東日本大震災以降,原子力損害賠償法に興味あり,同法と東京電力の責任についても検討してみたい。

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■立法過程 その6 国会審議(昭和36年5月10日)

【立法過程 その6 国会審議】

38-衆-科学技術振興対策特別委…-16号 昭和36年05月10日

昭和三十六年五月十日(水曜日)
    午後一時五十九分開議
 出席委員
   委員長 山口 好一君
   理事 菅野和太郎君 理事 齋藤 憲三君
   理事 中村 幸八君 理事 前田 正男君
   理事 岡  良一君 理事 岡本 隆一君
      赤澤 正道君    有田 喜一君
      稻葉  修君    佐々木義武君
      細田 吉藏君    石川 次夫君
      松前 重義君    内海  清君
 出席国務大臣
        国 務 大 臣 池田正之輔君
 出席政府委員
        総理府事務官
        (科学技術庁原
        子力局長)   杠  文吉君
 委員外の出席者
        総理府事務官
        (科学技術庁原
        子力局政策課
        長)      井上  亮君
        総理府技官
        (科学技術庁原
        子力局原子炉規
        制課長)    佐藤  紀君
        厚生事務官
        (公衆衛生局企
        画課長)    河角 泰助君
        参  考  人
        (日本原子力産
        業会議副会長) 大屋  敦君
        参  考  人
        (日本原子力研
        究所東海研究所
        化学部分析化学
        研究室員)   中島篤之助君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 原子力損害の賠償に関する法律案(内閣提出第
 一〇六号)
 原子力損害賠償補償契約に関する法律案(内閣
 提出第一〇七号)
     ――――◇―――――

○山口委員長 これより会議を開きます。
 この際、お諮りいたします。
 昨九日の委員打合会におきまして、原子力損害の賠償に関する法律案及び原子力損害賠償補償契約に関する法律案の両案について、大阪大学理学部長、原子力委員会原子炉安全基準専門部会長伏見康治君、及び日本原子力保険プール事務所長真崎勝君の両君より意見を聴取し、両君及び政府当局に質疑を行なったのでありますが、この際、委員打合会の経過について御報告申し上げますとともに、その内容の詳細は記録してございますので、本日の会議録に参照としてその記録を掲載することといたしたいと思いますが、これに御異議ございませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

○山口委員長 御異議なしと認め、さよう取り計らうことにいたします。
 引き続き、原子力損害の賠償に関する法律案及び原子力損害賠償補償契約に関する法律案の両案を一括議題といたし、参考人より意見を聴取することといたします。御出席の参考人は、日本原子力産業会議副会長大屋敦君、日本原子力研究所東海研究所化学部分析化学研究室員中島篤之助君、以上の方方であります。以上の両参考人は、昨九日御意見を伺うこととなっておりましたが、委員会の都合により、本日御出席を願うことといたしましたので、御了承を願います。
 この際、参考人の各位に一言ごあいさつ申し上げます。
 本日は、御多用中のところ、本委員会の法律案審査のため、わざわざ御出席をいただきまして・まことにありがたく、厚く御礼申し上げます。
 本委員会は、ただいま原子力損害の賠償に関する法律案及び原子力損害賠償補償契約に関する法律案の両案について審査をいたしておりますが、両案について、参考人各位には忌憚のない御意見をお述べ願いたいと存じます。
 なお、御意見は大屋参考人、中島参考人の順序で伺うことといたし、時間は、お一人約二十分程度といたしていただきまして、そのあと、委員諸君の質疑があれば、これにお答え願いたいと存じます。
 それでは、大屋参考人よりお願いいたします。大屋参考人。

○大屋参考人 私が関係をしております日本原子力産業会議で、昨年から原子力の災害補償の特別委員会というものを設けまして、委員長には岩田宙造博士をわずらわしまして、自来、保険の専門家、産業人、学者、いろいろの方に集まっていただきまして、大体われわれ産業人の意見というものをまとめて参ったのであります。それを中心にして、これからお話を申し上げたいと思うのであります。
 まず、放射能についての恐怖と申しますか、あるいは警戒と申しますか、それは程度の相違はありますけれども、日本ばかりではありません。先進国でもそれが相当重大な問題になっておりまして、そのために、アメリカ、イギリス、スエーデン、スイス、西独、そういうような国で、みな災害補償についての特別立法をしておるのであります。一番古いのがアメリカでありまして、昨年じゅうに、そのほかの国がみな何らかの形で法律を作りました。それから、なお、欧州の経済協力機構、OEECといっておりますが、それとか、あるいは国際原子力機関、そういうところがこの問題を国際的に研究いたしまして、大体結論に達しておるのであります。原子力が国際的に意義の深いことは申し上げるまでもないのでありまして、自然、この原子力に関する災害補償の法律も、先進国に右へならえするということはやむを得ぬと思っておるのであります。
 今回、政府が衆議院に提出いたしました法案を拝見いたしますと、まず、第一に、原子力の健全な発達ということが書いてあります。御承知の通り、原子力の長期開発ということが朝野で問題になっておりまして、いろいろ瞬間的には異見がありますが、大局的には、原子力というものを、革新技術のトップをいくものとして日本で強力に推進しなければいかぬということは、ほとんど異議のない問題になっておるのであります。そういう産業を健全に発達させたいという場合に、万が一起こりました災害補償、損害賠償と申しますか、そういうものは国家も介入して、そうして、これを一つの法制化するということが今度の法律のねらいのようであります。それによりまして、原子力産業というものが経理的に破綻を来たさぬように、つまり、賠償によって会社の根底がゆるがないように、こういうような意味から、原子力の健全な発達を目途といたしまして、この法律が第一に考えられておると思うのであります。第二に考えられておりますことは、もちろん、これは大衆に対して安心感を与えるということと思うのであります。ずいぶん日本では原子炉の施設に反対をいたしまして、各所で相当問題を起こしておりますが、これから日本のエネルギーの解決の一環といたしまして、原子力発電というものを大規模に開発をしなければならぬということは、これは常識であります。それに対して一番問題になっておりますのは、敷地の選定であります。敷地を囲みましての住民が不安を持つことのないように、これも国家が原子力業者と手を組んで、そうして、災害補償あるいは損害賠償というものの責任を負って下さるということが第二の問題であります。
 それから第三の問題は、やや二次的でありますけれども、原子力の開発というものは日本だけではできませんので、どうしても国際的にこれを発達させていく、従って、海外のメーカーから施設を買う、原子炉であるとか、原子燃料であるとか、いろいろのものを海外から供給を受けなくてはならぬのでありますが、その場合に、海外のメーカーは、もしもそれが事故を起こしまして、そうして、日本の大衆が外国のメーカーに対して訴追するというようなことを非常に心配しておりまして、現に、原子力研究所の第三号炉につきましても、相手方のゼネラル・エレクトリックが、その点について非常にやかましい注文を持ち出してきたのでありまして、そういうことに対しまして、この法律では、原子力業者に責任を集中する、原子力業者のみが無過失責任を負うということにしておるのであります。いかなることが起こりましても、原子力業者が直接の責任者でありまして、他の者はみな免責をされるということが、この法律のねらいであると思うのであります。そういう三つの点を骨子にしてでき上がった法律のようであります。
 大体、原子力事業者が、自分の責任においての賠償措置といたしましては、五十億の保険をかけるということになっておるのであります。この五十億という金額も、これを外国と比べますと、大体いいところにいっておるのでありまして――アメリカは別であります。アメリカは、原子力業者の賠償措置として六千万ドルということでありますから、日本の五十億円の約四倍になっておるのであります。それから、イギリスは五百万ポンドでありますから、日本と大体同じ五十億円ということになっておる。そのほかの国々の金額は多少違うのでありますけれども、原子力業者の責任というものに特に限界を設けておりまして、それ以上のものに対しては、いろいろな形式でもって、国家が補償の責任を負うということになっておるのであります。それが、あるものは、青天井のものもあります。あるものは、金額をきめておるものもありますけれども、とにかく、それ以上のものは国家が責任を負うということになっております。日本の今度の法律につきましては、多少そこに違いがあるように思うのであります。日本では、あくまで原子力業者が責任を負うということになりまして、五十億円をこした場合には、政府が国会の協賛を得まして、そうして、原子力業者に援助するという形になっておるのであります。多少、それにつきましてはいろいろ懸念をしておる向きもあるのでありますが、大局論としては、五十億以上の災害が起こることはほとんど予期できないのでありますから、この法律がこの際でき上がることを、原子力に関係のありまする産業人としては、非常に要望をしておると申し上げていいと思うのであります。非常に希望しておるのであります。
 それから、その次の問題は、今委員からお話のありました損害賠償補償契約に関する法律案というものが、もう一つあるのであります。この法律案は、今の五十億の範囲におきましても、保険でどうしてもカバーができないものがあるのであります。日本の保険会社も、当然その大部分というものを海外の保険会社に再保険をするのでありますから、海外の保険会社が受け入れないものを保険の対象とするわけにはいかぬのであります。ちょっと一例を申し上げますというと、地震であるとか、あるいは噴火であるとか、あるいは日常の運転で自然に漏れてくる放射能による損害であるとか、あるいは後発性――十年たったら原子力病が出たというようなものについては、保険がカバーできませんものですから、その保険の穴を国がカバーする、補償するということによりまして、それで原子力業者と国との間に補償契約を結びまして、そういうものに対して一定の補償料を国に納めまして、そういう保険の穴に対して政府が責任をとる、こういうことにしておりますのが補償契約に関する法律案であります。まあ、行き届いております。そういうことで、五十億以内につきましては、国が片棒をかつぎまして、みんなに安心をさせる、また、五十億をこす場合には、国会にその事態を審査していただきまして、そうして、国がその損害の補償を引き受けてやる、こういうことになっておるのであります。
 なお、少しこまかいことを申しますと、この法律案には、もしも原子力の相当規模の損害が起こった場合には、政府は遅滞なしに国会に報告するとか、あるいは原子力委員会が内閣総理大臣にすぐ意見書を出しますと、内閣総理大臣、すなわち、政府は、それを国会に報告をするというような、国会と原子力事故との間の密接なひもをつけておくというふうに書いておるようであります。また、たとえば事故が起こる、事故が起こりますと、被害者が損害賠償を起こす、私は、法律のことはわかりませんけれども、民法の定めるところによりますと、まず、被害者がそういう損害賠償を要求する、そうすると、原子力業者は、それを受けて立つ、話がまとまればいいのでありますが、まとまらなかった場合には、裁判所に持っていくというのが普通の例でありますが、この法律では、特にそういう紛争審査会というものを設けまして、そういう事故が起こった場合には、紛争審査会という、公正な第三者を入れましたものを作りまして、それによって損害の価額を調べたり、損害賠償のいろいろの問題をそこで仲裁をする、そういうような審査会の規定も入っておるのであります。
 そういうことで、大体この二つの法律案の内容は、原子力を実際実行しようとするわれわれにとりましては、満足のものであるばかりでなしに、この法律がありませんというと、今後新しい原子炉の施設の場所を発見するのにも非常に困難を伴いますし、また、海外から機械を買おうと思いましても、先ほど申しました理由で、非常に困難を感ずるというふうなことがありますので、この法律が成立するということを、原子力に関係ある産業人は特にお願いしておる次第であります。
 なお、一言簡単に申し添えたいことは、先ほど申しました責任の限界であります。原子力業者が引き受けます責任の限界というものを、外国では、大体先ほどお話ししました五十億とすれば、五十億を限界としまして、それから以上は政府が引き受ける、国が引き受けるということになっておるのであります。その金を国が原子力業者にやりますか、あるいは大衆に直接支給するかは別問題でありますが、とにかく、それ以上のものは国が引き受けるということになっております。日本は、国会にかけまして、国が援助するということになっておりますので、多少責任の限界について少し不安があるというふうな意見があるのであります。これらにつきましては、今後、海外のいろいろな法制がだんだんに完備して参りますと、結局、原子力の問題は、先ほどお話ししましたように、国際間の関係が非常に深く、原子力船ができ、あるいは原子燃料というふうなものの輸送が盛んになるに従って、だんだん国際間の関係が密になりますので、そういう国際的にいろいろこの法律について改良が施された場合には、そういう慣行を尊重していただきまして、また、先々にはこれに手を加えていただくというふうな事態が起こるかもしれないのでありますが、今日としては、私がるる申し上げました通り、この法律ができておりませんというと、今後原子力の開発には重大な支障がくる、こういうことだけを申し上げて、参考人の意見としたいと思います。

○山口委員長 次に、中島篤之助君にお願いします。中島篤之助君。

○中島参考人 私、日本原子力研究所労働組合に属しております中島でございます。
 それで、最初、本委員会から、私どもの執行委員長であります堀剛治郎に対しまして、参考人として出席するようにというお話があったわけでございます。それで、われわれの方で相談をいたしまして、現在、われわれの労働組合におきましては、いわゆる従業員補償、第二者補償の問題について係争中であるわけであります。それで、本日この委員会において御審議されております法案は、いわゆる第三者の問題についての御審議であると思うわけであります。われわれも、もちろん、たとえば、原子力発電会社に対しましては第三者の立場でありますし、私自身も東海村に住んでおりまして、つまり、一村民という立場もあるわけでございます。その意味におきまして、一応係争中であるから、第二者の問題については、あらためて当然従業員の問題に関する法律案が――率直な意見を申し上げれば、むしろ、この法案より先に当然できているべきはずじゃないかとわれわれは考えているわけでありますけれども、いずれ作っていただけるものと考えまして、本日は御遠慮申し上げます。それで、一組合員ということの資格と、それから東海村に住んでいる村民という立場で、こちらへ私がかわりに参ることになった次第でございます。
 それから、私出て参ります前に、東海村には、村会の中に放射線対策委員会というものが設けられておりまして、そこの方々と私がこの法案に関しまして打ち合わせをいたし、意見の交換をいたして参りました。その結果の両方の意見を合わせて、きょう意見として申し上げさしていただきたいと思う次第であります。
 御承知のように、東海村の村民は、かねがね、このような法案がなるべく早く、原子力研究所ができていろいろな事業を開始する前からほしいということで、いろいろな陳情もいたしたりいたしまして、この法案ができるようにということを、国会あるいはその他各方面にお願いをして参ったということは御承知であろうと思います。そういう立場におきまして、非常に期待をいたしましてこの法案を検討さしていただいたわけでありますが、結論から申し上げますと、はなはだ失望したということを申し上げなければならないと思うのであります。私のこれから申し上げます意見につきましては、お手元に資料の形で、「本法案に関する問題点」ということで、われわれの検討して気がついた幾つかの事項を列挙してございます。これを御参照いただければ幸いだと思います。
 一応順序を追って申し上げますと、第一に、この法案では、原子力損害を完全にカバーできるかどうかという問題でございます。私どもの法律解釈が間違っておるのかもしれませんけれども、この法案は、原子力損害ではなくて、原子炉損害ということならば、わかるのであります。端的な例を申し上げますと、たとえば、原子力研究所で現在アイソトープ製造工場を建設しております。このアイソトープ製造工場に火災などが起こって、放射能がまき散らされる、これは住民の立場から申しますと、原子炉災害と同じ災害であろうということになるだろうと思うのでありますが、これについては適用されないというふうに考えられるわけであります。この点は、一つの大きな問題ではなかろうかというふうに考えております。これは本委員会で慎重に御審議いただきまして、改正をしていただきたいということをお願いしたいわけであります。
 それから、次に、住民の立場から、一体、この原子力損害というものが有効に補償できるかどうか、つまり、この法案の今までよりもはっきりいたしたところと申しますのは、たとえば、今まで災害が起こった場合に、俗な言葉で申しますと、どこへしりを持ち込んでいいかがわからなかった。ところが、これがわれわれ住民からいえば、とにかく原子力事業者にしりを持っていけばいいということだけは明確になったと思うのでありますけれども、さて、そこのところで、原子力災害というものの特徴が、この法案ではどうも十分反映されておらないということを申し上げなければならないと思うのであります。御承知のように、たとえば、私が被爆いたしたとしまして、一体、被爆したかどうかわからないということが、直ちに起こって参ります。たとえば、放射能をかぶったら頭の毛が抜けるとかなんとか、そういうことが起これば大へんよいのでありますけれども、全然わからない。これは単に後発性とかなんとかいうことだけではなくて、ふだんからの線量管理が完全に実施されておって、そうして、とにかく何レムかを浴びたということがわからなければ、たとえ、この法案できまっております紛争審査会に持ち込んだといたしましても、法律的には、おそらく水かけ論争に終わるしかないのではないかというふうに考えるわけであります。この点につきましては、御存じの方もおると思いますが、アメリカのラップ博士なんかの著書があります。「放射線のおそろしさ」という本がありますが、その中に「法廷における原子」という一章がございまして、普通の身体障害の場合でも、そういう補償の問題は非常にむずかしいのだ、放射線災害の場合は、ほとんどこれは泥沼論争になるだけであろうということを書いておられます。この点を、まず御指摘しなければならないというふうに考えるわけであります。たとえば、身体障害が発生したというような場合でありましても、これはかなりの重症の場合でありますけれども、そのような場合でも、それが一体放射線によって起こったものか、あるいは、たとえばお酒を飲み過ぎて起こったものか、白血球が減ったのかということを判定する科学的な基準というものは、非常に困難であるということがすぐ出てくるということであります。それから、御承知の通り、放射線障害というのは、非常に後発的な性格を持っている、あるいは潜在的な性格を持っているものであるということであります。つまり、ある事業所に働いておって、そうして、たとえば十年なり二十年たって、違うところに働いておるときにその障害が起こる。これは、広島の原爆被災者の例などでよく新聞に出てくることでありますが、これは、今、大屋先生もおっしゃった通りでありまして、非常にむずかしい問題が存在するわけであります。それから、最大の障害は遺伝的障害でありまして、これについての不安があるわけであります。こういうような点を、具体的にどうすればいいかということは、紛争審査会を設けるということだけしか書いてないのでは、この法案で、実際上完全にわれわれが求償できると言われましても、事実上は補償されない。補償するという立法者の善意を信じますならば、当然こういう事柄について、もっと具体的にそういう条項が入らなければならないのではないかというのが、私どもの考え方でございます。
 それから第三に、私東海村の村民としましてですが、現在、東海村におきましては、御存じのように、原子炉並びに原子力施設が非常に集中しております。さらに、そこへ、たとえば材料試験炉であるとか、スイミング・プールであるとかいうような、計画中の炉があるわけでありますし、それから、われわれの研究所において、幾つかの臨界集合体も作っていかなければならないという問題もございます。それで、その点に関しましては、われわれは、もし適当な敷地があるならば、もっと疎開して、今後計画する炉については、当然別のところに置かるべきではないかというふうに考えているわけであります。と申しますのは、この七ページに書いておきましたけれども、いわゆる重複効果、原子力委員会の安全審査委員会において、原子炉は一つ一つについて審査をいたされるわけであります。そして、もしかりに、たとえば最大許容線量限界というようなものを考えたといたしまして、それが十分の一以下であるから安全であるというような審査をされておるわけでありますけれども、それがほんとうに十分の一であったとしまして、十基の炉が集まれば一になるという簡単な計算をおやりになる機関も、あるいはそういう考え方も、今まで全然ないということであります。ですから、これは事故のときではなくて、平常運転のときに、すでに許容量をオーバーするような事態が間もなく起こるというようなことに対して、われわれ原子力研究所員も村民も、非常な不安を持っているということを、この委員会で申し上げたいと思うのであります。
 それから、御承知のように、東海村のすぐ隣には前渡の射爆場がございます。それで、この返還の実現につきましては、われわれの労働組合も科学技術庁長官等に対しまして請願書を出し、あるいは村民も返還の運動を進めておるわけでありますけれども、この返還は一向に実現しておりませんし、模擬爆弾の投下がたびたび繰り返されているということは、新聞紙上などでよく報道される通りであります。それから、原研上空の飛行制限というものは、新聞には出ませんけれども、われわれそこに住んで実際仕事に従事しておる者から見ますと、全く守られていないということであります。いつも飛んでおるということが実情なのであります。このような点から考えまして、せっかくの、万一起こり得べき原子力損害に対して賠償しようというような提案理由の精神を空文としないためには、次のようなことを、この法案に先だってやっていただかなければならないのじゃないかというのが、私の意見のおもな内容であります。
 第一は、原子力事業者以外の第三者の方々による放射線の常時監視機関を設けていただく必要がある。そうでないと、事故が起こったかどうかがおからないということになってしまうのであります。そして、それをまた直ちに住民に通報するようなシステムが必要であろうということであります。これは、皆さんもよく御存じのウィンズケールの事故の場合がそうであったわけであります。三日間黙って放射能が煙突から出てしまったのであります。むしろ、こういう場合になりますと、われわれ原子力研究所にはモニタリングのシステムがございますが、原子力研究所員だけがわかって、自動車に乗って逃げてしまう、そして、村の人は残されて、原研の所員がみんな逃げていくけれども、何だろうというようなことであっては、この法案は、おそらく全く立法者の精神に反する、とんでもない社会的不安を引き起こすに違いない。ウィンズケールのような事故が、先ほど大屋先生も申されましたように、原爆の被害を受けたわが国において起こりましたならば、それはおそらくとんでもない、この法案に書いてありますような社会的動乱になりかねないようなことさえ起こすのではないか。その点、私、これは原子力研究所の従業員として、原子力研究の健全な発達という点から非常に心配するわけであります。むしろ、こういうようなことにならないような、そういう賠償法案を作っていただきたいということなんであります。
 それから、原子力施設付近の住民の線量管理を直ちに行なっていただきたいということであります。これはICRPの勧告によりましても、付近周辺の住民というものはどの範囲まで入るかということは、いろいろな議論もあると思いますけれども、とにかく、特殊グループに入る住民であるし、この人口を減らすというような措置も直ちにとらなければならないのでありますけれども、それはあとで申し上げますが、とにかく、いる者に対しては線壁管理を行なっておかなければならないはずであります。すでにICRP勧告を尊重するということはきまっているはずだと思うのであります。
 それから、この損害賠償ということに関連して出て参ります。農産物あるいは水産物等に対する放射性物質の蓄積状況というものを定常的に調査しておかなければ、これは実際損害が起こったかどうかを実は認知できない。ただうわさだけが飛んで、その方面の、たとえば、東海村のイモは放射能が多くて食えないのだというような形のときに、かりに紛争審査会に持ち込んでも、おそらく紛争処理をおやりになる方が立ち往生してしまうだろう、そういうことにしかならないということを私は心配いたします。
 それから、われわれ原子力研究所の労働組合は、コールダーホール炉の設置に対して反対の態度をとったわけであります。それは、すでに東海村に原子力研究所が置かれたということが、第一にコールダーホール炉をそばに持ってくることに反対の一つの理由であるということがあったわけであります。しかし、これは国会の審議その他を経まして、とにかく原子力委員会の方でおきめになったわけであります。おきめになったとしますれば、今度は次にやらなければいけないことは、当然原子力施設の周辺を整備し、とにかく人口密度が極力――八ページのところで強力と書いてありますが、これは極力の間違いであります――極力減少するような措置を当然とらなければならないのじゃないか、いわゆる人口排除区域を設けなければならないのじゃないかということが出て参ります。特に放射線障害に対して影響が大きい乳幼児であるとか、児童、婦人等については、特別の配慮をする必要があるというふうに考えます。
 それから、第五番目に、万一事故が起こりました場合に、そのときに、先ほど申しました通報体制を確立する必要がございます。それは気象の条件などによりまして、当然退避する地域、区域等が変わってくるわけでありますから、そのようなことに応じた幾つかの想定を行なって、退避措置が迅速に実施し得るようにしておかなければならない、そして、その退避が、また有効に行なわれるような輸送機関あるいは道路といったようなものを、かねがね十分に整備しておかなければならないはずであるというふうに考えるのでございます。そういたしませんと、一つの話を申し上げますが、この退避措置を実際どういうふうにやるか、これは御存じのない方もあるかと思いますので申し上げますと、原子力災害の場合には、一番先に子供と女の人と若い青年男子を逃がします。そして、お年寄りが一番最後になります。このようなことを私は非常に心配するのでありますが、今までの日本の、特に村なんかのいわゆる道徳習慣と申しますか、それと全く反した措置をやはりやらなければいけないわけであります。それは放射線による最大の影響が遺伝的障害であることから、当然出てくる結論でございます。そういうようなことを有効に実施しなければいけないということであります。でありますから、このような措置を実際にやるということは、相当大へんなことでありますけれども、できないことではないと私は考えます。これをやりますためには、原子力事業者あるいは原子力委員会というものが、現在原子力を推進する立場と、原子力の使用を規制する立場と、はっきり相反する二面の立場を持っているわけでありますけれども、これを切り離さなければいけないと考えます。ラップさんの言葉をかりますと、あたかもどろぼうと裁判官を同じ席に並べておくようなものだということを申しておられるのでありますけれども、やはり、そういう国民の健康について将来非常に長い世代にわたって影響を及ぼす遺伝的影響を監視すべき、そのような保健に責任を持った、そういう国家機関なりなんなりができなければならないのではないか。また、それに対して地方自治体がどのように協力するかということは、当然なされなければならないと思います。こういうものは、たとえば、このような賠償法案を作ります前に、当然行なわれるべきではないかというふうに考えるのであります。そうして、こういうような措置をきめていきます場合に、昨日、私、伏見先生の話を傍聴したのでありますけれども、これについてはあとで申し上げますが、原子力施設の科学的な事故評価並びにそれに基づく合理的な安全基準の確立を、どうしてもやらなければならないのではないかと私は考えます。そうでなければ、具体的な措置をとることはほとんどできなくなりますから、科学的な事故評価と、それから、安全基準の確立をまず先だってやらなければいけない。きのう伺ったところでは、原子力委員会の安全基準部会においては、まだその結論を出しておられないばかりか、お出しになる意思もないように承ったのでありますが、これでは、われわれ住民の不安は大へん増したわけでありまして、これは非常に信用しがたい、困るということが率直な感情でございます。
 それから、放射線による事故というものは、あらゆる規模のものが起こり得るわけでありまして、これらのうちのあるものは、いろいろ委員から御指摘がありました通りに、その社会的な影響がきわめて広範である場合が含まれてくるわけであります。小さい事故もあります。非常に大きな事故もあるわけでございます。それに対しては、それぞれの規模に応じて適切な措置がとられなければ、深刻な社会的影響が生じ得るわけでありますし、また、逆を言いますと、措置が適切であれば、被害を小さくできるということも申し上げられるわけなんであります。このためには、理由もなく安全だと言うのは間違いでありまして、原子力というもの、あるいは原子力施設というものに必ず伴っている危険というものを正しく住民に知らせて、これに対して起こり得べき被害をできるだけ小さくするように、具体的措置を、少なくともこれは立法措置によって確保していただきたいということであります。そして、そのあとに、この賠償法案というものが当然必要になってくるものである。そうでなければ、空文となるということを私申し上げまして、一応意見とさしていただきたいと思います。

