同様の状態になるとは言い難く,また一般的にも予見可能性があったともいえない。すると,本件浦底湾における人体に影響のない微量の放射能漏れと敦賀の消費者の金沢産魚介類の買い控えとの間には,相当因果関係はないというべきである。」
-----------------------------------


 JCO事故と,今回と,ともに原子力損害賠償紛争審査会の委員をされている大塚直教授は,事実的因果関係の前提として,条件関係と反復可能性が必要であるという立場から,一定の場所的限界のもとでのみ損害発生の反復性があるとしうる場合には,場所的限界は,事実的因果関係の及ぶ範囲を定めたものと考えうるとの立場をとられるようである。事実的因果関係のレベルで考えるので,前述のAの立場?

・ジュリスト1186号41頁,大塚直「東海村臨界事故と損害賠償」
「一定の場所的限界のもとでのみ損害発生の反復性があるとしうる場合,それは不法行為法のどの問題を論じているのであろうか。まず,事実的因果関係と保護範囲を分ける有力説に立つと,この問題が事実的因果関係の問題か,保護範囲の問題かが議論されよう。事実的因果関係は条件関係のみを内容とするという理解もありうるが,最近では,事実的因果関係の前提として,原因と結果との反復可能性が必要でるとするものが少なくない。この見解によれば,一定の場所的限界を設けることは,事実的因果関係の及ぶ範囲を定めたことになる」

 
 また,窪田充見教授は,先の敦賀原発風評被害訴訟判決の評釈で次のように論じておられる。
・判例時報1376号118頁(判評387-42)
「相当因果関係判断の基準とされている消費者の心理は、本判決の述べるように「是認されるもの」、「是認されないもの」なのであろうか。すなわち、本判決は、「漏出量が数値的には安全でその旨公的発表がなされても、消費者が危険性を懸念し、敦賀湾産の魚介類を敬遠したくなる心理は、一般に是認」できるとし、一方「敦賀における消費者が、敦賀湾から遠く離れ、放射能汚染が全く考えられない金沢産の魚まで敬遠し、更にはもっと遠隔の物まで食べたくないということになると、かかる心理状態は、一般には是認できるものではなく、事故を契機とする消費者の心情的な判断の結果であり、事故の直接の結果とは認め難い」とする。本判決自体がいみじくも述べているように、消費者の心理は、必ずしも現実の汚染について事後の評価と関わりがないものであり、またそうした消費者の心理が本件のような営業上の損害という事案においては重要な部分を占めるとすれば、そうした消費者の心理を是認する、是認しないという問題設定は、そもそも出発点とずれてしまっているとも言える。本判決は、それにつないで、「Xらの売上高が本件事故後減少したとしても、消費者の個別的心理状態が介在した結果であり、しかも、安全であっても食べないといった極めて主観的な心理状態であって、同一条件のもとで、常に同様の状態になるとは言い難く、また一般的に予見可能性があったともいえない」としているが、ここに至って、さらに矛盾は大きくなるものと思われる。すなわち、「個別的心理状態」とはいっても、売上高減少をもたらしたようなものだとすれば、集団的で統計的に有意なものである筈であり、因果関係の中断などで論じられるような第三者の介入と同列に扱われるべきものではない(統計的に有意なものであるならば、何の論証もなしに「同一条件のもとで、常に同様の状態になるとは言い難く」と片付けることも許されないのではなかろうか)さらに、「安全であっても食べないという極めて主観的な心理状態」は、一方で本件自身が一般論としては「是認」しているものなのではなかろうか。原発事故のように影響が広範囲に及ぶものについては、どこまでを賠償範囲として扱うかの判断が困難であることは、十分に理解でき、その意味で、「金沢産の魚も心情的には不安であるとの理由で賠償を命ずるものとすれば、金沢における消費の低下も是認しなければならなくなり、賠償範囲はいたずらに拡大することになる」という視点は、論理的にはともかく、実際上の判断に重要な役割を果たしたことが推察される。ここでは、理論的な観点からみた場合、本判決のような相当因果関係の説明の仕方には問題があると考えられる点、まずは指摘しておくことにする(なお予見可能性の判断が事実の問題か当為の問題かについて論ずる前田達明・不法行為法理論の展開(昭和五九年)二〇六頁以下は、ここでの問題に関しても示唆的である)。」

 このように,この窪田教授の評釈では,回避行動が一般に是認できるか否かを,相当因果関係の判断基準とする判決の理論に対し,根本的な疑問が呈されている。

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【結局どのように考えるか】

〔無関係な損害の不当請求〕
・原発事故と全く関係のない損害についての賠償請求は認めるべきではないのは当然であろう。あれ無ければこれ無しといはいえず,そもそも条件関係がない。


〔自然災害を理由とする回避行動による損害〕
・地震津波等の原発事故と関係のない他の要因のみからくる消費者の買い控え等回避行動については,価値判断としても,原子力事業者には,賠償義務なしとして良かろう。

・食品等については,自然災害が理由に購入を見合わせる人は少なく,多くは放射性物質による汚染のおそれから回避行動に出ていると思われる。
 ただし,大災害であることから,社会の混乱や不安感の蔓延で一般に消費が抑えられて,その分による減収はあろう。この場合,多数の消費者の意図をいちいち個別には問題とはできないので,阪神淡路大震災や中越沖地震などの場合の統計的資料をもとに,原発事故がなくても大規模自然災害時に通常おきる消費低迷分は推定できるとして,それを賠償の対象とすべきかは問題となろう。

