東日本大震災以降,原子力損害賠償法に興味あり,同法と東京電力の責任についても検討してみたい。

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・事故後の国会審議 その4 班目政府参考人 5~6月分

・事故後の国会審議 その4 班目政府参考人 5~6月分


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177-参-予算委員会-13号 平成23年05月01日

平成二十三年五月一日(日曜日)
   午前八時五十四分開会


○森ゆうこ君 安全委員会にちょっと伺いたいんですけれども、この二十ミリシーベルトに決めた過程、議論が安全委員会のホームページに載っておりません。議事録がない。一体誰が、いつ、どのように議論をしたんですか。
 ICRP、ICRPといいますけれども、ICRPに対する批判として、ECRR、欧州放射線リスク委員会、内部被曝をきちんと重視する、そうしなければならないという、そういうものもあるんですよ。しかも、皆さんが引用されているICRP一一一、一〇九に、どちらにおいても女性と子供、特に子供たちには特に配慮をすべきということも書いてあるじゃないですか。子供たちの配慮はちゃんと入って二十ミリシーベルトなんですか。

○政府参考人(班目春樹君) この問題につきましては、四月の九日ぐらいだったと思いますけれども、文部科学省の方からいろいろと御提案があって、その後、断続的に安全委員会と文部科学省の方で協議を進めてきております。そして、結局、安全委員会としては子供たちに年間二十ミリシーベルトを浴びさせていいとは回答してございません。あくまでも、これICRPで定めた現存被曝状況である一から二十ミリシーベルト・パー・イヤーを守ることはもちろんのこと、その範囲内で、ALARAといいますけれども、できる限りの努力をして浴びる線量を減らすこと、それを条件に助言をしたということでございます。
 したがいまして、文部科学省に対しましては、少なくとも二週間置きには安全委員会の方にモニタリングの結果などを報告し、その結果次第では安全委員会としては更なる助言を行っていくというつもりでございます。


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177-衆-予算委員会-23号 平成23年05月16日

平成二十三年五月十六日(月曜日)
    午前八時五十九分開議

○西村(康)委員 そもそも指示を出す時間は私は遅いと思っているんです。
 本来なら、二十二時の時点、直ちにその時点で、聞いた時点でベントの命令を出し、そして避難指示もする、それが私は当然の初期動作だと思います。それが、十キロ圏内、出したのは五時四十四分で、これは危険な状態にあったからということをいみじくも言われました。そこへ総理が飛んでいったんです。
 原子力安全委員長に確認します。このような状況の中で安全委員長も一緒に行かれていますが、最高指揮者である総理大臣が、圧力が上がって、どうなるか今後わからない非常に危険な状態、跳び上がってびっくりされたという答弁もされています。そして水素爆発や水蒸気爆発、これはマニュアルにもこういうことが起こり得るということが書いてあります。そうした状況の中に、あなたは総理に、行くということを了解したわけですか。総理に爆発が起こることを言わなかったんですか。

○班目参考人 当時の状況としては、かなり緊迫しているという認識は私はもちろんございました。しかしながら、総理が現地をちゃんと指導してくるとおっしゃっているのに対して、ついていってくれと言われたので従ったということでございますので、それ以上のことについては私からは申し上げられません。

○西村(康)委員 水素爆発や水蒸気爆発が起こる可能性があるということを助言しなかったんですか。総理が行かれるに当たって助言しなかったんですか。

○班目参考人 水素爆発については、そのときは助言していないと思いますが、当然、格納容器の圧がかなり高くなっていますので、格納容器が、爆発という言い方をしたかもしれませんけれども、要するに破裂する可能性はあるということは認識していましたし、そのようなことは助言していたと思います。