○山口委員長 以上で参考人各位からの御意見の発表は一応終わりました。
     ――――◇―――――

○山口委員長 質疑の通告がありますので、この際、これを許します。石川次夫君。

○石川委員 大屋参考人に伺いますけれども、原子力産業会議は、前から熱心にこの法案の通過をはかる立場に立っておられるということは了解をいたしております。先般、日本原子力産業会議からのパンフレットをいただきまして、これによっても、不備な点、また非常に不安な点はないでもないけれども、原子力産業の発展のために、ぜひこれを通してもらいたいというお気持は、われわれもよく理解できるわけであります。この法案の第一条に、目的が書いてあります。それには御承知のように、「損害賠償に関する基本的制度を定め、もって被害者の保護を図り、及び原子力事業の健全な発達に資することを目的とする。」こういうことになっておるのですが、実は、私率直に申しまして、そのお気持はよくわかるし、その御趣旨に沿った法律であるということについては疑問の余地はないと思うのですが、この法案それ自体の目的は、原子力事業の健全な発達というものは従であって、実は被害者の保護ということが主目的にならなければならぬ。このことは、原子力委員の有沢先生も非常に強調しておったわけですが、私どうも、この法案を検討していく過程で、いろいろ審議をすればするほど、何か主目的の方が従になってしまって、原子力事業の健全な発達というものが大きく表面に浮かび出てきているのではないか、こういうような印象を非常に強く受けているわけであります。そのことは、結論的に言って、原子力産業の健全な発達に資するゆえんではないのではないか、こういう気持で御質問を申し上げるわけなんでございますけれども、大屋先生は、最後に、この法案というものは、どうしても原子力産業の健全な発達のために、日本における画期的な無過失集中責任制度というものを表わした法律であるから、ぜひ通過をはかってもらいたいという御趣旨の結論であったと思います。
 ところで、今中島参考人の方からもいろいろ御意見が出ておりましたけれども、私は地元の関係もございまして、やはり住民の不安な気持はよく理解できるわけです。このことは、ひとり東海だけの問題でなくて、今後起こるべきあちらこちらの原子力発電炉の問題、あるいは実験炉の問題と共通する問題であるという点で、結論だけを申し上げたいのでございます。今、中島さんからも若干の御意見がありましたが、住民の平常の健康管理の問題、あるいは最大許容量というものはどうなるのだ、あるいは事故の認定を一体どこでやるのだ、一体どこから補償するのかという基準が全然きめられていないし、さらに、周辺整備の問題も、提案される形になっておりながら提案になっていない、その前提が満たされないから、一体、この原子力損害賠償法案でもって自分たちが保護してもらえるのだろうかという不安を、最近非常に強めつつあるように私は感じておるわけです。そういうことは、結局は原子力産業の健全な発達に資するゆえんでないのではないか。従って、これは産業界の立場に立って大屋先生がおっしゃったわけでありますから、産業会議としては、ぜひこの法案を通したいというお気持は私もよく理解できますが、その健全な発達のためには、どうしても住民の不安を除くのだという、あと一歩突っ込んだものの見方をしていただかないと、この法案で満足でございますというような御意見を出されますと、これは産業界の意見だけを取り入れたものだという、勘ぐった見方かもしれませんが、それを裏書きしたような印象を受ける危険が非常に強いと思うのです。それで、申し上げたいのですが、今申し上げたような前提条件が満たされない形では住民は満足できないし、非常に不安だ、その不安を何とか除去しなければいかぬじゃないかという積極的な御意見が産業界の中から出なければいかぬと私は考えるわけですが、その点についての御意見を伺いたい。

○大屋参考人 今度の法律の目的が、第一、第三というような順序で書いてありますけれども、これはまことに紙の裏表のようなものであって、片方の方が大事だというような意味で私は申し上げたつもりはないわけであります。あるいは文章の表現で、そんなふうに聞こえるかもしれませんけれども、その重要さは、放射能障害の防止というもの、とにかくその方が前提になって、それがやがては事業の健全な発達というものに結びつくというふうにお考えになる方が、むしろ常識的であると思います。しかしながら、法律の表現はこういうふうになっておるのであります。健全な発達を第一目的とするようになっておりますが、私たちの考えでは、同じものだというふうに考えておるわけであります。
 それから、いろいろの実際の災害防止に対する施設が足りぬと、今、中島参考人もお話しでありましたが、私も同感であります。そういうような施設が一日も早く促進されることを希望しておるのであります。あるいは産業界が怠慢であるというふうなお考えもあるかもしれませんけれども、いよいよでき上がれば、今後産業界ももっと一生懸命やらなければいかぬというふうなことは感じております。従来は、原子力研究所という小さなものであったのでありますが、今度は原子力発電という大きな放射能障害のチャンスの多いものができたものでございますから、これからは今までのようなわけにいかぬと思いますので、その点は、産業界も十分御趣旨に沿うように研究をするつもりであります。しかしながら、そういう施設がすっかりできなければこの法律は意味がない、こうは私は考えておりません。並行的に進めても、ちっとも差しつかえないものだと思います。少なくとも、これがありませんと、ほかの方にも相当大きな支障を来たしますので、産業界としては、一応この法律の通過を念願しておるような次第でございます。御趣旨には全く同感であります。

○石川委員 産業界の立場に立ちますと、そういう御意見になるだろうと思いますので、大屋さんの立場では、そういう御意見になるだろうと思います。私は、率直に申しまして、地元の関係がありますから、住民の素朴な意見としては、そう言ってはなんだけれども、原子力産業界の発達ということは二の次であります。何としても、自分たちが安全であるかどうかということが重点になる。また、私、国会議員の立場からすれば、もちろん、原子力の健全な発達を遂げられることを心から望んでおるわけでございます。しかし、この法案は、少なくとも、第三者の損害を補償するのだということがあくまでも主目的である、そういうことによって初めて原子力の健全な発達を期待することができるようになる、そういう関係において、この法案の趣旨は貫かれなければならない、この法案については、どうもそう考えざるを得ないわけです。特に地元の住民の気持を代表すると、そういうことになります。従って、産業会議の立場では、やはり同じような、前提となるような事柄については、重大な関心をお持ちであるとおっしゃっておるようでございますけれども、しかし、何とかこの点を――まあ、産業界とすれば、それは、もちろん自由になるということは私もわかります。率直に言って、わかります。わかりますけれども、それでは、目的とした原子力産業の健全な発達が今後非常にむずかしくなるのじゃないかというようなことを考えて、施設ができたらということじゃなくて、このことについては、大いに産業界を代表して、政府の方も督励をするという意思表示といいますか、そういう意欲があれば、勢い、住民あるいは国民もこれに対して協力的なことになる。従って、ひいては原子力産業の健全な発達に資することになる。そういうことで、ぜひ積極的に、こういう点についての前提条件を具備することに極力御協力を願わなければならぬ。それでなければ、なかなか所期の目的は達せられないと思いますので、これは要望として申し上げます。しかし、われわれは、この前提条件が具備されないから、この法案は絶対反対だというようなことを言おうとしているのではありません。少なくとも、形式的には非常に進歩した法案であるという点も認めておりますし、何らかの形で、損害賠償、災害補償を受けなければならぬのだという、この住民らの素朴な気持も尊重しなければならぬということも考えておりますが、なかなかこれだけでほんとうに効力が発生できるかどうかという点については、どうも疑問の点があるわけであります。
 次いで、中島参考人に御質問を申し上げたいと思います。中島さんには、わざわざ村会の中の対策委員会あるいは原子力の従業員の方々といろいろ検討して、丁寧なパンフレットまでいただいて、心から感謝いたします。まことに原子力はむずかしい学問で、私はしろうとの質問で恐縮なんでございますが、率直に言って、原子力については、若い科学者の意見をどこまでもまず第一に尊重すべきであるという点で、中島さんから率直な御意見を伺いたいと思うわけです。
 それは、原子炉の安全基準がなかなかできないという答弁がきのう伏見教授の方からあった。原子炉の安全基準を一つ一つの原子炉についてはやるけれども、それが重なり合った場合の基準ができ得るということは、全然おっしゃっておりませんでした。一つ一つの安全基準については、近いうちに何とか信憑性のあるものができるだろうということはおっしゃいましたが、そのあとのものは非常にむずかしいのだということだけで、そのできる期日などについては全然答弁をされなかった。これはまことに住民としては不安なわけでございます。それでは、放射能をどこまで浴びても、一つ一つの原子炉の安全基準さえ確立されておれば、どんなに重なり合って、全体の常識的な許容量をはるかにオーバーしても、それでかまわないのかという不安を持たざるを得ない。そこで、中島さんにお伺いしたいのですが、安全基準を早くきめるべきだという、非常に強い御主張があったようでございますけれども、一体、きのう伏見教授がおっしゃったように、安全基準を作るということは不可能なことなのだろうか、そういう点の見通しでございます。ICRPではいろいろ基準が作ってありますが、きのうの伏見先生のお話では、三百ミリレントゲン・ア・ウィークというようなことは非常に単純な見方であって、積分されたものでなければならぬというような、非常に学識のあるところを説明されて、私たちちょっと了解に苦しんだわけでございますが、しかし、何とかわれわれでもわかる程度の安全基準というものができ得るというような気もするし、また、できなければ、この法案をほんとうに生かして使うことは不可能ではないかと考えるわけでございますので、その点の御意見を伺いたいと思います。

○中島参考人 お答えいたします。
 私も、昨日伏見先生のお話を傍聴させていただいたわけでございます。私なんかは、実は伏見先生なんかの御激励によりまして、若い者はこれから原子力をやらなければいかぬということで、原子力研究所に行ったわけなんでありますけれども、その尊敬する伏見先生がああいうことをおっしゃるというのは、私非常に理解に苦しむような御発言をきのうされていたと思うのであります。ただいま、率直に申し上げろということでございますから、率直に申し上げさせていただきますが、伏見先生がおっしゃっておることは、原子炉自体の安全、つまり、原力炉そのものの物理的、化学的構造の安全という問題と、それから、原子炉が置かれる、あるいは原子炉を操作する人であるとか、体制であるとか、環境であるとか、つまり、私がちょっと申しました射爆場があるとかないとかいうのは、この第二の因子に入ってくるわけでありますけれども、その問題と混同しておられるのではないかというふうに思うのであります。そうして、第一の問題については、これは非常にむずかしいことが、先生のおっしゃる通り、たくさんあるわけであります。これは非常に皮肉な言い方になりますけれども、そういうふうにむずかしいことがたくさんあるから、私のおります原子力研究所が必要なのだろうと私どもは考えているわけであります。みんなわかってしまったら、原子力研究所は必要でないわけでございます。そういうことをまず申し上げなければならない。そうしますと、現在わからないことがあるということに立って、確かに議論は定性的ではあるけれども、基準というものは、だから逆に、もっと厳格に、敷地なり、あるいはその管理の体制なり、あるいは万一事故が起こった場合の処置の方法といったことをやっておかなければいけないということになるのは、当然のことであろうということであります。敷地の問題に例をとって申し上げますと、たとえば、ここに一平方キロ当たり一人の人間が住んでいるところと、三百何十人パー平方キロという――東海村がそうでありますけれども、そういう二つの敷地があったときに、どっちへ原子炉を置いたらいいか、大きな動力試験炉を置いたらいいかということは、これは科学者の間でも意見の相違のない自明の事柄であるわけでございます。その点につきましては、すでに一九五八年四月の学術会議の総会で、政府に対して、原子炉の安全性についての申し入れをしているわけであります。その内容といいますのは、「原子炉とその関連施設の設置場所についての安全基準を検討すること、設置地域の計画について基本方針をたてること」ということを言っておるわけであります。以下、設置場所について安全基準に合うかいなかの調査を、必要に応じてみずからも行なうし、審査すること、あるいはハザード・レポートの審査を行なうことを、それから、安全監視機構を整備しなければいけないということ、それから、原子炉及びその関連施設の設置後の安全対策の検査と監督、それから、保健物理学者を大量に養成しなければいけないという問題、それから、万一の事故が起こった場合の救援対策について、基本的な問題点を整理し、対策を考えておくこと、それから、災害が起こった場合の補償に関係した問題、そういった問題を総合的に取り上げて考えなければいけないということなのであります。つまり、端的に申しますと、敷地が安全装置になるという言葉がございますけれども、今の私の御説明で御理解いただけるのではないかと思います。ですから、私がきのう非常に不安になりましたのは、安全基準を作らない方がいいというような議論を先生はされておったようであります。これは大きな間違いではないかと思うのであります。われわれがやる科学や技術の問題では、実はわからないことの方が常に多いのでありまして、たとえば、皆さんが今いらっしゃるこの国会議事堂を例にとって申しますと、この中でコンクリートと鉄筋とが反応して、そのメカニズムは物性的にはわかってないことが多いということが申し上げられるわけであります。だけれども、この国会議事堂は安全で、何もこれが落っこちるだろうという心配をしておられる方は一人もいないだろうと思います。これはなぜかといいますと、そこに安全係数というものが当然かかっておるわけであります。学術会議のわれわれの同僚が申し上げたことは、敷地がそういう安全係数のかわりをすることだというふうに御理解願えればいいのであります。こういうことがだんだんわかってくれば、たとえば、次に、そうでない、ここまでは大丈夫だという線が、だんだん科学が発達するほどわかってくるであろうということを言ってよろしいのであります。
 それから、今度の損害賠償法では、たとえば、五十億円というようなことを言っておるのでありますが、コールダーホールの審査のときに、電源開発の大塚君がコンテナーのことを熱心に主張していたのを思い出すのであります。そのコンテナーの価格は、たしか彼の算定によれば十五億ないし二十億程度のものではなかったかと思います。そういうものをつけることによって――つけた方が、私企業の場合でも科学的な得になってくるという関係が出てくる。それが原子力のむしろ健全な発達の方向であるというふうに私どもが考えておることを申し上げたいのであります。この点、また御疑問があればお答えいたしますが、一応それでよろしゅうございますか。

