東日本大震災以降,原子力損害賠償法に興味あり,同法と東京電力の責任についても検討してみたい。

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■2条「原子力損害」の意味・範囲 その16 風評被害 相当因果関係を考える。

■2条「原子力損害」の意味・範囲 その16 風評被害 相当因果関係を考える。

〔消費者の判断,立場〕
 まず,基準値以下の食べ物を食べて,健康被害にいたる確率的影響があるのか否か,あるとしてどの程度と認識するか否かによって,大雑把に分けると,以下のようになろう。

ア 基準値以下なら食べ続けても全く健康に影響がない。

イ 基準値以下でも被爆線量に応じて確率的リスクは増す。
(1)リスクは無視してよいほど微量しか増加しない。
(2)リスク増加については無視できるとは言えない。
(3)どの程度,リスクが増加するについては不明。

ウ 確率的リスクの増加について,どちらとも言えない。


 この危険性についての認識の相違を前提に,さらに回避行動の合理性を考慮すると,以下のようになる。

〔立場の相違と回避行動の合理性〕
ア 基準値以下なら食べ続けても全く健康に影響がない。
→安全なので,食べないという判断(回避)は一般に是認できない異常な反応である。

イ 基準値以下でも被爆線量に応じて確率的リスクは増す。
(1)リスクは無視してよいほど微量しか増加しない。
→確率的リスクが増すが,増加率はほとんど無視してよいほど微量なので,回避行動は異常な反応(不合理)である。
(2)リスク増加率については無視できるとは言えない。
→確率的リスクが増し,その程度も無視できない以上,それを回避するのは合理的判断といえる。
(3)リスク増加率については不明。
→確率的リスクが増し,その程度は不明である以上,それを回避するのは一定の合理的判断といえる。

ウ 確率的リスクの増加について,どちらとも言えない。
→リスク増加の有無,程度が不明である以上,それを回避するのは一定の合理的判断といえる。

 上のア,イ(1)の立場だと,基準値以下なら食べても良い,避けたいのは基準値を超えるものだけということになる。イ(2),(3),ウでは,基準値以下でも放射性物質の付着等の汚染がある限り食べたくないということになろう。
〔基準値以下の汚染食品を食べることについては,概ねこのどこかに属することになろう。なお,自分は食べても良いが,子供には食べさせたくない場合など,買う人と食べる人が異なる場合にも,いくらか相違が出てくる。また,上の分類では,影響が不明の場合,安全よりに判断するのか合理的であることを前提としているが,中には,影響は不明であるが,年齢や社会的損失を考えて我慢して食べるという立場もあろう。〕



〔消費者の希望のレベル〕
1 基準値を気にせずなんでも食べる。
2 基準値以下なら食べる気があるが,基準値を超えたものは食べたくない。
3 基準値以下でも汚染ある限り食べたくない(汚染が全くない,あるいは事故前と同レベルの汚染しかない場合のみ食べたい。)。

〔検査レベル〕
A 未検査で出荷
B サンプル検査で基準値以下出荷
C 全品検査で基準値以下出荷
D 全品検査で汚染が無いもののみ出荷


1の消費者は,検査レベルがAからDまで,どの状態でも回避行動はない。
2の消費者だと,検査がABの状態で回避行動が起きうる。
 未だに原発からは放射性物質の漏出が続いており,さらに,農地によってはこれまで降り積もって累積した放射性物質の除去もできていないのであるから,基準値以下でも避けたいと考える消費者はもちろん,基準値以上のもののみ避けたいという消費者ですら,サンプル調査の場合のリスク(ホットスポットの問題,汚染時期と検査時期と出荷時期の時間差の問題等)から,近隣県の野菜は買わないという判断をすることは十分に予想される。
3の消費者だと,検査がABCの状態で回避行動が起きうる。
〔なお,検査レベルをDにまでしても,疑り深い人なら産地偽装や検査データの捏造を疑うので回避行動は否定できないが,産地偽装などの場合は,消費者は,そもそも回避が困難な状態に陥る。〕

 そして,商品にもよるだろうが,全品検査が事実上,不可能であるなら,現実的には,Bまでのサンプル検査しかできず,上の2の消費者のうち,サンプル検査では基準値以下であることについて心許ないと考える消費者と,3の基準値以下でもできるだけ汚染作物は食べたくないという消費者の買い控えは必然的に発生する。

 おそらく多数の消費者が,上の2と3のいずれかに属するはずであり,少なくとも原発近隣県の作物を避けようとする行動が起きることは,不可避という他ない。


〔因果関係判断方法について〕
 JCO事故では,放射性物質が敷地外に漏出することのほとんど無かったので,近隣地作物の現実の汚染は問題とならず,裁判では,まったく汚染が無い,純然たる風評被害が問題とされたのであり,しかも敗訴案件をよく見ると,因果関係より損害の立証そのものが上手くいかなかったものであることを考えると,少なくとも基準値以下とはいえ現実の汚染ある作物が出回るに至っている事案について,従来の判例の判断態度をそのまま今回の事故に当てはめるのは問題ではなかろうか。