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○西村(康)委員 自民党の西村康稔でございます。
 午前中に引き続きまして、原発事故の初動について議論をしていきたいと思います。
 午前中明らかになった事柄、十一日、事故、つまり震災のあったその当日の十時の段階で、保安院は、炉心溶融、いわゆるメルトダウンを予見していた。しかし実際には、ベント、いわゆる圧力を逃がして水を注入するために、冷やすために圧力を逃がさなきゃいけない。最悪の事態、メルトダウンも防ぎ、爆発を防ぐために、ベントということをやらなきゃいけない。そのベントが行われたのは、事実として、次の日の十時十七分であります。このパネルのとおりであります。そして、実際に命令が出されたのは、その日の朝の六時五十分、こういうことであります。
 私は、早い段階で、少なくとも十時の段階でベントの命令を出し、やっていれば、もっと事態の悪化を防げたのではないか、そういう視点に立っておりますけれども、その点の検証をしてまいりたいと思います。
 まず、安全委員長の班目委員長にお伺いをいたします。
 この保安院の十時の段階の見解は、二号機でありますけれども、二号機のいわゆるRCICという注水機能が喪失をした、これが八時半でありますけれども、この時点で安全委員長はどういう認識を持たれ、何を進言されたのか、お伺いをしたいと思います。

○班目参考人 正直申しまして、私もずっとその後徹夜が続いたので、はっきりとは記憶しておりませんが、この保安院からの報告とは全く別の問題として、夜中過ぎあたりには、かなり危険な事態に至るという認識を持っておりました。
 したがって、とにかく早く東京電力にベントまで含む一連の作業をするようにということを言い、また、かつ、そこにいらっしゃった海江田大臣、総理その他の方々に進言をしておったということでございます。

○西村(康)委員 確認をしたいと思いますが、班目委員長、四月六日の衆議院の経済産業委員会で、最初に二号機のRCIC、注水機能がとまっていると聞いたときに大変びっくりしておられる様子を言っておられますし、いわゆるアクシデントマネジメントのマニュアル、これに従って行動するようにということを進言したと言われていますが、そのあたりの様子を御説明いただいていいですか。

○班目参考人 驚いたというのは、もちろんそのとおりだったと思います。
 それから、こういう場合に備えてアクシデントマネジメントの手順書というのを東京電力が定めているところであり、それに従って行動してくれさえすれば事態の悪化は防げるというふうに認識していたので、それを進言していたところでございます。

○西村(康)委員 どなたに、何時の段階で、正確でなくてもいいんですけれども、これがとまったのは二十時三十分と実績がありますが、何時の段階で、どなたに進言されたのかをお伺いしたいと思います。

○班目参考人 申しわけございません、何時何分とか、そういうのはもうほとんど覚えていないんです。それから、どなたにというのもきちっとは覚えていません。
 その場には、海江田大臣と、それから総理補佐官も何人か複数いらっしゃいましたし、総理ももちろんいらっしゃったと思います。出たり入ったりされていたと思います、ほかの災害のこともありましたので。それから枝野長官もいらしたんじゃないかなという感じがしますが、そのあたりの方々に進言したというふうに記憶しております。

○西村(康)委員 ベントも含めて進言をされたという理解でいいですか。

○班目参考人 はい、そのとおりでございます。

○西村(康)委員 班目委員長が進言されたとおり、ベントを早い段階で実施ができていれば事態悪化は防げたというふうに考えられるんじゃないかと思いますけれども、委員長、何かもし新しい事実関係がわかれば教えていただきたいんですけれども、それも含めてお答えをいただけますか。

○班目参考人 少なくとも、ベントがここまで遅くならず、もう少しでも早く実行されていたらば事態の悪化は防げた、それは確かだったと思います。

○西村(康)委員 大変大事な指摘でありまして、少なくとも二十二時、地震、津波、震災のあったあの十一日の二十二時の段階でベントの命令を早く出していれば事態の悪化が防げた、そういう理解でありますけれども、今まさに安全委員長が言われたように、早くできていれば、早くやれていれば事態の悪化は防げたという答弁であります。
 班目委員長、班目委員長は三月二十八日の、これは参議院予算委員会ですけれども、海江田大臣に進言をした後、その後、どういうわけか、私のところにはさっぱり情報が上がってこないんです、なかなかベントされないということを聞いていましたということですが、ここのあたりの状況、つまり、進言をされた後、その後、総理から班目委員長には相談がありましたか、あるいは海江田大臣から相談がありましたか。