○石川委員 非常に素朴な意見を申し上げて笑われるかもしれませんが、東海村の住民は、これからコールダーホールというものができるし、実験炉、試験炉も原研に集中して、世界にも類を見ないことだというようなことで、一つ一つの原子炉の安全性は安全審査部会でもって通っておりますが、重なり合ったらICRPの基準量をはるかにオーバーしてしまうのではないかという、全く素朴な感情でございます。これは一体どういうふうにごらんになるのかということをまず一つ伺いたい。
 あと二、三ありますので、まとめて質問したいと思います。中島参考人は第二者と第三者を兼ねてこちらへ参考人としておいで下さったわけであります。第二者のいわゆる原研の従業員としては、おそらく労働組合と原研の理事者との間にいろいろな交渉をして、第二者災害補償の問題について話を進めておるのではないかと私は想像するわけであります。第三者の法案が出ますと、実際にどういう程度の補償になるかわかりませんが、第三者の方が、常識的に見て、第二者よりも厚く保護を受けなければならぬ性質のものではないか。もちろん、これはそう分けるという考え方がおかしいかもしれませんが、従業員の場合には、それによって生計を営んでおるのだということで、ある程度覚悟をしておるという立場だろうと思います。第三者の場合は、全然予期しておらないところへ持ってきて、そこで事故が起こって災害を受けたということになると、天災というよりも、人災という格好でありましょうが、第三者に対しては、付近の住民の方が、第二者よりは厚く保護されてしかるべきものであると、常識的に考えざるを得ないわけであります。そうしますと、第二者としての立場で交渉を進めておって、ある程度のめどがついたというふうに仮定をいたします。さて、損害賠償法案によってどの程度の――実際の事故が出ませんとなかなか算定がむずかしいのでありますが、第二者として確保されるべきいろいろな補償、これは非常にむずかしい問題ではございますが、これは第三者の方が高くてもいいというふうに私は考えます。その点について、原研の従業員として、あるいは労働組合員として、どうお考えになっておるか。それから、事実具体的にどの程度進んでおるかという点について、一つ経過と見解をお知らせ願いたいと思います。これが第二点であります。
 あと一つは、非常に素朴な質問になりますけれども、この事故があれば、当然退避をしなければならぬということになりますが、退避訓練をあそこでやったという話を、原研の従業員の場合はどうか知りませんが、付近住民の場合は、私は全然聞いておりません。事故ができますと、相当遠くへ運ばなければならぬということで、おそらくそういう訓練は、簡単に、やれといってもできないわけでありますが、そういう防護、退避の連絡といいますか、そういう体制ができておるのかどうかという点が非常に心配でございます。私は、事故ができた場合に、退避が完全にできるとはとうてい考えられないのであります。その点は、付近の土地に居住する住民としてどういう形になっておるか、一つ率直に現状についてお知らせ願いたいと思います。

○中島参考人 ただいまの石川委員の御質問は三つであったと思います。一つは、重複効果の問題、第二番目が第二者補償の問題、第三番目が退避訓練の問題であったと思います。
 重複効果のことについては、非常に狭い地域に並べてしまえば、当然重複効果が起こる。これは平常運転のことを申しておるわけでありますけれども、アルゴン四一の放出というものは、原子炉によって変わらないのであります。臨界集合体などにおいても、空気の移動放射能で生ずるものでありますから、重なり合い効果が直ちに出てくる、そういうことを申し上げればいいのではないかと思います。そして、この東海村の現状でありますが、御承知のように、JRR1、第一号炉の熱出力が五十キロワットであります。JRR2、これはまだ一メガワットしか出ていないのでありますが、十メガワットであります。それから建設中の国産一号炉が、十メガワット、これまでが確定しています。すでに建設を開始しています。それからJRR4、これはスイミングプール、これが一メガワットという計画でございます。それからJPDR、最近着工いたしましたが、四六・七メガワット、原研では一番大きいものであります。従いまして、原子力研究所のそういう熱出力を総合いたしますと六十八メガワット、CP5が一万キロワット出たとして、たとえば九〇%入れてうまく動いたとして六十八メガワットということになります。それに対して原子力発電会社のお持ちになるコールダーホール型発電炉は六百メガワットであります。ですから、原子力研究所のものを全部合わせましても十分の一であるということなのであります。そのほかにR1工場、原子力燃料公社の再処理施設、それから原子力研究所の中に再処理のパイロット・プラントがあります。これは三十万キューリーを扱えるようなパイロット・プラントでございます。二万キューリー扱えるホット・ラボというものがございます。それから非常に大きな危険性を持っておるものとして原子力燃料公社の再処理工場、こういうものが、全部合わせましてもほんの百万坪というような狭い敷地に集中している。そこに、さらに計画中のものを申しますと、いわゆる工学試験炉、JETRというものをそこに置こう、われわれの意見としては、もう敷地を考え直していただきたいということを言いいたいのであります。それは昨日の打ち合わせ会ですか、委員会の方でいろいろ岡先生からの御討論があったように、相互にその機能を停止させて、そして損害を不必要に拡大するという効果を持っているわけであります。コールダーホールが動き出しまして事故を起こしますと、この辺の炉が全部だめになるという効果が当然あるわけです。ただ、申し上げておかなければなりませんのは、原子力研究所の一番大きなもの、JPDRにはコンテナーがついております。ですから、そういう点については、少なくともコールダーホール型よりは放射能の散逸は少ないだろうということは申し上げられると思います。ですから、今後新しく原子炉を作る場合には、当然あらためてそういうことが原子力委員会の安全審査部会あるいはその他で審議されなければならないのでありますけれども、それが、きのう伏見先生が申し上げましたように、判定の基礎になる安全基準が出されていないのでは、これは困るということを私は申し上げたいのであります。それから、一番大きな問題は、現在ある環境ということで申しますと、射爆場であります。この射爆場の問題を一日も早く解決してほしいというふうに考えております。
 それから、次に御質問のありました第二者補償の問題でありますけれども、第二者補償につきましては、お手元に、やはり第二者の、つまり、従業員の安全保障及び補償についての原研労働組合の基本的な考え方をまとめてございます。これは石川先生御指摘になりました通り、従業員というのは、特にICRP勧告からいたしますと、利害とのバランスという考え方しかない。下限レムはない。つまり、それから利益を受けない者は一つも放射能に当たらないということにしなければいけないという精神からしますと、当然、石川先生がおっしゃったように、第三者の方がこれよりも十分でなければならないと思うのでありますが、第三者補償につきましてわれわれがやっておりますことは、私が最初の公述のところで申しましたように、原子力放射線障害というものの特質からいたしまして、補償ということを考える考え方の第一前提は、とにかく、当たらなくていい人は所内でもできるだけ当たらないようにする、そして予備線量をたくさん残しておく、放射線管理を完全にしておくということが大前提になってくるわけであります。そうした上で、どういうことが出てくるかといいますと、予防補償という考え方、これは新しい言葉でありますから、多少御説明申し上げますと、とにかく被爆したら補償が必要である、保障するというんなら補償が必要であるつまり、区別はつけられない。ICRP勧告から申して、下限レムはないという考え方からして当然のことだと思います。そうして、身体障害者が現われるかどうかということは関係なしに、直ちに予防補償を行なっておかなければならないという点が問題になってくると思います。
 第二点は、身体障害が生ずるような直接障害、これは現在行なわれております労災保険のワクを越えた補償が当然行なわれなければならない。従いまして、さらに療養補償、つまり、医療ですね、それらの問題については完全補償でなければいけないということであります。つまり、たとえば、治療は完全に原研の事業者の責任でやらなければいけない、それから、療養している間に起こる身分上の損失といったものは、全部カバーされなければいけないというようなことを含めて、われわれは完全補償という言葉を使っておりますが、そういうことであります。
 それから、一番大きな問題であります遺伝の影響については、第二代補償の請求権利だけは保証しておく。具体的にどうするかということについては、われわれも数え切れないほどの問題がございます。これは社会全体できめられなければいけない問題なのでありますが、しかし、少なくとも労働組合の立場としては、第二代補償の請求権だけは確保しておかなければいけないというふうに考えております。
 それから障害の認定及び判定は、完全に第三者が行なう。つまり、使用者が行なってはならないということであります。そのために、事業所の中では、労使双方の対等の権利を持った委員から構成される審査委員会を作りまして、そして、それによって行なうという考え方でやらなければいけないわけであります。以上の事柄は、実はすでに申し上げましたように、かなりの人口密度のあります東海村にわれわれの研究所があるということについての科学者の社会的責任という問題からいたしましても、第三者に対して非常に大きな責任があるわけでありまして、この点は、原子力研究所の当局者もさらに大きい責任を持っておるわけでありますが、対等の立場で第三者に対する責任を確保することが第一に必要であるというふうに考えるわけでございます。そのためには、外国の例にとらわれてはいけない。われわれの条件を具体的に、科学的に検討して、その独自の安全保障あるいは補償を考えていかなければいけないというのが、第二者補償についての組合の考え方であります。そして、以上の原則は、現在の理事者との間に意見の不一致はございません。原則的な問題については、相互の了解がほぼできております。そうして、今、当局側の委員と組合側の委員とで合同して答申案を作りまして、それを理事長のところへ出す、そして、当然、それは原子力局あるいは国会方面に、こういう原則に基づいた補償法を作っていただくようにお願いするという段取りになると思うのでありますが、さっきるる御説明申し上げました放射線災害の特質からして、第二者補償に対してさえも、それくらいの補償は必要であるということは、少なくとも、原研の当局者までも認めざるを得ない明白な事実なんだということを御認識願いたいと思います。そうだといたしますと、第三者の問題は、石川先生のおっしゃる通り、さらに厳格なものでなければいけない、手厚いものでなければいけないというのが、われわれの考え方だということを申し上げます。
 それから第三に、これに基づいて退避訓練を行なったかどうかというふうな御質問であります。これはまことに恥ずかしいことでありますが、原研の中においても、実は第二者補償の問題をわれわれは再三要求しておったのであります。始めましたのはCP5型、つまり、五十キロワットのおもちゃのような原子炉ではなくて、CP5第二号炉が動き出すことになって、防護隊を作らなければいけないということになって、初めて理事者側が真剣になりまして、われわれと打ち合わせて作ったという現状でありまして、防護隊は、保健物理部員の犠牲的精神によって、とにかくわれわれは社会的責任があるから防護隊に参加する、しかし、こういう補償は作ってほしいという声明を出して参加したのでありますが、少なくとも、いわゆる退避訓練は、原子力研究所の中においても行なわれておりません。それから、通報体制というものも、まだ十分周知徹底してないということを申し上げておきます。これについては、何年前でしたか忘れましたが、冶金工場においてウランの燃焼事故が起こりました。そのときは、まことにひどいものでありまして、どこへ電話をかけてよいかわからない。三つも四つも電話をかけて、わけのわからない人がたくさん入ってくる。それを、そのときおりました研究員の常識的判断だけで工場を閉鎖しました。そうして、その結果、組合が災害の調査をやりましたときに、一体どれだけのウランが燃えたかということもわからないような始末であったということであります。それに対して所側の方は、これは小さな事故だということばかりを言いまして――これはおそらく、局あるいはその他の御意向を非常におそれたのだろうと思うのでありますけれども、われわれは、新しいことをやっていく以上、ある程度の事故は必ず起こる、それを今後の経験として生かさなければいけないということを組合は主張したのでありますけれども、それは全く無視された。そのことが、現在第二者補償の問題として、ようやく所内の意見一致を見ようとしている段階だということを申し上げたいと思います。

○石川委員 あと一回、念のために伺います。きのう私が伏見参考人に対して、原子炉が複数以上設置される場合の重複効果について伺いましたところが、明確な答弁がなかったわけであります。さらに、昨年、大塚参考人だったと思いますが、伺いましたところが、集中の限度については、学会としても定説がないので困るのだというふうなお話がございました。今のお話ですと、非常にむずかしいことはよくわかるけれども、作らなければならない。住民の素朴な気持から設けなければならぬ、こう思うのです。それ以上に、作ろうと努力をすれば何とかできるというお見通しのように、結論的には伺えたのでありますが、その点を、一応確認しておきたいと思います。
 それから、あと一つ。きのう真崎参考人が言ったのでございますけれども、コールダーホール型がもし事故を起こした場合に、第三者となる原研の損害――原研は第三者となるのですが、第三者の原研の損害は、汚染を除去する費用と、一定期間休業しなければならぬのですが、それに対する休業補償と、両方考えていくというようなことを言われたわけでございます。これは、実際問題として、それだけの費用が出るかどうかという問題もありますし、除去するということがどういうことかも、私しろうとでさっぱりわかりませんが、このことに関して、何か中島さんの御意見があったら、一つ参考にお知らせを願いたい、こう考えておるわけでございます。
 そのほか、いろいろありますけれども、大体私としてはその程度にしたいと思うのですが、先ほど来、何回も参考人が強調されておりますように、第三者機関としてこれを認定する――これ以上の放射能を浴びたら放射能の事故が起こるから退避しろという命令をする機関が全然今のところは確立をされておりません。これはしろうと考えでも非常に危険千万だといわなければならぬので、これについては、一つ科学技術庁長官、きょうは政府には答弁を求めないつもりだったのでありますが、認定する機関がなくて、一体どこから事故になるのか。それからまた、事故になったら、これは事故だから退避しろということを業者の方にまかせておくという格好は、どうしてもこれは危険千万だと思うので、従って、第三者的立場で認定する機関というものは、どうしても必要欠くべからざる前提条件だというふうに考えますけれども、この点についての長官の御意見をこの際伺っておきたい、こう考えます。

○中島参考人 お答えいたします。
 最初の方の問題でありますが、私が申し上げましたのは、たとえばJETR、工学試験炉といったものを、初めから何か東海村の原子力研究所の敷地に置くというふうにきめてしまうのは間違いであって、つまり、その適地がどこかということは、すでに原子炉がそこにあったら、少なくとも相当離して置かなければならぬということが、私が申し上げました学術会議の原子力問題委員会の安全性に関する答申だったと思うのです。私もそれが正しいと考えます。ですから、この国会においても、学術会議の答申は、やはり日本の各方面の科学者が集まりまして、大きな社会的影響を持っております原子炉の安全性について慎重な考慮をいたしまして、そうして、こうした方がよいという勧告を政府に対して行なっているのでありますから、これは当然御尊重いただきたい。これが、やはり現場におります若い科学者としての私の意見でございます。
 それから、第二番目の御質問は、汚染の除去ということであります。これは具体的に言った方がよろしいと思いますが、たとえば、きのうもこの委員会でちょっとお話が出ておりました、SL1の事故の場合の例などを申し上げたらいいかと思います。きのう真崎参考人であったかと思いますが、たしか岡先生の御質問に対して、あの原子力研究所の施設が被災したときには、その財産をすぐ補償するというのではない、その汚染の除却の費用をペイするのだというお話をされたと思います。これはちょっと聞きますとけっこうな議論のようでありますが、これはたとえば、ネコの首にだれが鈴をつけるかという話をしておるのじゃないかと私どもは思います。一体、だれがその除染作業をやるのですかということが、われわれ従業員から言うと申し上げなければならない第一の点でありまして、たとえばSL1の事故のときには、三十五レムまでのメーターしかなかったのでありますが、そのメーターを持って入って行ったら、ふっ切れてしまった。それで行った目的も、除染作業をやろうとかなんとかいうようなこともありましたけれども、第一に、死んだ人の遺体を収容しなければならないということのために、決死隊を募って、その場合には、きのう伏見先生がおっしゃったように、いわゆる国際勧告のレムではないわけでありますが、一時的には非常に高い汚染を浴びても、とにかく救出に行った。それは、もちろんたくさんの要員を用意いたしておりまして、なるべく積分量が小さくなるように、全部を合わせた量が少なくなるように、たとえば三十分たったら交代をするとか、その要員の資格ということも、先ほどから何回も繰り返しておりますように、たとえば、私は子供が二人ございますが、二人いるから、もうあとはいいだろうということでしたら、私は志願しなければならないわけであります。もし、私のところに若い高等学校を出たばかりの助手がおりましたら、それは入らせてはならないということは、一つのモラルの問題であります。これは、われわれ原子力科学者のモラルだと思いますが、そういう意味で入って遺体を運び出したのが限度であるということでありまして、それを全部除染していくというようなことは、できない相談――と言うとおかしいのでありますが、非常に困難だということは申し上げてよろしいのじゃないかと思います。
 それから、もし、その除染がある程度できたといたしましても、次に、原子力研究所で行なわなければならない、非常に微弱な放射線をはかるという点で困ることがあります。つまり、バック・グラウンドが非常に上がって、精密な測定ができなくなるということは当然起こるのでございまして、この点は、岡先生のおっしゃいましたように、日本の原子力研究の発展のために大きな責任を持っておるわれわれの研究所が、その機能を停止してしまうのではないかというようなことを非常に心配しておることを申し上げたいと思います。ですから、あれは、そう申してはなんでありますが、やはり保険屋さんの立場としては当然の御意見だと思いますが、そのためには、幾多のその前にやらなければならないことがあるように考えるのであります。

○池田(正)国務大臣 先ほど来の参考人の方々の御意見、御質問等を承っておりますと、専門のことは私にはわかりませんけれども、とにかく新しい科学であり、新しい産業であるだけに、いろいろまだこれからこうしなければならない、ああしなければならないと中島さんの仰せられたことは、いずれも私はもっともだと思います。それができなければ、それが前提でなければいけないといったような御議論は、私は議論しておるつもりではありませんけれども、これはどうかと思います。これが必要だということはわかります。従って、それをいつ、だれがどうするかということになれば、結局、これは原子力委員会なり科学技術庁が率先してやらなければならないということは、これまた当然であります。ただ、今御質問がありました第三者の通報なり、あるいは退避作業というようなことは、東海村の場合は、茨城県と私の役所で今連絡をとっていろいろ研究いたしておりますが、これはとりあえず、やはり県あるいは警察になりますか、そういう機構を新しく作るか何かいたしまして、そういう設備、機構といいますか、これを整備していきたい、かように考えます。

○石川委員 実は、私の質問は、こまかいことを言い始めるときりがありませんが、法案の審議という形で続けて参りたいと思いますので、本日はこの程度にしたいと思います。ただ、今の長官のお話で、前提条件が具備されなければこの法案はいかぬということでは困るというふうな御趣旨だったと思うのですけれども、私は、この法案それ自体は決して悪いとは思ってないのです。こういう趣旨はけっこうだと思います。けっこうですけれども、今これを適用されるかどうか、あるいは基準は一体どうなるか、どれから以上が一体事故になるか、どれから以上が放射線によるところの障害と認定するのかというふうな、前提条件が具備されないままにこれが通ってしまいますと、前提条件がいつまでたっても具備されないままに放置されてしまうのではないか、こういう不安が、特に地元の住民としては強いということは、御理解いただけると思います。従って、この前提条件についてくれぐれも念を押しておきたい。私は、この前提条件を徹底的に、皆さん方とほんとうに真剣に取り組んで、早い機会にこの前提条件を具備するということが前提にならなければ、この法案だけで事足れりとするような考え方では、非常にわれわれとしては安心できない、こういう気持であるということを、きょうは討論するつもりじゃございませんから、一応私の意見として申し上げまして、私の質問は終わりたいと思います。