 観光業の場合,消費者の回避行動は,国内外を問わず,自然災害での被災地,被災国に旅行するのが気が引けるという部分もあろうし,余震等震災への恐怖等もあって,必ずしも全てが原発事故,放射性物質への恐れからくるものではないはずである。これも,阪神大震災等の他の大規模自然災害の場合の統計的資料に基づき,どの程度の割合が,そもそも原発事故がなくても減少すると考えられる部分がを考慮して,大規模自然災害時に通常おきる消費低迷分は推定できるとして,それを賠償の対象とすべきかは問題となろう。


・消費者個人の感情を推定するとして,これを詳しく考えると

(a) 自然災害への恐れ等の原発事故と関係のない理由のみによる回避行動
(b) 原発事故,放射性物質への恐れのみからくる回避行動
(c) (a)と(b)が合わさった理由からくる回避行動

 これは観光業などで特に問題となるだろうが,この(a)による損害を「原子力損害」として賠償対象としないことは問題がなかろう。(a)は,おそらく条件関係がないものとして排除される。
 また,(b)が原子力損害として検討対象となることも問題がなかろう。食品の購入や原発近隣地への旅行などは,(b)による回避が多いだろうし,原発近隣地以外への旅行減少などは,(a)の回避行動が多いかもしれない。
 問題は(c)で,これは,原発災害による回避行動と,自然災害による回避行動の重なる部分ともいえる。また(c)の部分の損害は,原発事故と自然力との競合によって発生したものと捉えることもできる。〔事故発生そのものについて自然力が関与した場合の競合とは同様に考えられないかも知れない?。〕http://genbaihou.blog59.fc2.com/blog-entry-49.html

 この(c)の処理については,理論的には以下の立場が考えられる。

1 (c)の部分は,原子力事業者には負わせない。
2 (c)の部分も全部,原子力事業者に負わせる。
3 (c)の部分のうち一定割合を原子力事業者に負わせる。

 どの立場に立っても、〔大災害時の統計的資料等を参考にするなどいくらか手かがりはあろうが〕具体的にどうやって、(a)(b)(c)の損害の範囲を画するのかは問題となる。
 また、少なくとも民法上の理屈としては,重畳的競合の場面では,競合条件を取り去った上,あれ無ければこれ無しという条件公式を適用して,条件関係(事実的因果関係)を肯定することは許されるので,(c)の部分について条件関係を肯定することはでき、2の立場は、論理的に容易であるが、1と3のように原子力事業者の責任の全部又は一部の減責を認めようとする場合、いかなる理論構成(相当因果関係?, 割合的因果関係?,自然力競合での減責論?,損害額の評価?)になるのかが問題となろう。


〔過剰(不合理)な回避行動による損失部分〕
・消費者の合理性を欠く過剰な買い控え(一般に是認できないもの)については,前述のとおり,そもそもこれを賠償対象とすべきか,生産者が受忍すべきとするかの問題であり,一般人を基準として合理的なものといえる否かによって相当性を判断すべきかという問題につながる。
 これについては,以前に述べた。

 今回の事故は,現実に大量の放射性物質がまき散らされるという,我が国おいてきわめて異例な事故で,低レベルの放射線被爆の影響,危険性については,専門知識がない一般消費者が確信を持てる状態にはなく,その受忍限度等についても社会的コンセンサスもない社会において,そもそも一般通常人の合理的判断というものを観念しうるのかという根本的疑問がある。また,放射性物質がまき散らされるという大規模原発事故が起きれば,微量ながらも放射性物質の飛来する恐れのある範囲で生産される食品について,それが合理的か否かにかかわらず,一定の消費者が気にして食べないということが起きるのは,なんら不自然ではないのであって,通常の因果の経過であることは明白ではなかろうか。
 したがって,不当請求や,自然災害など他要因による回避行動による損害や、その他要因による減収部分の請求は,まず条件関係なきものとして事実的因果関係で絞り(A),その上で,原発事故や放射性物質に対する恐れからくる回避行動によって生じた損害については,放射性物質の飛来が現にある地域(ほぼ日本全土)について,その合理性(一般人を基準に社会通念上是認できるか)などは問わず,通常損害として相当因果関係を認め(B1),過剰請求等は,損害の有無・金額の認定,過失相殺等で排除(C)するのが、〔少なくとも裁判手続きでは〕妥当ではなかろうか。
 
 この場合でも、損害発生に至る過程で、第三者の犯罪行為や民法上の不法行為に該当するような行為が介在するなど異常な因果経路を辿った場合は、当然、それは因果関係の切断によって事実的因果関係が否定されたり、相当因果関係が否認される余地はある。

 大量迅速な処理が求められ,画一的判断が不可避な裁判前の紛争審査会での判断としては,時間的場所的限定をするなど何らかの画一的基準を示していくしかないだろうが,それを相当因果関係の問題として確定してまうなど,基準について法律的な理屈を明示してしまうのは,裁判ではないわけだし,問題があるのではなかろうか。



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2011-05-24 : ・風評被害 法律的な理屈 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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原子力損害賠償法について検討してみます。(リンクはご自由に)
なお、引用部分以外は私(一応法律家)の意見ですので、判例・学説・実務等で確定したものではありません。他の考えでも裁判等で争い認められる余地があります。

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