○班目参考人 当時、その部屋には、そういう方々以外に東京電力の幹部の方もいらっしゃいました。それで、私どものいる部屋と東京電力の本店とがつながっておりました。それから、東京電力の本店と現地のサイトがつながっておりました。連絡網はそれしかないという状況でございました。
 それで、伝言ゲームみたいな形で、東京電力の本店に、何で進まないのかというのを幹部の方が一生懸命聞いているのに対し、向こうからなかなか返答がない、そんな状況で時間が過ぎてしまった、そういうふうに私は認識しております。


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177-衆-文部科学委員会-10号 平成23年05月18日

平成二十三年五月十八日(水曜日)
    午前九時開議


○河井委員 文科大臣、先ほど、自分たちの管轄では校庭、園庭だというふうにおっしゃいましたけれども、通学路も大事なんですからね、通学路。通学路における内部被曝の問題もあるわけですから、校庭、園庭だけでないということをあえて申し上げたいと思います。
 原子力安全委員会班目委員長、お待たせをいたしました。
 四月十九日の、二十ミリシーベルトに文科省が突如引き上げたときの決定過程、幾つかお尋ねをいたしたいと思います。
 原案は文科省から持ってきたんですね。

○班目参考人 文部科学省とは四月九日から断続的にいろいろな御相談をさせていただいております。最終的な暫定案に関しましては四月十九日にいただいて、それで議論の末、差し支えない旨回答してございます。
 ただし、留意事項をつけてございまして、二週間に一回以上の頻度でモニタリングの結果を原子力安全委員会に報告してくださいということ。それからもう一つ、特にやはり実際に子供たちがどれだけの線量を被曝するのかということを気にしましたので、教員の方どなたか一名に、子供たちと同じような振る舞いをする先生方を選んでいただいて、その方に線量計をつけてはかってください、その結果も報告してください、そういう留意事項をつけてございます。

○河井委員 四月九日から文科省が話を持ってきたということを今答弁をされました。
 決定は四月十九日ですが、これは正式な会議ではなかったんですね。

○班目参考人 原子力安全委員会の会合では、ナンバーをつけている、正式といったらどうなのでしょうか、第何回とつけている委員会と、それからそれ以外に、随時開いている委員会と、現在ございます。そういう意味では、ナンバーはつけていない委員会ではございます。

○河井委員 月曜日が定例会議ですね。この十九日は火曜日なんですよ。確認をします。

○班目参考人 定例会議は月曜日でございます。そういう意味では、定例会議ではございません。

○河井委員 なぜ定例会議の月曜日に、あなたは今、九日から文科省から相談を受けたとお答えになった。なぜ前日の正式な会議のときにこの大事な話をしないで、次の日にこういうことをどさどさっとなし崩し的に決定したのか、お答えください。

○班目参考人 文部科学省の方からこの案が示されたのが十九日だったものですから、それから、この案件というのが非常に大切であり、なるべく早く決定をするべきものであるということから、至急開催したという次第でございます。

○河井委員 いやいや、先ほど、案を示されたのは十九日とおっしゃったけれども、九日から相談をされていたんですね。
 では、十日間一体何をやっていたんですか、原子力安全委員会におかれましては。

○班目参考人 原子力安全委員会では、四月九日に文科省から示された案に対して、いろいろな助言をしました。そして、ぜひこういうところを見直して、また持ってきてくださいということを何回かやったわけでございます。
 大変申しわけないんですけれども、原子力安全委員会の方では、それぞれの学校の個別の事情までは存じ上げません。そういう意味では、そういうことをよく御存じの文部科学省の方から具体的な提案をいただいて、それに対して助言をする、そういう仕組みになってございますので、そのためのいろいろなやりとりを続けていたということでございます。