○山口委員長 他に御質疑もないようでありますから、参考人各位からの意見聴取はこの程度にとどめます。
 参考人各位に申し上げます。
 本日は、御多用中のところ、長時間にわたり貴重な御意見の開陳をいただきまして、まことにありがとうございました。本委員会を代表して私から厚くお礼申し上げます。
 本日は、この程度にとどめ、これにて散会いたします。
   午後一時二十二分散会
     ――――◇―――――
  〔参照〕昭和三十六年五月九日(火曜日)
 科学技術振興対策特別委員打合会
   午後一時五十三分開議

○山口委員長 本日は、都合により、正規の委員会としないで、科学技術振興対策特別委員打ち合わせ会を開会いたすことにいたします。
 これより原子力損害の賠償に関する法律案及び原子力損害賠償補償契約に関する法律案について、ただいま、日本原子力保険プール事務所、長真崎勝君及び大阪大学理学部長代見康治君に御出席を願っておりますので、その御意見を承りたいと存じます。
 真崎さん、伏見さんには、御多忙中にもかかわらず、わざわざ御出席をいただきまして、ありがとうございます。
 これより両案につきまして御意見を承りたいと存じますが、真崎さん、伏見さんには忌憚のない御意見をお述べ願いたいと存じます。伏見康治君、次に、真崎勝君にお願いをいたします。伏見康治君。

○伏見康治君 お呼び出しを受けまして、今おっしゃいました二つの法案についての意見を申し上げることになるのでありましょうが、その方面に関しまして、私は特にその専門家でもございませんし、的確なことを申し上げる柄でないと存じておるわけでございます。しかし、一方、同じ原子力に関連いたしまして、原子炉安全の基準部会の方の仕事をさせていただいておりますので、その方との関連でこの原子力損害賠償に関しましても一応の関心はございますから、その方の関連から見ましたことを二、三申し上げてみたいと思います。
 原子力というものが、もともと原子爆弾から生まれましたように、ほかの科学的エネルギーのようなものに比べますと、けた違いに非常に大きなエネルギーでございますために、それの扱い方によっては、非常に人類の役に立つ方にも使えますと同時に、使いそこないますと大きなやけどをする、そういう性格のものであるということは、いまさら申し上げるまでもないことでございます。原子力の安全をはかり、いかにして人類の幸福のために使いこなしていくかということは、これは決して簡単な問題ではございませんで、科学技術的に十分いろいろな面を研究し、その上に初めて原子力のほんとうの利用というものが始まるわけでございますので、原戸力の安全を守るためのいろいろな準備といったようなものは、原子力そのものを国が推進しようとする限りにおきましては、非常に大切な問題になるわけでございます。原子炉の安全性を守りますためには、原子炉ばかりではありませんで、それ以外のいろいろなものがあるわけでございますが、話を原子炉に一応限定して申し上げたいと思うのでございます。
 原子炉の安全性といったようなものを考えます際に、原子炉の正常運転におきましてもいろいろ問題点がございましょうが、しかし、十分によく設計された原子炉でありますれば、その正常運転ですでに問題が発生するというようなことは、もちろん皆無ではないでございましょうが、一応二次的な問題と考えてよかろうと思います。原子炉の事故に伴ういろいろな損害というものが問題になると思いますが、原子炉の事故を考えます場合に、その事故の大きさというものにはいろいろなものが考えられる。非常に小さな華故から非常に大きな事故までいろいろなものが考えられるわけでございますが、原子炉に関連いたしまして、皆様の御関心を特に浴びております点は、非常に大規模な事故が起きて、非常に多くの方々に御迷惑をかけるといったようなことが起こるのではないか、その点で原子炉に対する災害、損害問題というものが特に問題にされているのだろうと思います。小じかけな事故といったようなものでございますれば、これは何も原子力に限りませんで、それ以外のいろいろな機械にも付随して起こるものでございまして、原子力だけが何か特別扱いをされなければならないということにはならないと思うのでございますが、原子炉の場合には、その潜在的な損害の中で非常にけたの大きなものがある。そのことが特別視して考えられなければならない一つの大きな点であろうと思います。
 原子炉に起こりますいろいろな事故といったようなものは、どんな事故が起こるだろうかということを考えていきますと、それはいろいろ考え方にもよるおけでございますが、ただ起こるか起こらないかという可能性のほかに、こういうものを考察いたしますときに、私たちは、そういう事故が起こる確率と申しますか、そういうことの起こりやすさといったようなことについても十分考慮しながら議論を進めていかなければならないわけでございまして、事故の大きさ、それと、起こる確率というものをいつも並べて考えていく必要があるわけでございます。大きな事故になりますほど、当然そういう事故は起こりにくくなるはずでございまして、小さな事故でございますれば、ある程度ひんぱんに起こり得るということになるのでございましょうけれども、この損害賠償の法律で問題にされておりますような非常に大規模な事故というものは、まずめったに起こらないものということが最大前提になるわけでございます。そういうふうに原子炉そのものがまず作られていなければならないことは当然なことでございまして、また、実際そういうふうに作るということは、十分可能なわけです。絶対に原子炉を安全にしてしまうということは、絶対という言葉の意味にもいろいろ依存いたしますけれども、哲学的な意味での絶対な安全性というものは、私たちは、神様でない限り不可能なことであろうと思うのであります。そうかと申しまして、絶対には安全でないということは、多くの方々には、原子炉というものは非常に危険であるといったような印象を与えてしまうということも、否定できない要素でございます。それで、たとえば一つの原子炉を十年なら十年の長い間運転いたしまして、その間に一回も事故を起こさない。しかし、同じ原子炉を十個なら十個作って並べて運転いたしますというと、それ全部を十年なら十年運転いたしました結果、その中の一つがたまたま事故を起こすというような程度の、そういう程度の確率といったようなものが考えられるわけなんでしょうが、その程度でございますれば、私たちのそれに対処する仕方というものは、ただそういう事故が起こらないようにするというだけでは話が通じなくなってくるわけでございます。と申しますのは、非常にまれにしか起こらないそういう事故に対しまして、その事故が絶対に起こらないようにするということは、原子炉に対するいろいろな安全装置のしかけというものを非常に大げさなものにいたしまして、実際問題として、原子炉の利用というものをその面からつまずかせてしまうというようなたぐいのものにするおそれがあるわけでございます。従って、ある程度の確率の小さな事故に対しましては、私たちは、それを、確率というものと、それから事故の大きさというものをかけ合わせたような量で判断すべきものであるというふうに考えられるわけでございます。もし、その原子炉の事故というものが、よくしろうとの方々が御想像なさいますように、原子爆弾のようなものでございまして、それが爆発いたしましたときには何十万という方々が一時になくなってしまうというような、そういうたぐいの潜在的な事故でございますれば、これは確率が実はいかに小さくても、そういう装置というものは許さるべきものではないということになると思うのでありますが、幸いにしてそういうふうな取り返しのつかない事故というようなものは、現在の原子炉では全く起こらないと断言してよろしいわけでございます。原子炉の事故で相当大きな災害が起こると申しましても、そういう意味での災害ではなくて、非常に広範にわたって放射能を浴びるという意味での災害というものは、いつも問題になるわけであります。直接の爆発効果とか、あるいは焼夷効果といったようなことによって、原子爆弾と同じような災害を国民に与えるといったような面は、全然私たちは想像しなくてよろしいわけであります。そういう、非常にまれであって、しかも、それが起こりましたときに起こる災害というようなものが、ある程度の人々に許容量以上の大量の放射能を浴びせるかもしれない、そういう現象に対しましては、それを絶対に起こらないようにするという技術的な工夫、そういうものは、もちろん絶えずしなければならないわけでございますが、現在考えられる限りの技術の面では、それを最後のところまで絶対起こらないと断言することが不可能なような状態に置かれておりますために、私たちは、そういうことが万一起こったとしても、なおかつ、国民のそういう被害者の方々にあとから何らかの意味において補償するという、そういう手だてが必要になってくるというように考えるわけであります。つまり、考えられる非常に大きな事故が起こりましても、そのあとで適切な手段を講ずることによって、実際上の損害をなくすことができるような、そういう事故であるならば、その原子炉は作ってもよろしいというのが根本的な考え方ではなかろうかと思っております。原子炉の安全審査をいたします場合の根本の精神というものは、そういうところにあるわけでございます。非常に極端な想像をいたしますれば、相当大きな原子炉の事故によって相当広範囲に放射能をまき散らすということが考えられるのでございますが、その場合にも、まき散らしたために、たとえば、その強い放射能を浴びたために即死なさるような方が莫大な数に上るといったような、そういう事故がほんとうに想定されるものといたしますと、私どもは、その原子炉を作るべきものでないと考えるおけなんでありますが、ただその放射能が降って参りました場合に、たとえばある地域に住んでおられる方々に一時退避していただくというような方法によって、その方の安全性を守ることができるというような、そういう程度のものでございますならば、そして、そういうことが先ほど申し上げましたような意味においてきわめて確率の小さいものであります限りにおきましては、そういう事故を潜在的に持っているような原子炉は許されるのではなかろうか、そういうふうに考えております。問題は、そういう事故が起こりましたときに、あとで、たとえば退避させるといったような、そういう手段によって、要するに、とにかく全然お手上げになってしまうといったようなことのないような範囲内で、物事をいつも考えていきたい、究極の手段というものは、必ず何か手があるのだというところに最後のだめを押して、私たちはものを考えていきたい、こう考えているわけであります。
 しかし、そういうことを私たちの頭の中で想定しておりますだけでは、実際そういうことが起こりました場合に適切な措置がとれるかとれないかという第二の問題が当然起こってくるわけでございますが、それは確率の非常に小さなことではございますけれども、関東大震災であるとか、室戸台風であるといったような、そういう程度の災害であるかもしれないわけであります。そういうときに適切な手段がとれるように、ふだんからいろいろな意味で準備されていなければならないと思うわけでありますが、その準備の中の一つの手段として、こういう補償保険というような制度をお作り置き下さるということは、原子炉の安全性の最後のだめ押しをするという意味において適切なことであろうと思っております。
 この法案それ自身につきまして、私は、保険の方のことについても、あるいは法律的な面につきましても、全然しろうとでございますので、特にこまかい点についてどうということを申し上げる資格は全然ないのでございますが、ただ二、三心づきました点を申し上げてみたいと思うのであります。
 その一つは、放射能による損害ということが、この法案の説明にもございますように、いろいろな意味で特殊な性質を持っている。たとえば、だいぶたちましてから、その方の気がつかなかった、もう忘れてしまったころになってから放射能障害が起こってくるといった、そういう特別な性格があるのでございます。そういう何年かたってしまってから放射能障害に当人が気づかれまして、そこで初めて損害賠償を請求されるといったようなことは、そういう形でも行なわれないことはないとは思うのでございますけれども、もし、ある限度放射能を浴びられたということが客観的に証明される場合には、もうそのこと自身をもって損害を受けたというふうになさるということの方が、いろいろな意味で話をすっきりさせるのではないかと私は一応考えるわけでございます。このことは、そもそも原子炉の安全性を守ります上におきまして、一番根本になる放射線の被爆に関します最大許容量という概念がございますが、その概念と通ずるものがあると考えるわけであります。最大許容量といったようなものは、相当場合々々によって実は変わるべきものでございまして、個人的にも差があるでございましょうし、民族的な差があるかもしれませんし、そのほか、いろいろなその方の健康状態とか、そういうことにいろいろ依存しておるべきものであって、一がいには必ずしもきまらないものであろうと思うのであります。しかし、それをきめずにおきますと、一切の話が非常に不安定になってしまいますので、一応最大許容量といったような概念を設けまして、そこで線を引いて、それ以上は被爆させないようにする、そういう基準というものを作るわけでございますが、それと同じようなことを、もし損害という方についても適用するならば、何かこれ以上の放射能を浴びた場合には、それは放射能による損害を受けたものと見なすといったような形に、もしなさいますならば、話がもう少しすっきりするんじゃないかという感じを受けるわけです。その点が一つ。
 それから、もう一つは、補償の方の法律の第五条に「締結の時から当該補償契約に係る原子炉の運転等をやめる時までとする。」ということがあるのでございますが、多くの原子炉が十分長い間使われまして、そして、もう耐用年数が参りまして、そこで、もう原子炉が使えなくなるといったような時期がくるだろうと思うのでございます。二十年なら二十年という年月を経て、そういう時期になるだろうと思うのでございます。そこで、おそらく、その原子炉というものは、それを使わなくなってからどういうふうに始末するかということは、それまでの技術の発展によってどう変わるか、もちろん、今日から予想するということは間違いかと思うのでございますけれども、しかし、一つの有力な考え方というものは、その原子炉はそのままにしてほっておくということではなかろうかと思うのでございます。非常に莫大な放射能が内蔵されておりますものを、それを始末しようといたしますと、かえっていろいろと困難な問題をみずから作り出すというおそれがないわけではないものでございますから、使い古しの原子炉というものは、いわば、そっとほっておくのに越したことはないということがしばらくは続くのではないだろうかと思う。もし、そうであるといたしますと、原子炉が使用済みになりましてからも、相当長い間、その中には、原子炉が働いておりました場合と同じように、潜在的な大きさの放射能を依然として持ち続けるわけでございますので、そういうものがどういうふうに安全に保たれていくかということは、やはり相当真剣に考えておかなければならないはずの問題だと思います。この条文の中には、もちろん、そういうものの跡始末まで含めて書いてあるのだろう、意味はそうであろうとは思うのでございますが、原子炉の持っている潜在的な危険性といったようなものは、その原子炉が動いておるときだけではなくして、あとまでも長く尾を引くものであるという点を、もう少し明確になすった方がいいのではなかろうかという感じを受けた次第であります。
 それから、これは私が申し上げるべき筋ではないのかもしれないのでありますが、いろいろこういう制度をお作りになります場合に、国際的な視野というものがいつも大事な問題になるであろうと思うのでございます。日本独自の考え方で非常にいい考え方が出て、それがたとえ外国と違っておりましても、それで貫き通すということももちろん考えられるわけでありますが、日本の原子力に関する考え方というものは、とにかく後進国でございますので、多くの場合、外国の考え方に従うという考え方の方がいろんな意味で無難であるということが多いだろうと思います。それから、国際的にいろいろなことが通念とされてしまった場合に、それと変わった考え方でもって物事を処置していくということは、いろんな意味で非常に話がむずかしくなるということがあろうと思います。たとえば最大許容量といったような概念は、非常に客観的な概念ではございませんので、日本だけ特別な最大許容量といったようなものを考え、あるいは概念そのものを変えてしまうといったようなことも考えられなくはないのでございますけれども、原子力というものは、ことにその安全性の問題は、実は国境を越えて考えていかなければならない場合が今後しばしば起こるだろうと思います。原子力船がやってくる場合にいたしましても、あるいは出しましたその放射能の雲が隣の国へ行くといったようなことを考えましても、国際的視野でいろいろなことを考えていかなければならないだろうと思うのでありますが、こういう損害補償というものの面におきましても、その国際的なやりとりというものが相当大事な問題であろうと思うのです。そういたしますと、ここに作られております法律が、今できつつあるよその国の法律といったようなものと、どの程度歩調を合わせていくかというような点を、さらによくお考え下すった方があるいはいいのではなかろうか、そういうような感じを受けるわけでございます。
 非常に雑駁でありますが、この法律をながめまして気づきました点を二、三申し上げたわけでありますけれども、冒頭申し上げましたように、原子炉の安全性を守るという観点から申しますれば、こういう損害賠償の法律を作っていただくということは、それ自身は、ぜひ必要な最後の安全性のだめ押しという意味において非常に大事な問題でございますので、こういう性格を持ちました法律が早く確立されることを心から希望する次第でございます。