 これまでの放射性物質に起因する風評被害に関する裁判については,こちら
 判例では,相当因果関係の認定において,消費者の回避行動の合理性を問うことになっている。つまりその回避行動が,一般通常人を基準に,社会通念上,合理的なものとして是認できるか否かによって,事故と風評被害との相当因果関係の有無を判断するというものである。具体的には,おそらく時間的場所的条件とか,報道等の外部要因とか,安全宣言の有無とか,諸般の事情を考慮して,一般通常人を基準にして,その回避行動が合理的か否かを判断するということになろう。
 しかし前述のとおり,消費者の考えうる立場は,大ざっぱに分けてもいくつもあり,それは基本的には危険認識の相違からくるものであって,一般通常人の判断というものを想定することすら本来は難しい。
 ある問題に関する「常識」といえるようなものがあり,あるいは,前提とする事実や危険性判断等について一般に社会的コンセンサスがあるといえるような場合には,おそらく困難性は小さい。しかし,微量とはいえ現に原発事故由来の放射性物質の付着した食べ物が,市場に出回る事態など,(チェルノブイリ事故時の一部輸入食品を除いて)ほとんど経験したことがない。このため,一般消費者が,どのように危険(事実)を認識するのが通常かというレベルで既に困難さが現れる。


〔消費者の判断の合理性を問うことについて〕

 仮に,

1 通常の大多数の消費者のとる行動
 →90%

2 それ以外のより慎重な消費者の行動
 →10%

として

 この場合,仮に,1の立場を通常人の合理性ある回避行動と見ると,それを超える残りの10%の消費者の回避行動は,不合理で過剰な買い控えにすぎないので従来の判断態度では,相当因果関係がないものとして,その部分については被害者の賠償請求は認められないことになる。
 農作物についてデマ報道など,第三者の異常な犯罪的行動があって,それが損害拡大に寄与したような場合は,加害者に全部責任を負わせることが不当な場合もあろうが,第三者である消費者が自らの判断で,どのような消費行動をとるのかは本来自由で,犯罪にも不法行為にもあたらないのであって,その行動による結果が,加害者ではなく,被害者に回されることになるのがどうも妙な感じがする。


〔信用毀損との比較〕
 風評被害は,デマ報道による信用毀損に似たところがあるので,ここで考えてみる。
 たとえば,デマ報道があったが,その内容は,媒体,表現等から虚偽と分かるようなもので,大多数の人(90%)は信用しなかったが,信じこみやすい10%程度の人は信じて,そのために10%程度の売上げの減少(営業損害)が生じた場合。
 この場合,普通の法律家の感覚としては,その10%は,一般通常人の判断によるものではないので,因果関係ある損害無しとは,判断しないのではないか?。
 デマ記事が出れば,その対象は,多数が予定されている読者であり,読者の中には信じ込み易い人がいて,その人の消費行動が押さえられて,売上げ減少に至ることは通常予想されることであって,その場合は,いちいち信じやすい読者の判断の合理性など問題としないはずである。
 ましてや,前述のとおり,基準値以下とはいえ汚染作物が市場に出回る事態など,これまでほとんど経験したことのない社会で,専門家でもない消費者の危険認識について,その立場がまちまちになって,その結果生じる消費行動の相違とその合理性など,本来問題とはできないものではないかという気がする。


〔他の回避行動との比較〕
 食品添加物や遺伝子組み換え食品について、それを忌避する消費者が一定数いる。基準値以下の食品添加物や、遺伝子組み換え食品の安全性については、政府も宣伝している。
 しかし、それを避けようとする消費者がいて、売り上げにも影響するであろう。基準値以下の放射性物質の汚染を同様に考えれば、それを避けようとする消費者は当然に存在するはずで、原発事故がなければ、普通の食品であったものが、微量でも汚染したことで、食品添加物の入った食物や、遺伝子組み換え作物と同様の一定の忌避対象となる作物に変化させられたようなものである。〔さらに悪いことに、放射性物資の付着については、食品添加物のように表示されるわけではないので、汚染の有無は消費者にはわからず、基準値以下なら出荷するという場合、これを避けようとする消費者は、原発近隣の産地の食費を避けようとするに違いないので、全く汚染していないものも忌避対象となる。〕
 この場合、たとえば遺伝子組み換えでない大豆を、関係者が過失で遺伝組み替え大豆であると表示してしまって、売り上げが低下した場合、その損失については、そもそも政府も専門家の多くも安全と言っているのに避けようとする特異な消費者の心理からくるものなので、その場合発生した売り上げの低下は、過失ある行為と、相当因果関係のある損害ではないと認定するのだろうか。


〔一般通常人の判断と売上げ低下率〕
 ある回避行動が一般通常人の判断として,合理的である考えた場合,普通は,それが少数者の判断ということはないだろうから,当然,少なくとも50%を超える人々の判断であることは当然ではなかろうか。
 とすると,特別な営業努力や各人の購入量を考慮しないとして,売上げが,10%しか低下していない場合は,他の90%の消費者は従来どおり購入していると考えられるので,そのような売上げ低下が,賠償対象となる損害(買い控えが一般通常人の判断として社会通念上合理的なものとして是認できるようなもの)に該当する可能性はほとんど無いということのなるのだろうか。