○河井委員 当日の議事録はあるんでしょうか。

○班目参考人 申しわけございません、当日の正式な議事録はございませんけれども、そのときどのような議論が行われたかということについては、その後、きちんとしたメモとかいう形で残してございます。

○河井委員 正式な委員会でもない、正式な議事録でもない、そういうものが十九日の火曜日に重要な決定をなされた。どうしてもそこで疑念を抱かざるを得ないわけであります。
 委員長、今の状態では、福島県東半分の方々が年間被曝量一ミリを超えるのは確実ですね。お答えください。

○班目参考人 ちょっと、東半分、どこですか。(河井委員「福島県の東半分」と呼ぶ)福島県の東半分。
 いや、場所によるとは思いますけれども、多くのところは年間一ミリシーベルトを超えるだろうというふうに予想しております。

○河井委員 結局、一ミリシーベルトを超えるその見たくない現実に、一ミリから二十ミリに引き上げた。現実に基準を合わせただけじゃないか、そう考えております。
 文科省が話を持ってきたときに、住民の方々の健康以外に何を彼らは心配していたか、何を考慮していたか、教えてください。

○班目参考人 文科省が案を持ってきたときに、我々は、国際放射線防護委員会、ICRPでございますけれども、それの最新の勧告についていろいろとるる御説明申し上げました。
 それによりますと、このように不幸にして放射線量がふえてしまったような場所においては、一ミリシーベルトから二十ミリシーベルト・パー・イヤーの、参考値と言っていますけれども、参考レベルの中でできるだけ低くなるように、合理的に達成可能な限りの努力をするという条件でさまざまな生活を認めるというふうになってございます。
 そのあたりを申し上げて、その上で文科省の方で案をつくってくださいというふうに申し上げたわけでございます。

○河井委員 つまり、委員長、文科省は、学校の運営の方に力点を置いていたのか、そこに通っている子供たちの健康被害の方に力点を置いていたのか、どちらだというふうに印象を抱かれたでしょうか。

○班目参考人 もちろん、安全委員会に相談があったのは子供たちの健康の観点からの相談であったというふうに認識してございます。

○河井委員 しからば、二十ミリに引き上げたということについて、原子力安全委員会として助言をした、引き上げたということについて妥当だというふうに助言をしたということでありますので、例えば遊べなくなった校庭に置かれた土、それの除去や除染などについては思いが至らなかったんでしょうか、考えが至らなかったんでしょうか。

○班目参考人 まず第一に、二十ミリシーベルト・パー・イヤーに引き上げたという表現ですけれども、これは明確に否定させていただきます。あくまでも、一ミリシーベルトに近づける合理的に達成可能なできる限りの努力を払うという条件で、一ミリシーベルト・パー・イヤーから二十ミリシーベルト・パー・イヤーの参考レベルを使うことは差し支えないと申し上げたということでございます。
 それから、例えば土のことについては、これはあくまでも文部科学省の方から我々に説明がその後あったわけでございまして、その除去等々については、原子力安全委員会としては、我々自身が提案したものではないわけですので、その処理等々について特に何か考えたということではございません。

○河井委員 時間が来ましたので、最後に一つだけ、原子力安全委員長。
 委員長は会見で、自分たちには力がないんですということを、以前、この事故が起こった後おっしゃいましたね。今後、もう少し事態が収束して、いつ収束するかどうかわかりませんけれども、今後さまざまな原子力安全についての役割、体制などの見直しの議論をしなきゃいけないときに、委員長が発せられた言葉というのは大変重いというふうに思っておりますので、あえて聞かせていただきます。
 今回の一連の対応、みずからの身を振り返って、みずからの身というのは委員長御自身じゃないんですよ、原子力安全委員会全体、どのように自己評価をしていらっしゃるか、そして、どこに力がないという意味であの会見はおっしゃったのか、お聞かせください。