○山口委員長 次に真崎勝君。

○真崎勝君 保険会社を規制しております保険業法に基づきまして、日本に生命保険会社が二十ございます。それから、同じく損害保険会社が二十ございます。以下、私が申し上げますことは、損害保険会社の立場を含みつつ、かつ、浅学ではございますけれども、保険学ないしは損害保険の理論というものがございますから、その立場で、ここに御審議されております二つの法案に関連する点を申し上げます。
 第一に、保険、主としてわれわれがこの法案に基づきましてお引き受けするわけですが、これは日本原子力保険プールを通じまして、共同保険――各社の社長がすべて一枚の保険証券に署名いたします。その共同保険の引き受けというのは、主として第三者に対する損害賠償の責任保険でございますが、話をここに局限いたして述べてみたいと思います。
 第一に、保険とは何か、あるいは損害保険とは何かという立場にまず触れますが、これは、やはり危険の分散ということを本旨といたします商法上の会社企業でございます。そして、これは火災保険、あるいは船の保険、あるいは海上輸送の貨物の保険、数十年来発達いたしました損害保険でございますが、過去におきましては、統計学において採用されております大数の法則、従って、危険の、あるいは損害の統計によって保険料率も算定され、そして、たとえば保険証券で担保範囲を広くする、たとえば汽車の一等に乗るということは、保険料は従って届くなる、こういう相関関係があったわけでございます。
 第二に、われわれの損害保険会社におきましては、引き受け能力の制限の問題がございます。これは英語で保険学上キャパシティの問題、こう言っております。この問題を原子力保険の引き受けに適用いたします際に、相当大きな責任保険の金額をお引き受け申し上げ、最高五十億円、さらに、これはこの法律に基づく引き受けでない、つまり、原子力研究所の施設自体の財廉価値というものが将来非常に高くなる、また、原子力発電株式会社が建設されつつあるあのコールダーホール改良型の原子炉の値段も、タービン・ハウスまで入れますと約三百億円、これは原子炉メーカーと発注者である原子力発電株式会社との間の契約書に従って、メーカーズ・クレジットに対する抵当物件ともなります。従って、財産保険も必要になる。そういうこともございますが、かれこれ勘案いたしまして、民営損害保険会社の共同保険といたしまして、引き受け能力の限度がそこにある、こういう問題が一つございます。これは、ものの見方を裏返しにいたしますと、たとえば、原子力発電株主会社の某常務がある英国の権威者から三年前に聞かれた話には、五マイル以内に住む第三者あるいはその財産に対する加害責任が、たとえば五十億円以内、五百万ポンド以内である、こういう見きわめをつけて英国の法律は成立した、こういう説明を受けておられたことも私覚えておりますが、要するに、原子力事故の結果、周辺の住民、その身体及びその所有財産に対してどの程度の損害を与えるであろうか、この可能性または蓋然性の予測の問題が裏にあるわけであります。これについては、保険の側は五十億円まで受けるということは多分いわゆるマキシマム・クレディブル・アクシデントという概念に即応できるのではないか、そして、それで足りない部分が、この法案におきます国家の援助、そういう形で救われるのじゃないか。さらに、国家の援助の方式が、賠償責任保険証券の制限全額五十億円といたしますが、五十億円にプラスされるという現在の日本の法案の行き方は、外ワク方式と通常呼ばれておりますが、そのほかに、アメリカのプライス・アンダーソン法のもと、あるいは西ドイツの原子力法のもとにおける国家の援助あるいは国家の補償が全体の金額の内ワクの中にある、こういうやり方もあると思いますが、これは、たとえば日本が将来参加を予定されております国際原子力機関の条約草案で、両方認める、この問題は、別に大きな問題ではないと思います。
 次に、第三の問題は、賠償責任保険の問題でございます。これは賠償責任が、本来日本の民法七百九条における不法行為賠償責任、民法の賠償責任またはその賠償責任の加害者の責任の発生の要件に過失、故意を除く場合、これは無過失賠償責任でございますが、そういう特別法規、これによります賠償責任のうち、通常伝統的には、たとえば原子力の従業員自体、あるいは労働者災害の雇い主から被用者に対する賠償責任を除いたものを通常第三者賠償、あるいは公衆に対する賠償、英語でパブリック・ライアビリティと申しますが、そういうふうに考えているわけでございます。その場合に、問題点といたしまして商法六百四十一条の規定がありまして、これは保険料を払って保険契約を締結いたします将来の原子炉所有者、法案では原子力事業者、この原子力事業者が故意に事故を招致した場合には、保険会社は保険金を払わぬでよろしい、こういう規定があるわけなんでありますが、われわれは、新しい理論構成を採用いたしまして、この故意を極端に狭めていこうではないか、これは原子力事業者の理事者または取締役会の決議、法人の意思決定という事実がなければ、故意による事故招致は生ぜしめないでいこうじゃないか、そこまで法案がいかれたことを存じております。そして、われわれは、賠償責任保険証券では、さらに一つおまけがつけてある。通常保険証券の担保範囲は、法律による原子力事業者の責任よりも狭い、その間にギャップがあるといわれておりますが、この点につきましては、われわれの賠償責任保険証券は、原子炉メーカーまたは核燃料の提供者、こういう人たちが原子炉事故の被害者から、万々一にもさかのぼって問われる賠償責任は、日米、日英動力協定に規定されてあります免責条項の趣旨に従いまして責任保険で負担するのであります。これにいろいろ理由がありますが、責任の集中の問題、チャネリング・オブ・ライアビリティ、こういう一つの原則をわれわれの場合打ち立てていくつもりでございます。
 さらに、この賠償責任保険における一つの問題といたしましては、加害責任が発生した場合に、その損害査定をどうするか、この問題があります。保険金を被害者にどう払うか、これは前に語られました伏見教授の御意見の中に、最大許容量というもので客観的な基準を設けたらどうであろうか、そういう御意見も承っておるわけでございます。これにつきましては、英国の原子力立法――昨年四月一日から施行されましたあの英国法の解決方法もあるわけであります。これは、最大許容量というものが原子力の平和利用に基づく利益と損害とのバランスの点であって、医学的定義ではない、そういう推論もございますから、結局、時間をかけて五年、十年、二十年、この被害者たり得べき人の行く末を見ていかなければならないのじゃないか、そういう制度が今の法案のもとにも規則あるいは施行法によってできるであろう、私どもこう思っております。それに、さらに、たとえば保険会社は賠償責任保険における加害者の立場になるべき原子炉所有者と、被害者の立場になる放射能を受けた住民、この間の関係の一応外に立つ建前で賠償責任保険を作っております。従って、法案における紛争審査会というものは、結局、即決簡易裁判所的なものであろう、こう思っております。この点につきまして、さらに申し上げるならば、自動車の賠償責任保険法も、強制保険法としてあるわけでございますが、これは、たとえば人を一人轢殺した場合に三十万円――最近五十万円に制限額が上がりました。そういうパー・パースン、人一人当たりの制限がございますが、われわれの方では、これをはずしております。その点において、私どもは、実際の損害査定というものはむずかしいけれども、客観的に妥当な方法が発見できるものだ、こう考えております。
 さらに、第四の問題といたしまして、保険会社が民営保険会社である場合に、日本の地震のように、ほぼ周期性を持って、たとえば関東大震災が六十年後にまた起こるというようなこれは生命保険で申しますと、人間は七十年たつと死ぬというような、必ず起こる危険、こういう危険であるならば損害保険会社はよほどふんどしを締めなければ引き受けられない。それをキャタストロフィ・リスク、大災害の危険、こう申すわけであります。さらに、洪水、津波――日本の室戸台風以下、おととし九月の伊勢湾台風に至るまで、洪水、津波を伴う危険も、それはその危険地帯に住む住民のみが保険を求める、保険用語上逆選択と申します。そういうような日本の地震における周期性、日本の洪水、津波における逆選択の可能性、こういうものが伴う場合には、民営保険会社はなかなか保険証券を発行できないのでございますが、われわれは、この法案に協力いたします前に、この問題をはっきり解決したわけであります。原子力の原子爆弾としての軍事利用は、まさしく大災害危険だ、しかし、原子力の平和利用の問題は全然そうでない、ここに区別がある、そこで賠償の責任保険をお引き受け申し上げる、従って、原子力の平和利用に伴う危険、ここにまた、前参考人の伏見教授の言われましたように、マキシマム・クレディブル・アクシデントの問題、それに結びつけた問題、それから起こる保険会社の引き受け能力の問題、これが出てくるわけであります。
 あとは、原子力保険というものが、なぜ原子力保険プールを通じて引き受けられなければならないか、この問題でございますが、これは原子炉の値段にいたしましても、賠償責任の制限金額にいたしましても、前者は三百億円に達し、後者の付保額は五十億円に達するというような非常に大きな保険金額である。それから、この危険が、前参考人伏見博士の言われました通り、頻度が小さい上に、一たん発生した場合どの程度の波及力があるかわからない、その問題、つまり、保険料の出しにくいという問題でもございます。さらに、原子炉の数は、ただいま世界に三百くらいあると思いますが、その大数法則の貫徹がなかなかできないのではないか、統計の作成がなかなかできないのではないか、こういう問題でございます。さらに、原子力の保険プールを作りまして、よその国の原子力保険プールとの間に――これは岡議員が両三年前に原子炉等規制法が改正されましたときの附帯決議にも述べられましたように、国際的な危険分散、国際協調による補償制度を採用するためにも、この原子力保険プールによる保険及び再保険が必要になったわけでございます。さらに、それによりまして、一般大衆からややともすれば非難をされるおそれのある保険における経費の高くなることを防ぎ、あるいは無用の代理店手数料の支払いを排除する、そういう利益があると思うのでございます。
 あと、責任保険料につきましては、数字がこまかくなりますが、要するに、責任保険料は、まずわれわれの賠償責任保険が支払います分に対する対価であります。これは、責任保険が大がいのものは払ってしまう、それで足りない場合に国家の援助が出るならば、責任保険料の算定というものは、国家の援助に対する補償料とはだいぶ値段に開きがあってもよかろう、賠償責任保険料は高くてもよかろう、こういう考えでございますが、御必要に応じては、もっとこまかい御説明をいたすつもりでございます。
 最後に、なぜここに審議されております補償契約法案が必要であるかということについて触れたいと思います。もちろん、私どもの賠償責任保険証券は、まず、先ほど申し上げましたように、原子炉のメーカーあるいは核燃料の提供者、サプライヤーを守ってあげる保険証券であるという意味において、おまけがついております。さらに、小さな原子力事故によらない賠償責任もある、非原子力責任もあると思います。これは、大風でかわらが飛んで、見物人の頭にぶつかって頭蓋骨を割った、それから、商人が飼っている犬が人にかみついたというような場合の賠償責任ですが、こういう非原子力責任、これもお持ちします。そういう意味でおまけがついておりますが、立法では、原子力事業者の責任になっておりながら、なぜ賠償責任保険証券で持てないか、そういう二つの間のギャップといわれているものがあります。これは、はっきり申し上げますが、地震、噴火のような大災害危険については、なかなか持てないのだということを先ほど触れたわけであります。それから、正常運転の危険も、これは非常にむずかしい問題でございまして、アルゴン四一が空気の逆転層にひっかかりて住民の被害が生ずるであろう、それからもう一つは、海に盛んに廃棄物を廃棄処理するという慣行も必ずしもなきにあらず、そういう意味で、これを持つか持たないかということは非常に重要な問題でございますが、われわれの賠償責任保険で一応持てませんと申し上げたのは、これは国際原子力機関の条約草案でも、それから欧州経済協力機構の条約でも、ニュークリア・インシデント、原子力事故という言葉を使っております。事故がない場合に、一応賠償責任保険で持ちません、こういう意思表示をして参ったわけでございます。どうぞ一つこの点をお含みおき願いたいと思います。
 あとは、民法上の消滅時効が、七百二十四条によりまして二十年でございますが、この責任保険証券では十年になっている。これも条約草案及び条約において、すべて統一的に認められましたところで、おそらく、これはやはり保険会社の会計処理の問題、それから、保険学において、最終的な問題解決の基準であります事故と被害との間、原子力事故と原子力損害との間の因果関係の有無の判定がむずかしくなるのだ、こう思うのです。これも、幸いにして、補償契約法案に組み入れてあるのであります。残るところは、われわれは、核燃料の国際間の輸送の賠償責任につきましては、努力して持ちましょう、保険証券を新たに作って持ちましょう、こう考えております。それから、先ほども触れましたように、商法における保険法が、保険事業者の故意のもの、あるいは保険契約締結の際に、保険料を決定する重要な要素について虚偽の告知をした場合、それから、実際に原子炉稼働中に非常に大きな事情変更が起こった場合に、通知をしなければならない、こういうような商法の保険法上の義務違反、これは要するに、保険契約法上の債務不履行責任が入っているわけですが、これを保険挙上ブリーチ・オブ・ウォランティ、非常に確約保証したものに違反した、こういうようによくいわれておりますが、その確約保証違反の責めの場合に、通常の保険であれば、これは被害者イコール物の所有者ですから仕方がないのですが、被害者が第三者である場合にどうするかという問題、これは、おそらく原子力御当局は、いわゆる主観的要因による契約の失効の場合の被害者をどうするかというふうに説明されたと思うのでございます。これにつきましては、すでに御説明に相なったと思うのですが、事実上起こらない。たとえば、故意による事故招致は理事者の決議のワクをはめて狭くする。それから、告知義務違反は、普通は全然起こらぬ。なぜならば、原子炉設置許可申請書の写しを保険プールの方にも見せていただく、それによって起こらぬ。あるいは通知義務についても、通知をしていただく義務を制限していただく、原子炉の使用方法の変更、原子炉の設計及び構造の変更または改造、それから原子炉のモニタリング・システムの変更、そういうふうに三つ四つ制限することによって通知義務違反を生ぜしめない、そういうふうに、事実上の作業をやることになっておる。
 こいねがわくは、この法案というものを、そのままあるいは十分に御審議の上、たとえ安産であろうと難産であろうと、国際条約にのっとったものであるという私どもの考えをおいれ下さって御審議、御通過願いたい、こう思うわけでございます。

○山口委員長 以上で、伏見さん、真崎さんからの御意見の発表は一応終わりましたが、質疑があれば、これを許します。――岡良一君。

○岡委員 伏見参考人に対しまして、先生は、原子力委員会の安全基準専門部会の部会長をしておられますので、そのお立場から若干お尋ねをいたしたいと思います。
 実は、この委員会で、この法律案が提出をされましてからもしばしば強調されたことは、万一にしても事故が起こらない方がいい、また、起こっても、その事故による災害ができるだけ小規模でなければならない、してみれば、まず原子炉を設置する場合に、こういう立地条件に合致したという安全基準というものをすみやかに原子力委員会は作るべきだ、そうして、たとえ万一の事故があっても、その被害を最小限度にしようという心組みがなければならぬ、であるから、この法律案の大前提は、やはり原子炉が万一事故を起こしても、その被害が最小限度であるべき安全基準というものをわれわれに示してかかるということが、この法の目的にも適するゆえんではないか、こういうことがしばしば強調されておったわけでございます。たまたま、先生は安全基準部会の部会長をしておられますので、この点、率直にお尋ねをいたしたいと存じます。問題は、今申しましたような趣旨から、一体いつ安全基準に関する立地条件というものが設定されるのかということでございますが、どういうことになっておるのでございましょうか。

○伏見康治君 お答えいたします。
 基準部会長を命ぜられましてから、率直に申し上げますと、私のやりましたことは、むしろいかにして基準を作らないかという努力をしてきたような感じがするわけでございます。それはどういうことであるかと申しますと、普通基準というものを考えます場合には、非常に末端的なことをお考えになる方が多いわけでございます。たとえば、その辺にプロパン・ガスならプロパン・ガスを何十気圧かに詰めてボンベを方々に運んでおるわけでありますが、ああいうものが破裂しないための検査基準といったようなものが当然あるわけであります。そういうときに、ボンベの材料について、あるいはその肉厚について、あるいはそれに傷があるかないかの検査方法について、そういったものについての基準が当然あって、それによって公衆の安全が守られているんだろうと、私は詳しくは存じませんけれども、思うわけであります。そういう意味合いの基準というものを原子炉に対しても作ってしまおうというお考えが相当びまんしているように見受けられたわけであります。ところが、原子炉というものは、ボンベのように、同じ形のものを大量に作るということがまずないわけでございます。ほとんど同一形式の原子炉を大量生産するということがまずないわけであります。いわば、原子炉一つ一つが、いつも違った原子炉を作っているということに大体該当するわけでございます。従って、たとえば原子炉のコンテナーならコンテナーを必ずつけろとか、そのコンテナーの厚さを幾ばくにすべきであるかといった、そういう数字を出すということは、ほとんど話が通らないような事柄でございます。そういう意味合いでの基準、尺度といったようなものを、もしお求めであるといたしますと、それは、少なくとも、ここ当分の間は、現実にできる原子炉に対してはほとんど役に立たないものになるのではなかろうかと思っております。そのあらゆる原子炉の型について、また、あらゆる原子炉の出力について、そういうようなものを作るということができれば、もちろん、それはよろしいことでございましょうけれども、おそらく、そういうことは、あらゆるということが何を意味するかにもよりますけれども、ほとんどできない相談だろうと思うのです。一つは、つまり、原子炉にいたしましても、研究が進展するに従いまして、どんどん新しい型のものが考案されてくるわけでございます。この数年来、原子炉というものが、新しい型を作るということに対しましては、あまりはなばなしくなくなりまして、大体落ちついてきたという感じもいたしますけれども、少なくとも、基準部会が作られましたころにおきましては、まだ新しい型の原子炉というものが実際できる可能性がございましたし、現に、たとえば立教大学がお作りになろうとしているような原子炉は、全く新しい型の原子炉として、私たちが勉強し始めた後に登場してきたものであるわけであります。そういうものに対しましても、あらかじめ安全性の基準を微に入り細をうがったものを作っておくということは、現実の問題として役に立たない道具を作っているということになりますし、また、そういう尺度を無理に作りますと、その尺度に合わないものに無理に合わせるという傾向が出てくるということも考えられましたので、むしろ、あわてて基準といったものを作らない方がいいと考えていたわけであります。しかしながら、基準のまた底にあるべき基準といったようなもの、つまり、ほんとうの根幹になる基準といったものは、これは早く確立しなければならないと考えておったわけでありまして、基準部会の一番大きな仕事は、いわゆる最大の許容線量という概念を確立することであったと思うのであります。この基準の根幹になる基準さえ定まっておれば、それを一々の場合に適用していく、そういう方途というものは、相手の原子炉に応じていろいろさまざまに変わり得るわけでありますが、その最も根幹になる尺度さえしっかりしておれば、それをいつでもよりどころにして、相手によりましていろいろな尺度のあてがい方をしていく方針で話がきめられるはずであります。つまり、安全審査ということをやるやり方、機構といったようなものと、その一番根本になる数字、最大許容量といったような数字、その二つを確立しておけば、相手がどんなものが出て参りましても、それを正しくこなしていくことができる、そういうのが私たちの考え方でございました。これは、実際私たちがそういう態度をとったということが、日本だけが孤立してそうなったというわけではなかろうと思いますので、現に、立地条件に関する何か基準といったようなものを作れということは、何も日本ばかりではございませんでして、どこの国でも絶えず要求されておったものと見えます。アメリカの原子力委員会が最近になって提示いたしました立地条件といったようなものもございますが、それも二年前に一ぺん出しましたものを、いろいろな世間の批判を浴びた上でもって一ぺん引っ込めまして、再び二年の間の勉強の上で、あらためて出したようなものでございますが、それにいたしましても、その本文というものをごらんになりますと、要するに、原子炉の立地条件をきめる際の、いわば、こういう点を考えなければならないのだという問題点と申しますか、問題点のようなものが列挙してある。そういういろいろの問題点についてそれぞれ審査すべきであるという、いわば条目が並んでいるだけでございまして、たとえばエクスクルージョン・エアリアという概念はありましても、そのエクスクルージョン・エアリアの半径というものを一元的にきめるということはしていないわけであります。アメリカのAECの出しましたいろいろな数字が出てはおりますが、その数字は付録として出ているだけでございます。しかも、一つの例示として出してあるだけでございまして、あの数字をいつもしゃくし定木に当てがわなければならない、そういう数字であるというふうには私たちは了解していないわけであります。ある特別な仮定、たとえば、放射能の中の希ガスの部分が全部放出されるといったような仮定を置いた上では、たとえば、こんなような数字が出てくるという例示としての計算例はあるわけでございますが、そういう例示的な計算をすべての原子炉にいきなりそのまま当てはめるということではなくして、それぞれの原子炉に応じて、その原子炉の特色を考えに入れて、それに似たような計算をして、エクスクルージョン・エアリアをきめていこうということが示されているだけでございます。エクスクルージョン・エアリアそのものは否定されていないと思うのでございます。もし、立地条件の基準といったようなものを、そういうやや抽象的な、つまり、ある意味では安全性を守るための方針といったようなものだけで御満足いただけますといたしますと、私たちの方の勉強もそれほど進歩していないわけではございませんので、割合に近いうちに、そういう意味での、やや抽象的な形での立地基準といったようなものを、どういうところに原子炉を置くのが好ましいといったような意味でのものでございますならば、作り上げることが実際できるだろうと考えておるわけであります。

○岡委員 原子炉の設計とか、あるいは燃料の規格とかいうようなものは、やはり現在の原子力の開発段階では、より安全な原子炉へという方向に当然進んでいるであろうし、また、いかなければなるまいと思いますが、後段に言われた人口の問題、真崎さんは、先ほど、たとえばアルゴン四一が出ても、気象条件で逆転層が存在したような場合には、これは保険からはずれるのですね。

○真崎勝君 はい。正常運転の場合、補償契約法案で持っていただけるようにできております。

○岡委員 そういうように、気象条件というようなものが、やはり補償契約で補わなければならないというようなことになっておるわけですね。
 それから、人口問題は、これは東海村の現場を御存じの方は一様に心配しておるのでございますが、行くたびに人がふえておる。周辺に家が立て込んできているわけです。しかも、東海村の立地条件、少なくとも、コールダーホールに関していえば、ファーマー報告の四つの条件のうち、一つを満たしておるというような状態にあるわけであります。そういうようなことから考えますと、私は、この安全基準部会が、技術的な安全性ということについては今後の研究と開発に待つといたしまして、国は、気象問題とか、人口問題というようなものについては、当然明確な結論を出されなければならない。特に広島や長崎の経験で、国民感情として一種の不安を持っておる。これがやはり原子力の平和利用の発展に大きな阻害になっておると私は思う。それは伏見さん自身が御存じのように、ああいう関西原子炉という小型の教育用の原子炉を、予算を計上されながら五年、六年待っていなければならぬ、地元がやはり原子炉の危険ということから反対しておる、こういう苦い経験からかんがみても、特に原子炉の立地的な条件、水の関係とか気象関係、あるいは特に人口密度、これは当然ストリクトな、シビアな基準を出すのが基準専門部会の義務じゃないか、ひいては原子力委員会の責任じゃないか。これはいつ出してもいいのだというようなことでは、原子力委員会としても専門部会としても、全く国民に対して無責任じゃないかと私は思う。この法律案に関しても、これは先ほども申しましたように、事故が起こったときに、人に対し、物に対する損害の補償について保険あるいは補償契約、さらには、また、大きな場合は国がやろうとしておる。ならば、やはり事故が起こっても、人や物に対する実際の被害というものが最小限になり得るような立地条件を出すということは、常識上当然やるべきことだと私は思うのです。今、先生のお話を承った範囲では、私は、非常に失望し、遺憾に思っておるのですが、基準専門部会というのはどういう方針でおられるのですか、重ねてお伺いしたい。