〔一次指針との関係〕
http://genbaihou.blog59.fc2.com/blog-entry-78.html
 原子力損害賠償紛争審査会の「原子力損害の範囲の判定等に関する第一次指針」を見ると,14ページ以下で
----------------------------
7 検査費用(物)
(指針)
対象区域内にあった商品を含む財物が、①当該財物の性質等から、検査を実施して安全を確認することが必要かつ合理的であり、又は②取引先の要求等により検査の実施を余儀なくされたものと認められた場合には、被害者の負担した検査費用は損害と認められる。
(備考)
1) 本件事故による被害の全貌はいまだ判明しておらず、個々の財物がその価値を喪失又は減少させる程度の量の放射性物質に曝露しているか否かは不明である。
 しかしながら、財物の価値ないし価格は、当該財物の取引等を行う人の印象・意識・認識等の心理的・主観的な要素によって大きな影響を受ける。しかも、財物に対して実施する検査は、取引の相手方らによる取引拒絶、キャンセル要求又は減額要求等を未然に防止し、営業損害の拡大を最小限に止めるためにも必要とされる場合が多い。
 したがって、①平均的・一般的な人の認識を基準として当該財物の種類及び性質等から、その所有者等が当該財物の安全性に対して危惧感を抱き、この危惧感を払拭するために検査を実施することが合理的であると認められる場合、又は②取引先の要求等により検査の実施を余儀なくされた場合には、その負担した検査費用を損害と認めるのが相当である。
2) また、政府による避難等の指示の前に本件事故により生じた検査費用があれば、これを賠償対象から除外すべき合理的な理由はないから、本件事故日以降のものが賠償すべき損害と認められる。
-----------------------------

 物の検査費用について,この指針を見ると,取引先の検査要求の合理性は問題とされず,そのまま損害と判断するようであるが,購入者側の判断の合理性を問題としないとすると,風評被害で,消費者の買い控えの合理性を問題する立場との関係はどうなるのだろうか。


〔外国の輸入規制との関係〕
諸外国・地域の規制措置(5月16日現在)
http://www.maff.go.jp/j/export/e_info/pdf/kensa0516.pdf
 現在でも,かなり多くの国で,原発近隣県や,全都道県からの食品の輸入停止をしている。各国の判断権者が,基準値や検査等について情報を得ていないというはずはなく,日本の政府が必至になって,情報提供と停止解除を要請しているはずで,それでも輸入停止となっている。
 これらによる損失が今後どう扱われるか不明であるが,これについても,各国のその回避行動(輸入停止)の合理性を問題とするのなら,従来の判断と整合性はとれることになろう。
 他方,これらについて原則,因果関係ある原子力損害にあたるとする結論をとる場合,購入する側の判断の合理性を問題とする立場との整合性が問題となってくる。〔他国の日本からの全食品輸入停止を合理的とし,また,日本全国での全食品の売上げ低下も消費者の是認できる合理的判断によるものとした場合は,整合性はとれている?。〕


------------------------------

 結局,風評被害も,原発事故と相当因果関係のある営業損害である限り,当然に賠償対象になるものであって,その相当性の判断において,消費者の回避行動の合理性に拘る論理的な根拠は本来ないはずで,損害の公平な分担の観点から,他の要因による損害や,異常な因果経路をたどった損害を,賠償対象から排除しようとするのなら,それは個別事情により別途考慮すればいいし,不当な請求は,損害の有無や金額の厳密な認定,過失相殺等において排除できるはずである。
 もともと,今回のような人類史に残る大規模な原発事故が起きれば,微量ながらも放射性物質の及ぶ恐れのある範囲(少なくと日本全土)で,そこで収穫,生産される食品が,さまざまな考えを持つ多数の消費者に向けられ生産されているものである以上,一定の消費者が気にせず食べ,一定の消費者が気にして食べないということが起きるのは,なんら不自然ではないのであって,通常の因果の経過であり,事故後現実に売上げが減少し,その立証ができた部分は原則として全部が相当因果関係がある損害と考えられておかしくない。もちろん,震災による消費自粛や,停電等の影響など他の要因によって,発生したといえる部分については,そこから除外される。
 このように考えると,損害はおそろしく膨大なものなるが,それはもともと人類史に残るような大規模原発事故が持つリスクなのであって,損害が膨大になるから,被害者,生産者は我慢しろという結論は取れないはずである。
 仮に,第三者(国,専門家,メディアなど)の関与によって,損害が拡大しているような場合は,本来,東電は,その者に対する求償請求を考えるべきであるが,原賠法5条(昭和46年改正)によって,求償権は大幅に制限(「故意」のみ)されてしまっているので,〔4条,5条の適用範囲の解釈にもよるが〕法律上は甘受する他なかろう。



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2011-05-19 : ・風評被害 法律的な理屈 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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原子力損害賠償法について検討してみます。(リンクはご自由に)
なお、引用部分以外は私(一応法律家)の意見ですので、判例・学説・実務等で確定したものではありません。他の考えでも裁判等で争い認められる余地があります。

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