○班目参考人 原子力安全委員会というのは、法律上の位置づけは、いわゆる三条委員会みたいな強制力を持った委員会ではございませんで、いわゆる八条委員会、いわば諮問委員会のようなものでございます。ということは、いろいろなことをみずから調査したりする能力というのは余りない。
 実際に、常勤の職員というのは七十名ぐらいしかおりませんし、あと三十名ぐらい、臨時のといいますか、ある程度年齢のいった方をお願いしている。
 それからあと、三百人ぐらいの学識経験者を抱えてございますけれども、このような方たちは、大学の先生であったりお医者さんであったり、あるいは弁護士の方であったり、さまざまな職業を持っていらっしゃる方です。そういう方の協力のもとに成り立っているという組織でございますので、そういう意味からいくと、我々のやれることには限界がある。
 しかしながら、今みたいな大きな原子力災害が発生しているときには、助言を行っていくということは最大の任務でございますので、これについては、我々としてはもう最大限のことをやってきたというふうに自負してございます。


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177-衆-科学技術・イノベーション委員会 平成23年05月19日

平成二十三年五月十九日(木曜日)
    午前九時開議


○吉井委員 これは、実はエネルギー政策のかなめになってくるんですよね。
 要するに、軽水炉路線というのは、プルトニウム循環路線なんですよ。プルトニウムをどう循環させるかという中での課題で、これが今行き詰まっているんですから、「もんじゅ」をもうやめる、そして、廃炉研究等今なすべき課題に取り組むことが大事だということを申し上げておきたいと思います。
 次に、班目委員長に伺いますが、三月十一日の十四時四十六分に地震が発生して、外部電源が失われました。十五時三十分ごろに津波が襲来して、最初の地震によるものかどうかはともかくとして、とにかくDGが破損しました。十五時三十七分ごろ、バッテリーもだめになって、全電源喪失というふうに東電は見ているようですが、十五時四十二分ごろに、東京電力から政府に対して全交流電源喪失と、原子力災害対策特別措置法十条一項による報告がありました。十六時四十五分になるのですか、非常用炉心冷却による注水不能という通報もあり、十八時〇八分には冷却材漏えいという通報があり、せんだって発表された東電の解析によりますと、十八時ごろに冷却水の上に頂部が出てしまったと。
 そこで、東京電力のせんだって発表した公表資料によりますと、十八時ぐらいが炉心溶融の始まりと思うんですが、班目委員長にお伺いしておきたいのは、全交流電源喪失という報告を受けた後、バッテリーが生きているのかどうか、バッテリーが死んでしまったら大変なことですから、生きているかどうかの確認、機器冷却系が働いているかどうか、それから熱交換器の機能は大丈夫か、要するにバッテリーが生きているかというふうな確認を、いつ、何時の時点で判断されたのか。また、仮にバッテリーがだめですという回答があれば、これはもう全電源喪失ということを認識しなきゃいけないわけですが、それをいつ判断されたのか、伺っておきます。

○班目参考人 何時何分というところまでは正確ではございませんが、まず、四時ごろ、ERCというところから全交流電源喪失、原災法十条に基づく連絡がございました。その時点で原子力安全委員会としては緊急助言組織を立ち上げた、これは事実でございます。
 それで、それから我々としてはいろいろな形で連絡をとろうとしたんですが、電話がつながらないという状況がかなり続きまして、実は、詳細な状況の把握というのはかなりおくれてございます。実際には、その後、原子力災害対策本部が設置され、たしか七時過ぎだったと思いますが、そちらの方に行って、危機管理センターの方で詳細なことを東京電力から初めて聞いたというのが実態でございます。

○吉井委員 八時ごろ詳細な報告を聞いたというのは、聞いたのはいいんですよ。
 私がお伺いしておきたいのは、原子力安全委員長としては、全交流電源喪失ということになれば、交流電源が失われるだけじゃなくて直流電源まで失われたら、全電源喪失なんです。これは、圧力容器内ではどんどん蒸発が進み圧力が高まり液面は下がる、当然炉心溶融への道をたどるわけですね。ですから、全交流電源喪失ということをお聞きになったときに、全交流が全電源喪失になるなといつ判断されたかですね。これは大変だということをいつお考えになったのかを伺っておきます。