○伏見康治君 早く、できるだけ適切に適用できるような基準を発見するということが、私たちに課されている課題であるということは、今、岡さんのおっしゃった通りであろうと思います。それが、いまだに私たちが模索しておりながら、適切な、そういう基準というものにめぐり会っていないということは申しわけないことだと思っております。しかしながら、非常にリジッドな、簡単な基準というものを作りましたために、それがあとの日本における原子力開発の進展に非常に支障を来たすということは、また、十分心配しておかなければならない点であろうと思うのであります。その一つの例を申し上げますと、たとえば、放射性物質の取り締まりに関する規制のようたものが、日本では比較的早く作られたわけでございます。それが後にICRPの方の基準が変わったこともございますが、それを新たに盛り込むために、また、その方の規則をも適宜改変していかなければならなくなったような事情があるわけでございます。いわゆる許容量というものを引き下げると同時に、線量率という概念で今まで物事を考えて参りましたのを、積分された線量というもので物事を考えていくという、そういう立場の変更をもたらしたわけでございます。そういうふうにいたしませんと、つまり、昔の線量率という考え方でもって一切を押えてしまいますと、あまりにシビアに、厳重になり過ぎまして、現実の原子力の技術的な発展といったようなものを非常に阻害する。許される線量率というものをできるだけ引き下げたいという希望と同時に、そういう阻害をしないために、そういう最大許容量というものの概念そのものが、ある意味では変わってきて、いるわけであります。それと同じようなことが、もし立地条件の方でもしばしば起こるということになりますと、そういう基準そのものの信用性と申しますか、そういうものが、いわばないということを示すようなことになりかねないわけでございまして、そういう意味で、私たちは、非常に簡単に、安易に基準を引くということには強くちゅうちょせざるを得ないおけであります。しかし、何も引かなくてもいいとも、私たちは全然考えていないわけでございます。ぜひしっかりした基準を引きたいと思うわけでございますが、その最も根幹になる最大許容量という概念におきましても、なかなか皆さんの御意見の一致しない点があります。お手元に渡っていると思うのでございますが、基準部会で出しました幾つかの報告の中に、たとえば、事故時におけるいろいろなことを考える基準線量という言葉がございますが、その基準線量という言葉だけは作ってあるのですけれども、それの具体的な数字といったようなものにつきましては、まだ完全にはオーソライズされていないわけでございます。いろいろ詳しい計算で、かりに作りました基準線量というものをもとにして、いろいろな数字が小委員会の方々の非常な御努力によって作ってはあるのでございますけれども、その一番根幹になります基準線量そのものが、まだ放射線審議会の方で十分オーソライズされていないわけでございます。私たちとしても、一日も早くその適切な基準といったようなものをぜひ作り上げたいと思うのでございますが、一番根幹になりますところが物理、化学の世界でございませんでして、生物の方の、非常に、何といいますか、いろいろな物事がはっきりしない領域に属することでありますために、その根本が相当ふらつく、そのために、あとから出て参りますいろいろな結論が、全部それに応じていろいろとふらつくといったような、そういう点がございまして、非常にやりにくいという点を御了承願いたいと思うのでございます。
 実際問題といたしまして、安全審査専門部会の方々が、とにかく、現在最善と考えられる考え方をもって、一つ一つの原子炉についてはその安全性を十分に吟味されているわけでございます。その実際の原子炉を取り扱ってごらんになりますというと、机の上で抽象的に安全性を考えておられたときには考えつかないような、新しい要素がいろいろ実は出てくるわけでございます。たとえば、原子炉の上に飛行機が落っこってくるといったようなことは、私たちは、机の前にすわって考えているときには思いつかなかったことでございますけれども、安全審査をやっておられる方々にとりましては、そういう問題も重要な問題として実際提起されて、具体的な例題をやっておる間にそういうことが提起されて、それに対する安全性を十分に吟味されてきたと思うのでございます。そういうような事柄を考えましても、あまりにあわてて抽象的な段階で線を引いてしまうということは、いろいろ疎漏なものを含んでいるおそれがある、そういう点から、あくまでも慎重な基準の線を引きたいと考えているわけでございます。しかし、先ほども申し上げました通りに、大体基準部会としての勉強の時代というものはすでに終わりまして、先ほども引用いたしましたアメリカの出しております立地基準と同じ性格のものでございますならば、私たちの手によってもそういうものがごく近い将来にできるものだろうと考えておるわけでございます。
 もう一つ、基準というものをあわてて作りますことの弊害というものは、最大許容量それ自身について、実はしばしばいわれていたわけでございまして、最大許容量というような概念は、もともと放射線を使うということの利益と、それから受ける損害とのバランスの問題としてきめられるものだというふうに普通考えられております。従って、必ずしも客観的にここから先はいけないのだということが言い切れない要素を含んでいるわけでございます。利益の方を考えますと、最大許容量を越えた相当大量の放射線を浴びるということは、少なくとも放射線科のお医者さんはしばしばやっておられるわけでございます。そういうような点を考えますと、つまり、お医者さんの場合には、そういう最大許容量を越えて、患者にそういうものを当ててもいいといったような、そういういろいろな例外規定があとからあとから出てくるといったようなことにもなりかねないと思うのでありますが、とにかく、基準というものの受け取り方が――私たちが出しました基準というものは、それよりも以下にしたいといったようなつもりで出しました基準というものが、そこまではいいのだというようなふうに、逆に利用される基準になるということがしばしばあるのでございます。従って、とにかく、あわてて基準を作ることのいろいろな弊害ということを考えますと、少なくとも末端的な意味での基準、たとえば、エクスクルージョン・エアリア、たとえば、ファーマー論文に規定されておりますような、そういう趣旨で規定されておりますような基準といったようなものは、そう簡単に作らない方がよろしい、そういう数字をどういうふうにして編み出すかということの公式的なものと申しますか、そういう基準はできるだけ早く作るべきであるし、それはやがてできると確信しておるのでありますが、人の住んではならない地域の半径といったようなものの数字を、たとえば原子炉の出力の函数として一次的に規定してしまうというようなことは、少なくとも、ここしばらくの間はやらない方がよかろうというふうに考えておるわけでございます。

○岡委員 アメリカでこの二月の十日に出した立地基準にいたしましても、民間原子力産業の原子炉設置等に対してチェックになるのではないかということから、その側の反対が予想されるのだということが最近伝えられております。しかし、今のところ、これは七月になればはっきりきまってくる。今、先生のお話を聞きますと、私は、原子炉安全基準部会は、ちょうどアメリカの原子力産業界の代弁をしておられるような気が正直のところするのです。それにもかかわらず、アメリカでは、ああして基準を出しまして、私はちょうどきょうは資料を持って参りませんでしたけれども、しかし、やはり熱出力を函数として排除区域を設ける、制限区域を設けるというプリンシプルは、私は、おそらく異議なく通ると思うのです。ところが、日本では、それも要らない、しかも、一方、東海村には、ここ四年の間に、あるいは五つ以上も原子炉が密集する、こういう状態を一体放置していいのか。私は、政策問題というよりも、一つの人道的な問題として非常に重要な問題だと思うのです。ICRPの勧告も、これは私から申し上げるまでもなく、そのつど、最大許容量というものがだんだん引き下げられてきた。最近の勧告では、最大許容量というものはないのだという考え方で、放射能は浴びなければ浴びないほどいいのだという考え方で、最大許容量というものの概念を新しく把握すべきだ、そして、国民線量という新しい概念を作り出してきた。これは、原子力局にこの前お聞きしたときに、学術会議が、たしか去年か一昨年、最近のICRPの勧告をそのまま採用したというふうなことをせんだって言っておられたようだが、あれはまだしていないのですか。

○杠政府委員 いたしております。取り上げております。それで改正いたしました。

○岡委員 そこで、伏見先生は、たびたび変えれば信用が云々と申されますけれども、その変更の方法は、ICRPの勧告は、あるときには低くし、あるときには高めておるのじゃないんです。少なくとも、過去三回は、絶えず十分の一、三分の一に低めているわけですね。いわば放射能の作用の危険性というものに対して、ICRPはやはり学術的な立場から一般に警告しているわけです。事実低い数字、低い数字と出しているわけです。政府もそれを採用しているわけです。そのことは、結局、この損害賠償法と関係している原子炉施設の周辺における人口を現在のように膨張するがままにまかせていいかどうか。政府の方では、ICRPの勧告をとって低く、低くしておる、人間はふえておる、こういう矛盾をこのままに放置しておくということは、私は、専門部会というよりも、原子力委員会として重大な問題だと思うのです。これは何も与党、野党の問題じゃなく、特に先ほど申しましたように、やはり原子炉というものに対する潜在的な恐怖というものがある限り、事故が起こっても最小限の被害にとどめられるようにすべきで、災害を受ける直接の当事者は、まず人であるということです。ICRPの勧告を見ましても、直接それによって利益を受けるもの、それに出入したりする特殊なグループ、一般公衆と分けておりますが、私は、その原則、ICRPの最大許容量というものをとっておるならば、当然その概念というものはとるべきだと思う。アメリカが現にこの間発表したものはとっておるわけですね。制限区域、排除区域というふうにとっておるわけですが、こういうことは、法律案の前提としてわれわれに示すのが、私は原子力委員会の仕事だと思うのです。今お聞きすると、原子力委員会は、むしろアメリカの原子力産業界のような立場で問題を取り上げられておるようで、私は非常に遺憾だと思うのです。現に、この法律案についても、主査である有沢広已さんがこの委員会の席上ではっきり言っておられる。この法律案は公衆の災害というものを保護するのだ、これがこの法律案の主眼だ、だから、第一条には、「原子力事業の健全な発達」と書いてあるが、それは副次的なものだ。被災者の保護にこの法律案の重点があるということであれば、なおさらのことです。三年前に発足した安全基準部会が、この法律案の前提となる安全基準について、まだそういうお考えであるということでは、私どもとしては納得いたしかねるのです。これは米国の方の数字でも、私ははっきり出しておると思うのです。熱出力の排除区域はどこまでということについては、AECが二月十日に出したあのもの以外に、また別の数字を出しておる。だから、別に原子力委員会が数字を持っておる。数字を持たないで原則を出すはずがないと私は思います。特に、万一事故が起こった場合にどの程度の放射能が放散されるかということについて、はっきり数字を出しておる。僕は、決して数字がないというわけではないと思うのです。そういう点を考えますときに、それでは米国の出したこの安全基準の立地条件が米国で採用になった場合に、日本の安全基準部会は一体これをどう取り扱うのか。ここ一カ月、二カ月のことだと思いますが、一つこの機会に承っておきたい。アメリカはアメリカだ、日本は日本だというふうなことでいかれるのか、この点をはっきりお伺いしておきたいと思います。

○伏見康治君 岡さんのおっしゃることの御精神はよくわかっております。私たちが、なお怠慢のそしりを免れない程度に、とにかく結果を出していないということは事実でございます。大いに今後も御鞭撻を受けまして、できるだけ御満足のできるような基準を早期に作りたいと思うわけです。ただ、お言葉の中で二、三申し上げてみたい点があるのでありますが、一つは、二月にアメリカの出しました数字というのは、はっきり書いてございますように、一つの例として出したものでございまして、あくまでも一つの計算であります。ですから、特に付録として出されておって、本論の中に入っていないわけであります。もちろん、計算例と申しましても、それが現実に当てはまるということを十分予想して作られた計算例でございまして、それが全く架空のものであるということを申し上げておるつもりではさらさらないのでございますけれども、簡単化するための二、三の仮定のもとに計算されたものである。その仮定が一々の原子炉の場合に当てはまるかどうかといったようなことは、また、それぞれの原子炉における具体例について考えるべきであるというのが、この二月の基準の根本の精神であろうと考えております。
 それから、ICRPの線量率というものは、なるほど下がったわけでございますが、今まで一瞬間の線量が三百ミリレントゲンといわれておりましたものが三分の一になりまして、百ミリレントゲンというふうに下がったということは事実なのでございます。しかし、それは、線量率という観点からだけ申しますれば、確かにそういうふうに切り下げられているわけでございますが、線量率で物事を判断するのではなくして、それを積分した値で物事を考える、従って、ある瞬間をとって考えますと、その瞬間では、線量率は百ミリレントゲンをはるかに越えているようなものであっても差しつかえないという考え方が別の面で出ているわけでございます。つまり全く法律的に取り締まるという観点から申しますと、各瞬間ごとに出ている線量率というものは、取り締まりの対象としては一番やさしいわけでございます。それで押えてしまうということは、実際に行政上の手段としては簡単で、守りやすいことであるという点は疑い得ないことであると思いますけれども、そういう線を引っ込めて、積分された線量で物事を考えていくというふうにICRPが変ってきたということは、つまり、そういう線の引き方ではあまりに過重な条件になり過ぎまして、原子力事業の健全な発展を阻害する面があるということであろうと思うのであります。私は、岡さんのおっしゃいますように、アメリカの原子力事業者の立場に立って物事を申し上げているわけではさらさらないつもりなのでございます。要するに、日本の原子力ができるだけ健全な姿で成長するということを希望しておりますので、あくまでも、原子力から出て参ります災害を国民に与えないようにするという方向でもって物事を考えておるということは、強く申し上げておきたいと思うのでございます。ただ、その国民を守るという守り方があまりに粗雑に考えられて、それを行なおうといたしますと、原子力そのものを日本ではあまりやらない方がいいという、非常に否定的な結論になるおそれがあるということを心配しておるだけでございます。

○岡委員 問題は、やはり安全基準部会には、生物学者なり、理学者、科学者、それぞれの専門の権威の方が集まっておられるわけなんです。だから、私は、学問的な良心の上に立っての結論を早く出して、それを具体的にどう取り扱うかということについては、原子力委員会が最終的に決定を下す。ただ、安全基準部会も、結論を、いわば政治的な顧慮から――はるばるこられた先生には非常にぶしつけなことを申し上げるようですが、私は、今の中間報告を見まして、一種の数字的、統計的な興味のまにまに日を暮らすようなことがあってはならないと思うのです。そういう点で、人口密度などは、特にアメリカよりも日本の場合は、先生も現地をごらんになって比較されておわかりだと思うのですが、これは大へんな違いでございます。特に、東海村のごときは密集しようとしているのですから、ぜひ早く出していただきたいと思います。
 それから、先ほどマキシマム・クレディブル・アクシデントの問題が、先生からも、真崎さんからもお話が出ました。原子力局が、昨年産業会議を通じて「大型原子炉の事故の理論的可能性及び公衆損害額に関する試算」といったものを作られております。あれは提出されましたか。そしてまた、技術会議としてはどういうふうにお取り扱いになったのですか。この点をこの機会にちょっと承っておきたい。

○杠政府委員 私の方からお答え申し上げます。
 あの報告書は、局が原子力産業会議に委託いたしまして作成したものでございまして、原子力委員会の専門部会でありますところの安全基準部会には提出してありません。

○岡委員 やはり安全基準というようなもの、あるいは災害の補償というようなものを検討される専門部会には、私は、局は当然資料として出さるべきだと思う。
 それでは、伏見先生にお尋ねいたしますが、安全基準部会では、WASH報告は一応討議の対象にされましたでしょうか。

○伏見康治君 ブルックヘブンでの事故解析の報告のことをおっしゃっているわけですか。それは、研究資料としてはもちろん取り扱っておりますけれども……。

○岡委員 WASH報告の方は、ずっと十の八乗でいっているはずですよ。あなたの方で作ったのは、十の五乗から十の七乗だから、ずっと低いんだ。なぜそういうものを出さないんだね。そういうくさいものにふたをするようなことをするから、原子力委員会の安全基準というものに対してわれわれは疑惑を持たざるを得ない。なぜ出さないのだ。

○杠政府委員 原子力局は、原子力産業会議から委託調査の報告を受けておりましたけれども、基準部会並びに安全審査部会に提出して、十分な御参考になるというような判断、確信をいたすまでには、まだ局内の検討も進んでおりませんので、出していないというのが現状でございます。

○岡委員 しかし、これが安全な、妥当なものであるかどうかをだれが判断するのだね。しかも、君は会計課長としてあの金を出して、判こを押しているじゃないか。さて作り上げてみたところが、これは出せない、妥当なものでないなんて……。そうかと思うと、この前、局長は、WASH報告は参考にしたと言っている。WASH報告は十の八乗で、まだ低いものを出さないのだからね。そういうあいまいなことではいかぬと思うので、これはまた、いずれ長官なり、委員長でもこられたときにはっきりだめ押ししておきたいと思う。
 それから、伏見先生、話は余談になりますが、この法律でやりますと、私立大学と国立大学の場合では、差別待遇のようなことになりはしないかという点が心配になるのですが、こういう点、先生は、大学の立場からどう思われましょうか。

○伏見康治君 おっしゃる通りに、差別待遇的な面が出て参ると思うのであります。実際、私立大学の方で原子炉をお作りになりかかっておられる方々をよく存じ上げておりますが、そういう方々は、幾ら保険料を納めなければならないかということを非常に心配しておられるわけであります。そういうものは、国立の大学と全く同じように、特別な、例外的な措置と申しますか、そういうようなものができれば、それに越したことはないと思うのでございますが、そういう国立と私立との区別をなくすのが一般的な意味においていいのか悪いのかということになりますと、私は判断をつけかねますが、その面だけで考えますと、仰せのごとく非常にへんぱな取り扱いになるだろうと思います。

○岡委員 これは事実かどうかわかりませんが、立教大学の武山に貫こうというトリガ2型なんか、向こうのIAでは、十八億くらい保険に入ってくれと言ったとか言わないとかということが伝えられている状況であります。これは伏見先生も非常に差別的だということをおっしゃっておられますが、原子力委員長である科学技術庁長官も、私立大学における理工学部の振興ということには最近非常に奮闘しておられるので、この点は、やはり問題点を提供しておきたいと思います。
 それから、なお、先生御承知の通りだと思うのでございますが、要するに、この原子炉の運転を停止したとき、その原子炉の、いわば放射能の毒性が去ったものではない。運転を停止しても、特に長年運転しておれば、なおさらこの毒性的作用を持つ放射能の蓄積があり得るわけです。ですから、法律で単に「原子炉の運転等をやめたとき。」ということだけでは、この法律案の何条でしたか、「供託物の取りもどし」のところ書いてありますが、学問的にも、常識的にも私は妥当ではないと思うのです。これは、法律を改正するなり、修正するなりして、原子炉の運転をやめても、なお放射能の蓄積があり、それが他に危険を及ぼすような危険が去ったとき、と明確に規定すべきだと思います。この点、先生もそういうような御趣旨を述べられたのですが、重ねてお聞きしておきたいと思うのであります。

○伏見康治君 ちょっと私からお答えしない方がいいと思うのですが、私の申し上げましたのは、表現的に申しますと、何か、今、岡さんの指摘されたようなふうに受け取れますから、ちょっと心配になって申し上げるのですが、局では、あの表現で十分そういう場合もカバーしておるというふうに思っておられるようでございます。

○杠政府委員 お答え申し上げます。
 補償法の第五条にありまするところの「運転等をやめたとき」、その「原子炉の運転等」というのは、親法であります賠償法の第二条に「この法律において「原子炉の運転等」とは、次の各号に掲げるもの及びこれらに附随してする核燃料物質の運搬、貯蔵又は廃棄をいう。」というようになっておりまして、廃棄ということが出ております。従いまして、放射能の危険がなくなるということを前提としておるというふうに御了解願えればと思っております。

○岡委員 それはどうも少し苦しい言い方じゃないだろうかね。廃棄というのは何ですか。それじゃ、運転をやめた、いわば老朽化して使用に耐えなくなった原子炉を閉鎖する、そこで、そこには使用済み燃料というものが残っておる、廃棄というのは、それを取り出して、何か処置することであって、原子炉に残っておる状態はどうするのですか。運転がとまっても残っておる状態は……。

○井上説明員 ただいまの御質問に対しまして、第二条では、ただいま局長からお答えいたした通りでございますが、さらに、もう一条見ていただきたいと思います。第二条の四項の中に「この法律において「原子炉」とは、原子力基本法第三条第四号に規定する原子炉をいい、「核燃料物質」とは、同法同条第二号に規定する核燃料物質(規制法第二条第七項に規定する使用済燃料を含む。)」ということにいたしておりまして、従いまして、使用済み燃料も含めまして、この二条の廃棄の規定を読んでおるわけであります。従いまして、原子炉が運転をやめまして、実際に使用しないというような状態で使用済み燃料の中に残るわけでございます。そういうものが全部廃棄されるまでの状態ということでいいわけであります。

○岡委員 それでは、真崎さんに一つ関連してお尋ねしますが、補償契約の第三条の第四号に「前三号に掲げるもの以外の原子力損害であって政令で定めるもの」とある。これは保険約款の内容として一体何と何ですか。先ほど若干お聞きしました、報告を怠ったとか、気象の逆転層であるとか、あるいは海への廃棄物による損害とか、それくらいでは済まないと思うが、どれくらいあるのだね、一つあげてみて下さい。

○井上説明員 この政令につきましては、ただいま明確にどれというところまで至っておりませんが、現在予定しておりますものは――これはなぜまだ予定だと申し上げるかといいますと、先ほど真崎参考人から御説明がありましたように、民間保険が再保険の関係で、さらに再保険市場である英国等と今後の打ち合わせがあるというような問題がありまして、予定ということを言っておるわけであります。先ほど真崎参考人からお話のありましたように、たとえば、燃料の輸送保険の問題につきましては、これはただいま英国と打ち合わせ中でございます。ほぼ了解を得られそうだということになっております。もし、この燃料の輸送問題が民間保険でカバーされるということになれば、この政令で指定いたしません。しかし、もし、万一再保険市場との関係で、民間保険ではカバーできないということになれば、この政令で規定をして、穴のないようにいたしたいというような考え方でございます。
 それから、さらに、先ほど真崎参考人から、保険会社としてどうしても見れないものとして、たとえば、通知義務違反というような義務違反の問題をおっしゃったわけでございますが、それらも、本来政府の補償契約の対象にするのは法律的に見ますとややおかしいわけでございますけれども、特に第三者保護というような観点からいたしまして、そういう民間の原子力事業者の通知義務違反というような義務違反においても、なお政令でうたいまして、第三条の方に遺憾なきを期していきたいというようなことを、この政令の内容として考えております。

○岡委員 だから、それだけ入れても、結局告知義務の違反をする、それから輸送関係をどうするか、あるいは逆転層の場合、あるいは海中に廃棄した場合、おそらく保険料を納めなかった場合も入ると思う。なかなかそれくらいでは済まないと思うのだが、どういうケースをあなた方は考えておられますか。僕は、これはやはりこの法案を審議する場合、どういうケースがあるのか、これに対してどういう見通しがあるのか、これは、いわばこの犠牲になった者の損害の賠償をしようというのだから、そのケース・バイ・ケースで、保険で救えないものはこの補償で救わなければならぬのだから、はっきりこれは出してもらわなければ困る。

○井上説明員 民間保険の約款につきましては、現行約款では不十分でございまして、この補償契約法が成立いたしました暁には、この補償契約法に合わせまして、民間の現行保険約款を改正していただくという話し合いになっております。従いまして、その話し合いは、大蔵省と私どもと保険プールと、この三者の間で話し合いをいたしまして――私どものところにあります。御承知の災害補償専門部会もその改正の方向について一応タッチいたしておるわけでございますが、その内容といたしまして、どうしても保険の穴になりますのが、ここに書いてあります。契約法の第三条一号の「地震又は噴火によって生じた原子力損害、」二号の正常運転の場合、これは、先ほど真崎参考人が逆転層の問題として説明されたものでございます。それから、第三が、後発性障害の問題でございます。この後発性障害は、先ほど真崎さんは、廃棄物の問題をおっしゃいましたが、廃棄物の問題は、これはどういうのですか。

○真崎勝君 お答え申し上げます。
 正常運転による加害責任は、私が先ほど触れました例は二つございました。それは、アルゴン四一が正常運転に伴って煙突から排出された場合の、ある場合における被害、それから、もう一つは、廃棄物を十分処理したあとで、薄めたあとで海に廃棄する問題と、両方とも正常運転の定義の中に入るだろうと、こう申し上げました。

○井上説明員 先ほどの説明に、さらに追加さしていただきたいと思いますが、その第三点は、後発性障害、ここまでは、明らかに民間保険のいわゆる穴になっております。これにつきましては、明文でこの点を明らかにいたしたわけでございます。
 なお、先ほど御説明申し上げましたように、現行保険約款は、いずれこの法案が通りますと、この法案の趣旨に合わせまして改正していただくわけでございますが、その改正の内容とあわせて政令の制定をいたしまして、穴のないようにいたしたい。そのおもな点は、先ほど説明いたしましたように、運送保険、あるいは先ほど話がありましたように、そういった客観的な要因でない主観的な要因、たとえば、通知、告知義務違反というようなものが代表的なものでございますが、そうした義務違反、あるいは、要すれば、規制法違反というようなものに基づいて事業者が事故を起こすというようなものも、本来、通常の概念では補償契約の対象になりませんが、あえて第三者災害補償、第三者の保護というような観点から、この政令でうたいたいというように考えております。

○岡委員 地震の問題なんですが、コールダーホール改良型にしても、関東大震災の三倍まで耐え得るというような安全装置をもって建設しておられるわけですね。これは、国際保険プールでは、日本は地震国だということでいろいろ問題があるとしましても、せめて七億五千万円ですか、それくらいに地震については細心に注意をしておるのだから、やはりこれは保険でみてやるというわけにいかないものなのでしょうか。

○真崎勝君 これは、地震を非常に大きな地震と、小さな地震と分ける方式を立法者がとられるならば、そういうことも可能でございます。しからば、現在御審議中の法案の第三条第一項で地震の区分けをされるであろうかと申しますと、私個人といたしましては、関東震災の何倍、あるいは別に、物理学的な定義で示されることもあり得ましょうが、そういうことがあれば、必ずしもできないことはないのです。しかし、関東震災の三倍とか、あるいは二倍とかいう定義自体が、実はあの場合、地震計がこわれたと私どもは拝承しておりますし、客観的には不可能じゃないか、そういう気持もいたします。一応それで御答弁申し上げますけれども、これは非常に重要な問題でございます。

○岡委員 第三条ただし書きでは「異常に巨大な」ということになっておりますが、ただ、関東大震災のときには地震計がこわれておったかどうかは別として、やはり原子炉を設置して可なりという安全性については、安全審査部会が太鼓判を押し、また、原子力委員会が、地震については大丈夫だと総理大臣に報告をして、総理大臣が設置の許可をしておるという、きわめて権威ある機関を通じて、地震に対する安全性というものが一応定まっておるわけです。だから、そういう点から、地震を、国内の保険会社もプールも、外国と同じように取り上げられるというのは少し過酷じゃないかという感じがいたしましたが、今の御趣旨のようであれば、私どももまた考えなければならないと思います。
 それから、この保険料率はどういう基準でおきめになるつもりでございますか。

○真崎勝君 先ほどの陳述におきましても触れましたように、まず、基本的には五十億円、あるいは小さな原子炉については五億円、一億円というような共済保険金額もございます。いずれにしても、まず第一に填補すべきは保険の金額である、こう思っております。従って、保険の金額が支払わるべき頻度も非常に高い、従って、補償料と責任保険料との間に料率の違いがあることだけを先ほど御了解願ったわけであります。
 さて、責任保険料の決定は、これまた先ほどの陳述で触れましたように、原子炉事故の頻度と、それから、万々一発生いたしました原子炉事故の加害責任、あるいは事故の被害の復旧の範囲、こういう問題をかみ合わせますと、統計がない上に――統計がないということは、論理的に言うと、帰納的には保険料率がなかなか出にくい、従って、演繹法的に出さざるを得ないのではないか、こういう意見でございまして、結局、これは主として原子炉の許可申請書類を中心として、たとえば、危険調査報告書あるいは原子炉の明細をよく研究して個別的に保険料を出し、かつ、これは国際火災保険というものが成立するわけでございますから、世界じゅうの原子炉のいい悪いを危険の面から判定しまして、よい悪いをポイント・システムで、一番よいものに、たとえば十点を与え、一番悪いものに百点を与える、そういうようないき方は、もちろん論理的には可能でございます。そうして、結局最終的には、厚生省の所管でありまする健康保険において点数単価制、点数をつけた上で一点が幾ら、こういう問題になるわけであります。ここにややともすれば政治的な判断が入ると思うのでございますが、その点を今ここではっきり申し上げますことは差し控えさしていただきます。個別的に料率を出す、ただし、ただいま申し上げたように、国際的なポイント制を採用する、そこまで一つ申し上げておきます。

○岡委員 アメリカの最近の保険料算定の方式が発表されたようですが、これはどういうことになっておりますか。

○真崎勝君 岡委員にお伺い申し上げますが、アメリカの料率算定基準は、むしろ私の了解しておりますところでは、まず第一に、原子炉の熱出力に比例しましたサイト選定、原子炉敷地の基準、次に、必要とさるべき責任保険の保険金額の基準、これは六千万ドル以内でいろいろきまります。最後に、おそらく、熱出力というものは保険料率、ことに責任保険料率には非常に関係を持って参ると思いますが、これは、岡議員が先ほど前参考人に対して述べられた御意見の中の、周辺の人口密度にまた関係を持つということを申し上げざるを得ないのですが、そういう意味で、米国の料率算定方式がどれであるかと疑いを持っております。

○岡委員 その二月十日という、先ほど来のAECの発表したあの基準の中でございましたか、私ちょうど資料を持って参らなかったのですが、関連しまして、これは原子力委員会のその方の専門家の意見だと承知しておるのですが、やはり熱出力と人口密度が保険料率の大きな函数として取り上げられなければいけないということが言われておったと思うのです。特に日本の場合、こうして人口密度も非常に高いことであり、原子炉運転の経験も乏しいことでもありいたしますので、こういう要素は、やはり重要な参考点として保険料率なりの決定に役立てていただかなければならぬのではないかと思う。
 それから、これもこの委員会でときどき問題にしたことですが、御存じのように、東海村には今一つ、二つ試験炉、国産炉、動力試験炉、かりにそれでも四つ、それにコールダーホール、このコールダーホールがかりに小規模な事故を起こしたとしましても、原研の敷地内の大気が汚染される、バック・グラウンドが汚染された場合、原研の機能というものが停止するというようなことにもなる。これはやはり日本のような、そういう条件の中で原子炉を設置する場合、おそらく機能を停止した原研の諸施設に対する補償というものは、五十億くらいでは済まないと思いますが、こういう点は、やはり保険プールとしてはどういうようにお考えでしょうか。

○真崎勝君 お答え申し上げます。
 これは主として、たとえば東海村に二つの敷地がありまして、甲乙といたしますと、甲の敷地の原力炉が事故を起こしまして、乙の敷地に物の汚染を与えたということをおそらく前提とされてお尋ねになったと思うのですが、その場合は物です。人の障害ではございませんで、物に限定いたしますが、物の汚染は、結局汚染の除去技術及び除去に要する期間に比例して賠償責任の金額が変わってくる。そういう意味で、また別の函数がそこにある。汚染除去技術及び汚染除去に要する期間、そうして、その場合に五十億円で保険金が足りるか足りないかという問題は、実は国家の援助もあるわけなのでございますが、その問題を別にいたしますと、その物、たとえば、動産でも不動産でもよろしゅうございますが、不動産は、それがプラントであれば当然稼働される、その結果利益が生ずることもありましょうし、利益というはっきりした会計学上の項目でなくても、長期的な稼働目的がある、それが達成されない。それは、その物の客観的なバリュエイション、価値の評価に反映されているわけです。たとえば、ある物を、ある機械を、あるいはある工場を運転して、一年間に一億円の利益が上がるというような会計計算ができました場合には、その不動産、あるいはその機械装置、あるいはプラントの現在の値段は、キャピタリゼーションと申しますか、現在の値段に換算できるわけです。ですから、取り立てて利益の喪失を払うか払わないかという計算をいたしませんで、物の現在の値段をキャピタリゼーションによって、人間でいえば、ホフマン方式というのがございますが、それと同じように換算できる。一応理論的には、御心配の点は、大きなプラントに関しては確かに五十億円では不足するかもしれない、それだけ申し上げておきます。

○岡委員 五十億というこの金額が一体どうして設定されたのかということが、この前の委員会で問題になったところが、保険会社の方では、これ以上なかなか約束してもらえないからというようなことであったようでした。それですから、先ほどちょっと、かつて考えていなかったが、問題になってきたということで、飛行機のお話が出ましたですね。事実、あそこは危険区域ということで航空局から指定されているわけです。米軍の爆撃機の爆撃演習地域になっているので、いつも問題になっているし、実は地元は非常に心配をしている。茨城県知事その他関係者がわざわざアメリカまで行って、返還問題について、直接地元の代表としまして、撤収してくれというような状態なんです。そこで、保険ということに関連をして、万一飛行機が落ちたら一体どうなるか、これは一体保険でやってくれるのかということですね。これはどういうふうにお考えになっておられますか。

○真崎勝君 お答え申し上げます。
 これは、私どもがただいままで研究いたしましたところでは、原子炉事故が一たん発生いたしましたときには、先ほども触れましたように、原子炉の所有者たる、オペレーターである原子力事業者に責任を集中する、その原則をチャネリング・オブ・ライアビリティ、こう申し上げたのでございますが、保険の立場から申しますと、これは原子炉のメーカーが、もし悪い物を納めて、そうして原子炉事故が起こっても、これは保険証券は守ると申しました。それから、原子炉の核燃料の提供者が、もし悪い核燃料を納めて原子炉事故が起こっても、原子炉の所有者の責任に集中して考えますから、保険金は支払う、こう申し上げたその解釈あるいはその方針の延長に、この航空会社の問題が一つあるわけであります。そうして、今までのところ、われわれは、これは原子炉所有者の責任にする、要するに、飛行機が落ちて、あるいは擬製爆弾が落ちたがために原子炉がこわれたことは、原子炉所有者の責任、こういう意味で保険証券が持つ、こう思っておりますけれども、これは大体立法者の解釈に従いたいと思っております。つまり、この御審議中の法律で、飛行機会社の責任を、実は法案第四条、あるいは第五条で追及され得るようになっているのですが、一応原子炉所有者の責任としておそらく賠償金が払われるように、集中という問題を、法律では非常に形式的にされておりますが、とにかく、原子炉所有者が払う、そうして、さらに、先ほど私が、われわれの責任保険証券はおまけがございますと申し上げたのは、そのおまけの部分で、少なくとも五十億円以内の保険金に関する限りは、航空会社に、保険会社がこれだけ払ったから、五十億円払ったから、お前の方からもらうという商法上の代位求償権を行使しない、こういうふうに解釈して参ります。

○岡委員 原子力局はどう解釈しておりますか。

○杠政府委員 保険会社の方において保険金が支払われるものと考えております。

○岡委員 そうすると、新しい安保条約に伴う施設及び区域に関する新協定においては、この民間事業場にそのような事故があったときには、自衛隊の事故を起こした場合の基準で換算をする、そうして、アメリカが七五%、日本側が二五%ということになっております。そうすると、その求償権というのは、たとえば、日本原子力発電株式会社が政府に持つわけですね、あるいは保険会社が持つのですか、いずれにしても、何かちゃんと政府がくれることになっているのだから、これはどうなる。

○井上説明員 先ほど局長がお答えした通りでございますが、一応飛行機の事故というような問題が起こりますれば、まず、保険会社は保険金を支払う、それによって事業者は被害者に補償をするということになりますが、その場合に、第五条に求償権の規定がございます。これは「第三条の場合において、その損害が第三者の故意又は過失により生じたものであるときは、同条の規定により損害を賠償した原子力事業者は、その者に対して求償権を有する。」という規定になっておりますので、第三者の場合は、一応求償権はすべて発生するわけであります。ただ、その相手が米軍なら米軍であるというような場合には、これは条約等がありますれば、その条約によって処理していく、求償権の行使について処理するというような関係に相なろうかと思います。

○岡委員 そこをはっきりさせておいてもらいたいのです。だから、国と国の約束で、万一原電株式会社に飛行機が墜落して事故を起こした、これが五十億であったとすれば、その七五%、三十七億五千万円は米軍が支払う、残りの十二億五千万円は日本政府が出すのだ、こういう規定があるわけですね。そうすれば、一体だれがこれを請求するのか。この法律のどこで、そのようにして三十七億五千万円と十二億五千万円払った金をだれが請求することになるのですか。

○杠政府委員 この問題につきましては、たしか岡委員が調達庁の次長に対してお尋ねになったことがあると思いますが、真子調達庁次長が答えました通りに、行政協定に基づきまして処理されるのだと考えておりますので、おそらくは、国家というものがその間に介在してくるのではなかろうかと考えております。

○岡委員 問題は、かりに五十億と評価さるべき災害が起こったという場合、アメリカ政府は、日米合同委員会の協議の結果として三十七億五千万円をくれる、日本政府は十二億五千万出さなければならない、そこで五十億という金が出てくるわけですね。これをどういう手続で、だれがその要求をするのかということなんです。この法律上、一体どの条文によってこの求償ができるか。

○杠政府委員 これは、やはり行政協定に基づくものは行政協定の規定するところによって取り扱われるのだというふうに考えておるわけでございます。

○岡委員 そこを、あいまいなことじゃなくて、一つはっきりしていただきたい。今でなくていいです。これまでの経験もあることだから、調達庁とよく調べて報告願いたい。
 それから、今、この間の調達庁の次長の答弁ということを言われましたが、一つ疑問があるのです。それは、原子力研究所に被害を与える、あるいは原電株式会社に被害を与えたという場合、どうもあの協定をさらに読んでみると疑問がある。その結果起こった第三者に対する損害というものは含まれておるのかどうか、これに非常に私は疑義を持ってきたのです。その慰謝料とかなんとかいうことで、金一封で済まされることもあるのじゃないかと思う。その辺、一ぺんよく調達庁とも調べてもらって、次の機会に責任ある御答弁を願いたいと思うのです。
 それから、真崎さんがよくおっしゃいますが、「前項の規定は、求償権に関し特約をすることを妨げない。」と第五条にありますが、そこで、たとえば、外国のメーカーに故意あるいは重大なる過失があって、その外国から持ってきた燃料なりその他のものについて事故が起こった場合どうするのですか。求償権はないのですか。

○井上説明員 この特約がありますれば、もう少し丁寧に言いますと、外国のサプライヤーとこちらの原子力事業者の間に、要するに外国のサプライヤーは原子炉を販買する、こちらは買うというような契約があるわけでございます。その契約によりまして、外国のサプライヤーは、こういう場合に免責される。つまり、求償権の行使は原子力事業者がしないというような契約がありますれば、外国のサプライヤーを追及することはできません。しかし、被害者に対しましては当然保険の給付はございますし、もし保険でカバーできない面がありますれば、先ほど申しましたような国の補償契約によりまして、補償金を国が支出するということによって被害者の保護をするというような関係に相なるわけであります。

○岡委員 具体的な問題としていえば、CP5の例なんかも一つの例じゃないかと私は思う。だから、無理な要求をして出力一万キロワットの発電をする、普通ならば九〇%の濃縮ウランを使っておったものを、二〇%の濃縮ウランしかくれない、そこで詰め込め詰め込めということで詰め込む、そこで被覆に何らかの瑕疵ができたり、ピン・ホールができたりする可能性がある。そうすると、事故の原因には、その核燃料の溶融というものが一番大きなものである。これは詰め込め詰め込めと言ったところで、言わなかったところで、向こうがサプライした燃料に一つの大きな過失があったわけですね。そこで、政府間協定は、とにかく完全であるように努力をするんだ。ところが、向こうの、いわば売り手とすれば、売らんかなで、そういう発見をしたからいいようなものの、そういうようなことで、燃料が溶けやすいものであって、ほんのわずか熱が高くなってもそういう異状を起こしてくるという場合がある。そういう場合、やはり求償権がないわけですか、事業会社と特約しても、求償権を日本は持たないのですか。

○井上説明員 特約がありますれば求償権がないというのが、五条二項の規定の趣旨でございます。

○岡委員 問題は、そういう特約を、法律の執行上自由にまかせるかまかせないかということです。

○井上説明員 自由にまかせるわけでございます。まかせますが、第三者の保護という点につきましては、先ほど御説明いたしましたように、保険によってカバーするか、あるいは保険でカバーされなければ補償契約でカバーするというようなことに相なります。