○班目参考人 基本的には、バッテリーで動くものは計測関係と小さな弁のたぐいです。
 実は、外部との連絡がとれない中、中で少し議論させていただいて、その結果、バッテリーが生き残っている可能性はかなり高いだろうというふうな認識はしておりました。今現在も、我々、時系列できちんとした把握はしてございませんけれども、完全な意味でバッテリーも何もかもだめになったという瞬間というのはかなり遅いし、バッテリー程度だったら、いざとなればほかのところから持ち込むことによって何とかなるのではないか、いろいろな議論をそういうときにしていたというのは事実でございます。

○吉井委員 私は、全電源喪失という問題は、もっと深刻な問題だと思うんです。
 今までの説明は、外部電源がだめでも内部電源があります、内部電源はDGとバッテリーの組み合わせですと。もちろん、おっしゃったように、DGが働けば、メーターその他計器類を多分読み取ることもできるんでしょうけれども、しかし、DGの機能を使って、逆にそれで交流電源の方を動かして、転換して、それで機器冷却系を動かすとか、それができるから大丈夫なんだ、これが今までのお話だったんですよ。
 だから、それだけに、全電源喪失ということになれば深刻な問題なんですが、今おっしゃったように全交流電源喪失だけでもだめだということになれば、全交流電源喪失を聞いた時点で、直ちにこれはベントしなさいとか、あるいは、真水が一番いいんですが、なければ海水注入してでも直ちに冷却をして、燃料棒の頂部が液面上に出ないようにしなさいということを指示する、その判断をしなきゃいけなかったと思うんですが、何時ごろその判断をされたのかを伺っておきます。

○班目参考人 四時にそういう意味で緊急助言組織を立ち上げましたけれども、その後、原子力災害対策本部が立ち上がるまでに少し時間がございました。その間に、少し委員間で議論させていただいております。全交流電源、要するに非常用DGもすべてこれはだめだというふうに判断していますので、しかも、テレビの映像なんかを見ると、これはかなり長時間にわたって回復不能だというふうに考えました。
 したがいまして、その議論の結論として、もうこれは最終的には格納容器をベントするしかないし、それによって、消火設備等を使って炉心に水を入れなきゃいけないというふうに判断してございます。これは既に七時ごろ、もうちょっと前だったかもしれませんけれども、原子力災害対策本部の方へ向かう前にそういう判断を原子力安全委員会としてはしてございます。


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177-衆-東日本大震災復興特別委…-3号 平成23年05月24日

平成二十三年五月二十四日(火曜日)
    午前九時開議


○吉野委員 本当に残念です。やり方によってはメルトダウンは防げたんです。でも、現実には、一号機のみならず、二号機、三号機、これもメルトダウンしている。そういう状況になって、本当に残念です。
 次に、海水注入、きのうのおさらいをしてみたいと思います。
 水素爆発が十二日の十五時三十六分です。ですから、現場は大混乱だと思います。そういう中にあって、十八時ごろ、対策本部で、菅総理を初めここにおられる皆様方、班目委員長も入って議論をしたと思います。その議論の中で、再臨界の議論がされています。いろいろな可能性について総理は多くの方々から意見を求めているんだ、それでいいと思います。でも、その議論の中身の中心というか、方向性というか、雰囲気というか、再臨界の議論が多かったんじゃないんですか、班目委員長。

○班目参考人 私の記憶としては、再臨界の議論が中心だったとは思っておりません。とにかく、こういう事態ですから、水を入れる。海水だろうと何だろうと、水を入れなければ炉心の溶融がどんどん進んでしまうという認識です。したがって、それがすぐできるんだったらもう何も考えずにしてくださいというふうにずっと助言をし続けてございます。
 ただし、海水にかえるということは、塩がたくさんたまってしまうとか、腐食の問題とか、いろいろな問題がありますので、そういう問題点についてもぜひ検討すべきだという議論はあったという記憶がございます。
 その中で、申しわけないんですけれども、私の記憶としては、再臨界ということが大きな話題だったという記憶はございませんし、少なくても、私の方から再臨界の可能性があるから注水はやめた方がいいということは絶対に申し上げてございません。