○岡委員 それは三つの点で私は問題があると思うのです。政府間協定だって、きずのものをもらっていいんだというようなことをいってない。だから、向こうでも、できるだけ完全なものであるように保証するんだといっておる。事実事故が起こって、ふたをあけてみたら、燃料にそういう瑕疵があったということは重大なる過失ですよ。しかし、それはサプライヤーとこちらの原子力事業者の間には、そういう場合に求償権を放棄するということを自由にまかす、そういう一方的なものであっては、日本の原子力が発展するためにもならぬ。それから、そういう損害についても、なるほど、損害賠償法で五十億以内は原子力事業者がかぶるんだということになっておるから迷惑をかけないということでは、それは済まされない。そういう外国のメーカー、サプライヤーの重大な過失に基づく事故についても、日本の保険会社は迷惑を受ける必要はない。場合によっては、政府が何も迷惑を受ける必要はない。両国政府間の協定というものは、そういう趣旨なんだ。向こうもできるだけ誠意を持ってやる、ただ、しかし、向こうのメーカーもマーチャントで、商業的な利益を追求して売ってこないとも限らぬ。だから、そういうものに対して、ただ無条件に求償権を放棄するということを認めるなんて、そんなことでいくんですか、これは大きな問題だと私は思う。

○杠政府委員 ただいまの御質問に対してお答え申し上げますけれども、これは、先ほど来岡委員がおっしゃっておりますように、国際的な関係、この法律が日本独自のものであってもいいのですけれども、やはり原子力の開発ということは国際的な視野に立っておる問題でありますというようなことで参考人もおっしゃいました通り、そういうような観点に立つということも必要なことでございまして、やはり国際的な商慣行が、大体特約を妨げないというような行き方になっております。それと同時に、先ほど例をあげられました燃料におけるところの瑕疵というようなものにつきましては、もちろん、受け取る側におきましても無条件に受け取るということはあり得ませんので、やはり厳密なる検収行為をいたしますから、その限りにおいて瑕疵がないものだと一応前提せざるを得ないと考えております。従いまして、当初から瑕疵あるものを無条件に受け取って、しかも、特約によってサプライヤーの方は迎えるというような、そのような、実にずさんと申しますか、法体系をとったというふうには考えておりません。

○岡委員 わずか二十本やそこらのものならば、レントゲン写真ででもよく見れるでしょう。一万本、二万本にも達せんとするような大きな燃料を、あなた方レントゲンで一々見るというわけには実際問題としていかぬと思うのです。抽出検査しかないだろう。それとも、全部レントゲンで見て精密にやる、それから国がやるというくらいならわかるのですが、そういうことも実際問題としてあり得るわけだから、そういうあいまいなことを言わないでほしい。無条件に求償権を放棄する協約をサプライヤーと日本の原子力事業者と結ばすなどというようなことを今ごろ野放しにしておくことはないだろう、ないだろうという推定の上に、しかし、万一あった場合にということで、われわれは損害賠償を論議しておるのです。絶対にないという保証がない以上は、無条件に求償権を放棄するということは、日本の原子力業界の将来にとって不面目なのだ。

○杠政府委員 これは先ほどもお答え申し上げましたように、国際的な商慣行になっておりますので、こういう規定を設けなかったといたしますか、そうしましたおりには、おそらくは外国からの炉材料あるいは燃料等の供給というものは受け符ないというふうに考えております。

○岡委員 だから、問題は限定して言っているのです。もし事故が起こる、その原因を追及してみた、ところがサプライヤーの供給した燃料に原因があったということが確認された、それはサプライヤーの重大な過失であった、しかしながら、そのサプライヤーに対して日本の原子力事業者が無条件に求償権を放棄しておる、しかし、政府間協定では、向こうもできるだけ完全なものを供給するということを約束しておる、ところが、できるだけ完全なものをという努力が足らなかったということがはっきりわかった場合は、やはりわれわれは求償権は当然あっていいではないかということなのです。

○真崎勝君 この問題は、私の陳述に関連しまして岡委員から御質問があったと思いますので、私も一言お答えをさせていただきます。
 実は、これは国際問題というよりも、米国の原子力法自体に核燃料の国有原則というものが入っておりまして、米国政府が原子力委員会を通じて原子炉所有者に核燃料を貸与する、その場合に、やはり政府側が免責される、これは国内法として確立されている。従って、これが国際関係であるから神経質になるということは私は考えておりませんけれども、それならば、なぜ神経質にならないでよいかという点につきましては、私なりに、これはやはり物理学上の因果関係が――法律でも、事故と被害の間に因果関係という言葉があるのですが、因果関係において、おもなる原因をどこに定めるか、場合によっては、原子炉が事故を起こした場合に、この核燃料が悪いからという、その派生的な原因を因果関係として追及しないのだ、あるいはメーカーの作り方が悪いのだというふうには追及しないのだ、これは実は、私が数年前原子力保険を勉強しましたときに、一番初めにぶつかった一番大きな問題でございます。これは俗語で申しますと、鐘が鳴るのか、撞木が鳴るのか、鐘と撞木の合いが鳴る、鐘というのが原子炉、撞木が核燃料でございます。事故が起こって、一体どっちに原因があるというときに、原子炉の側に全部集中してしまう、こういうふうに考えて参ります。その他いろいろ理論づけはございますけれども……。もう一つ申し上げますと、保険の引き受け能力に照らしまして、たとえば、原子炉側に賠償責任が必要である、あるいは核燃料のサプライヤーも賠償責任が必要である、こうなりますと、一つの甲という原子炉について、あらゆる関係者が賠償責任をかぶる、これは困るというので、技術的な説明をしております。責任の集中ということであります。従って、これは国際問題が生ずる前に、原子力法で、まず原子炉の事故について、原子炉の所有者は無過失責任を負う。第二に、免責事由は戦争、それから特別の大地震というようなことになります。それと責任を集中する。原子力船でいえば、原子力炉のオペレーターに、つまり鐘の側に責任を集中する。責任というのは、求償権の場合で言うと、要するに特約でありまして、特約というのは免責条項になっております。でありますから、出力が所定の原子力に達しなかったという場合には、これはギャランティの問題になりますから債務不履行の責任で、債務不履行責任と不法行為賠償責任とは区別いたしまして、特約というのは、債務不履行の責任は一応入らない、不法行為賠償責任を鐘の側、つまり原子炉の側に集中する、こういうように私は考えております。

○岡委員 真崎さんのお説は、私の申し上げていることにはずれておるのです。求償権というものがここに書いてあるのですよ。第五条には「その損害が第三者の故意又は過失により生じたものであるときは、同条の規定により損害を賠償した原子力事業者は、その者に対して求償権を有する。」だが、この求償権のところが特約ではない、求償権を免除すると書いてある。これは、おおむね外国のサプライヤーから供給する、今あなたのおっしゃいました、燃料が所定の熱出力に達しないという場合、なるほど、アメリカはユーラトムなんかに対しては、そういう場合における補償はやっております。しかし、問題は、燃料に瑕疵がある。反応度が上昇しても、あるいはまた、冷却材が若干喪失しても、今日までの経験からいっても、まず落ちてくるのは燃料なんですね。だから、燃料が溶融をする、あるいはその危険に瀕して、そこで核分裂生成物質というものが炉内に蓄積され、放散されるという場合に、外国の燃料のサプライヤーに対して責任を免除するということは、もちろん、これは政府間協定もあることだから、向こうが完全であるように努力してくれればいいけれども、さて、調べてみたところがそうでないといった事実がわかったときに、場合によれば、政府が国費をもって損害の賠償をする、あるいは原子力事業者が責任集中の名においてされるということは筋が通らぬ、こう私は思うのです。こういう問題は、いずれまた原子力委員長がこられましてから一つ責任ある御答弁をいただきたいと思いますから、きょうはこの程度にしておきます。

○山口委員長 石川次夫君。

○石川委員 ただいま岡委員の方から詳細な質問があったわけでございますが、私は、実は地元の東海村の近所におるものですから、原子力にある程度の関心を持った素朴な住民の疑問という形で、きわめて非学問的な質問を申し上げますから、一つお答えを願います。
 伏見先生にお伺いしたいのですが、先ほど伏見先生のお話の中で、放射能による障害が後発性を持っておるという場合の判定の基準として、これこれ以上の放射能を浴びた場合には全部放射能障害とみなすのだ、賠償なり障害の認定の基準がないのじゃないということをおっしゃったことは、まことにもっともだと思うのであります。そこで、実は、私、話がもとに戻りますけれども、今度の法案というのは、第三者の安全を確保することを目的とした法案だというふうになっておりますが、私がこの法案を調べれば調べるほど、そういうことが目的ではなくて、今度英国との間に燃料その他コールダーホールの原料の取引をするために、免責条項というような関係で、急いでそれを作らなければならない、あるいは住民に安心感を与えるための一つの啓示的な目標というものが先行して、住民のほんとうに安全を確保するための目的が主眼とされて出された法案であるかどうかということについて、非常に疑問を持ってきておるわけです。ただ、そのことについてのこまかい内容については、あとで、いずれ委員会で質問をしたいと思っておりますが、一番大きな問題の一つは、今申し上げた、住民がどの程度の放射能を浴びた場合に放射能障害ということに見なすかという、その基準が一つもきめられていない。御承知のように、先ほどお話がありましたICRPは、三百ミリレントゲンというものを百ミリレントゲンというものに下げた。しかし、これは積分されたものでないから基準とされないというようなお話があったわけでございます。そういう一つの意見に対しては傾聴に値いするものだと思いますけれども、地元の素朴な住民としては、一つ一つの原子炉を作る場合に、政府は、非常に厳密な安全審査をして、それを許可するというふうな方針をとっております。それが東海村のようにたくさん実験炉ができ、コールダーホールができてくる、それに重なり合って、住民の方は放射能としてかぶることになるわけですけれども、それに対して基準というものが何毛示されていないということになると、地元の住民としては、一体どこから放射能障害ということを認定して、これが今度の法案の対象になるのかという基準がちっともきまっていないじゃないか、それをきめないでおいて、この法案が先に出てくることはおかしいじゃないかという素朴な疑問がどうしても出ざるを得ないわけです。従って、先ほどいろいろ慎重に検討すると言われておるようでございますが、そういう意味での放射能の基準、事故の認定の基準、そういったものが近い将来にできるというふうなお話でしたが、実は、それが先に出て、次にこの法案が出るということでなければ、住民としては、ほんとうに自分たちが補償してもらえるかどうかということに非常に疑問を感ぜざるを得ないと思う。従って、この基準が近い将来できるというのですが、いつごろ一体できるのか、この点は、ほんとうにわれわれとして重大な関心を持っておる。その点を、そう確実に、六月の末にできるかどうかという期限を切るわけにはいかぬと思いますから、大体のめどをお知らせ願いたい、これが第一点であります。
 それから、あと一つ。これは必ずしも伏見先生に御質問することがいいかどうかわかりませんが、いま一つの問題については、非常に個人差があるわけでございます。住民の放射能に対する抵抗力に個人差というものがありますから、平常の健康管理というものが行なわれておって、それで放射能を受けたためにこういう変化が出たということの、ふだんの健康管理というものがこの法案には全然うたってないわけです。
 それと、あと一つは、これ以上の放射能を浴びた場合は事故であるという認定をする、あるいは、これ以上放射能を浴びた場合には、これは明らかに放射能障害であるということを認定する機関というものが全然きめられていない。従って、これはたとえば、原研とかあるいはコールダーホールの原発あたりでは、いろいろそういうことを測定してやるかもしれません。しかし、これはそう邪推してはいけないかもしれませんが、業者の方では、なるべくそういう事故が出たということを発表したくないと思う。極力これを押えるという方向にいかざるを得ないと思う。従って、これは第三者の機関として、これ以上は事故だ、これ以上は退避しなければいかぬというような命令を出す、そういうようなことでなければ、この法案が出たって、一体はたしてほんとうに自分たちは保護されるのかどうかということに疑問を感ずるのは、これは人情だろうと思う。従って、そういう意味での非常にきびしい批判が地元の東海村の方から出ておるということ、このことに対して、一体伏見先生はどういうふうにお考えになっておるか。これは当局に聞くのが筋かもしれませんが、実は、そのことについては、あとでまたゆっくりお話したいと思っておりますので、この際伏見先生の御所見を伺っておきたいと思います。
 それから、あと一つでございますけれども、事故ができた場合の評価は、これは非常にしろうとらしい質問で恐縮ですが、これは真崎先生にお伺いしたいと思います。大体保険会社が当たるというのが建前なんだろうと思うのですが、いよいよとなった場合には、損害賠償紛争審査会というものが生まれるわけです。しかし、初めからその損害賠償紛争審査会が来て、その事故の補償額についての認定をするわけではないのでありますから、これは保険会社がおやりになるのではないかと思いますので、その点を念のためにお伺いしたいと思います。保険会社がおやりになる場合に、たった五十億という金頭だ。これは再保険の国際市場の関係でやむを得ないと思うのですが、コールダーホールでもって事故ができれば、五十億は、ほとんど事業主の方といいますか、原発の方にとられてしまう、第三者の自分たちは恩典にさっぱりあずからないのではないかという、きわめて素朴な不安がある。そういう点で、いろいろ技術的な問題があるでありましょうけれども、この評価は保険会社でおやりになると思うのですが、評価をする際には、普通の状態と、損害を受けた場合の被害の程度といいますか、そういうことを正確に認定する基準というものをお持ちになっておるのかどうか、そういう点を一つお伺いしたいと思います。

○伏見康治君 私からお答えいたしますが、私からだけではなくて、局の方からもお答えしていただきたいと思います。
 私の先ほど申し上げましたことは、実際の放射線障害が現われてからいろんなことを判断いたしまして賠償を求めるというのでは、多くの場合、第一、放射能を浴びたという証拠さえ、おそらくなかなか求めることができなくなるおそれがありますので、そういう観点から、事故が起こりましたときに、その該当される方が浴びた量といったようなものを少なくとも記録する、そうすることによって、その方が将来実際放射線障害の病状を呈されたときに賠償を請求される資格を少なくとも維持されるように、事故が起こったときに、すでにそういう措置を講ずるということが非常に大事なことだろうと考えております。そういうことが法律案の文面には必ずしもよく出ていないように思いますので、そういう点を、もう少ししっかりした方がよろしいのではないかというのが私見でございます。それに関連いたしまして、そういう場合に、これ以上を危険な放射能を浴びたと考える、これ以下は無視するという、そういうけじめは当然あるべきだと思うのですが、そういうけじめというのが、たとえば、原子炉の設置許可をいたします場合の安全審査で、いろいろ事故実験をいたしましたときのその基準線量といったようなものと同じものであっていいかどうかということは疑問があるわけです。それは、また、そういう使い方をする基準線量として、別の意味できめなければならないことであろうと思うのですが、もし、先ほどの御質問が、原子炉の設置許可をいたしますときの安全審査の場合に使います基準線量というような意味でございましたならば、それは割合に近い日にできるのではなかろうかと思っております。私どもといたしましては、主として放射線審議会の御審議を待ってそれを確立したいと考えておるわけでございます。そちらの方の御審議は、もうある程度進行しておると思いますので、ごく近い将来に、そういう意味での基準線量でございますれば、確立できると思っております。もし、先ほど申し上げましたような意味の、別の機能を持ちます基準線量ということになりますと、なおいろいろ議論をしていただかなければきまらないだろうと思います。これが第一の御質問に対するお答えであります。

○真崎勝君 石川議員の二つの御質問に対してお答え申し上げます。
 第一の御質問は、保険会社が被害者の損害の査定を行なうかという問題でございますれば、われわれ保険会社の建前は、法律上加害責任者となります原子炉の所有者と被害者との間の示談、和解、あるいは紛争審査会という即決簡易裁判所、また、それできまらない場合は、実際民事裁判所の判決によってきめる、こうなるわけだと思うのでございますが、実際上、保険会社がどこまで、つまり、陰になってやるかという御質問でありますれば、私どもも職務上、実質上は非常に一生懸命いたします。これは住民のためにいいことか悪いことかという問題になりますれば、私は、先ほど陳述いたしました中で、五十億円という全体の保険金額の中で、一人当たりの金額はきまりません、こう申し上げたわけでございます。そうして、さらに、保険会社あるいは保険プールは、直接被害者から請求を受けません、こう答えたわけでございます。実質上の問題ならば、これはとことんまでやってもよろしゅうございます。それが第一の御質問に対する答えでございます。ただ、昨年の四月一日に英国で施行されました英国の原子力施設許可及び保険法によりますと、事故の際に、動力大臣が、この範囲のものはレジストレーションになっている。つまり、登録命令を出す、そして、これは長年にわたっておそらく健康管理をするだろう、こういうことを先ほど触れました。ですから、これは保険会社だけでやるとは、もちろん申し上げません。これにつきましては、現在の法案で、その施行令、あるいは施行規則で十分いけるのではなかろうか、こう申し上げたわけでございます。
 第二の御質問は、コールダーホール改良型の事故を起こしましたときに、五十億円で十分であるかどうか。これは五十億円で必ずしも十分であるとは申し上げかねますし、そのために一応国家補償とか、あるいは国家の援助という制度があるわけでございます。ただ、私どもの乏しい研究によりますと、コールダーホール改良型のお家元は英国でございます。英国につきまして乏しい研究をいたしましたが、ウィンズケールの事故は一九五七年の十月に起こっております。ヨード一三一の放射能によって汚染された牛乳が廃棄されまして、八千万円の被害があった。これは国有原子炉であるから国が補償する、こういうことになった。それでは、あのときに一体何キューリー放射能が出ましたか、この問題でございますが、これは英国側ではっきりわかっているわけです。ウィンズケールの事故による放射能の放出量は、ヨード一三一が二万キューリー、ストロンチウム八一が八九キューリー、ストロンチウム九〇が二キューリー、概算すれば二万キューリー、こういうわけでございます。それで、二万キューリーで八千万円。また、岡議員の非常に有力な御意見である人口密度に関係いたしますが、二万キューリー出て、日本ではその倍の一億六千万円くらいの補償ではないか、二万キューリーとして、一休マキシマム・クレディブル・アクシデント、それ以上の大きな事故は起こらないだろうか、この問題になると、一つ申し上げますと、ウインズケールの原子炉の一九五七年十月の蓄積放射能の総量は、十の八乗キューリーでございます。従って、これは十億キューリーということになります。それだけ申し上げておけばいいと思います。十億キューリーということは、日本の東海村に作られますコールダーホール改良型の原子炉が何カ月か運転されまして事故が起こった場合に、それ以上の放射能は蓄積されない。念のために広島の原爆はどうかと申しますれば、十の八乗でなく、キューリーで言うと十の十一乗か十二乗くらいでございます。これは爆発の瞬間でございます。ビキニで第五福竜丸が被爆した際の水爆の爆発の瞬間は、十の十四乗くらいのキューリーだろう、こういわれております。そこで、われわれは、この五十億円は、マキシマム・クレディブル・アクシデントをカバーできるであろう、こうお答え申し上げます。

○山口委員長 他に御質疑がなければ、本日はこの程度にとどめます。
 伏見さん、真崎さんには、御多忙中のところ、しかも、長時間にわたり貴重な御発言を承り、まことにありがとうございました。委員長より厚くお礼申し上げます。
 なお、本日委員会に御出席いただくことになっておりました日本原子力産業会議副会長大屋敦君、日本原子力研究所東海研究所化学部分析化学研究室員中島篤之助君の両君につきましては、後日参考人として御出席を願うことといたしますので、御了承願います。
 なお、日本原子力研究所労働組合執行委員長堀剛治郎君に御出席願うこととなっておりましたが、都合により日本原子力研究所東海研究所化学部分析化学研究室員中島篤之助君に変更いたしましたので、御了承願います。
 本日は、これにて散会いたします。
   午後四時三十八分散会
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原子力損害賠償法について検討してみます。(リンクはご自由に)
なお、引用部分以外は私(一応法律家)の意見ですので、判例・学説・実務等で確定したものではありません。他の考えでも裁判等で争い認められる余地があります。

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