○吉野委員 けさの朝日新聞です。東京電力はなぜ中断したのかという記事が載っております。
 これを読むと、官邸で再臨界の可能性が大きな議論になっている、そういう雰囲気になっている、そのことを、東京電力の元副社長、武黒一郎フェローは官邸と東電との連絡役ですので、この方が、再臨界について議論が行われている、中止要請と受けとめた、これがけさの朝日新聞の記事なんです。
 官邸対策本部としては中止はしていない、確かにしていなかったでしょう。でも、受けとめる東京電力は中止要請と受けとめたんです。そして五十五分間の中断があったんです。とめる、冷やす、閉じ込めるなんです。真っ先に冷やさなきゃならないんです。真っ先に冷やさなきゃならないのにもかかわらず、中止要請と受けとめたんです。そこでの会議の雰囲気が、海水を入れれば再臨界が起きてしまうんじゃないのかな、こんな雰囲気だった。だから、武黒フェローは東電に、現場に、中止要請だという形で中止命令を出したと思うんです。
 班目委員長、そういうふうに再臨界の議論が、雰囲気が再臨界の雰囲気になっていたというふうに東電の元副社長は思ったんです。なぜ科学者として、再臨界は可能性はゼロではないけれども、起きる可能性は本当に少ないんだ、そういう立場で、ある意味の、総理は技術系でありますから私よりも原子力について理解が深いと思います、しょせんあなたから比べれば素人です。でも、聞きかじりの知識で議論しているんだったらば、もっと専門家として、可能性は物すごく少ないんだ、こういう議論をしたんでしょうか。

○班目参考人 当時のことを正確に覚えているつもりはございませんけれども、少なくても、私の発言として、再臨界の可能性はゼロではないということは、事実上ゼロだという意味でございます。したがって、そのときのその場の雰囲気として、再臨界を気にして注水をとめるというような雰囲気だったとしたら、それは私としては絶対に異議を申し立てたと思いますし、異議を申し立てていないということは、そういう雰囲気ではなかったと私は思います。

○海江田国務大臣 これはぜひ吉野委員、御理解をいただきたいんですが、実は、これは班目先生もそうだと思いますが、私ども、その場に居合わせた人間は、東京電力が既に注水をしているということを全然知らなかったんですよ。だから、もしやっているということがわかっておれば、それをそのまま継続ということになったと思いますが、まず、現実問題として、始まったということがわかっていなかったんですよ。これはぜひ御理解ください。

○吉野委員 緊急事態は現場に任せるんです。特に東京電力の技術屋さん、これは大変だといって海水注入を始めたんです。真水がなくなっちゃったから始めたんです。それを、官邸対策本部の皆様方がわかりもしない知識で再臨界が起きる可能性があるかもしれないという議論をしたから、東電の窓口である武黒フェローは、武黒フェローもわからなかったと思います。書いてあります、わからなかったと。でも、現場はやめたんです。まさにこれは人災なんです。
 なぜ現場に任せておかなかったか、なぜそんな議論をしたのか、そこら辺、お願いします。

○枝野国務大臣 報道にも正しい情報と正しくない情報がございます。そもそもこの件の発端は、総理がそこで水を入れているのを聞いて、おれは聞いていないと言ったという報道が端緒でありますが、そうしたことはなかったということは多くの皆さんの証言でもう裏づけられていると思います。報道にあったことを前提にお尋ねをいただいても、事実と異なりますので、そこのところは明確にさせていただきたいというふうに思っております。
 そして、私は、その局面においては、記者会見を同時に行っておりましたので、私はその席におりませんが、官房副長官のもとから報告を受けているところによりますと、そもそもが、東京電力の側から、海水注入には一時間から一時間半程度の時間がかかるんだということのもとで議論が行われていたということをまず大前提として御判断をいただきたいと思います。

○吉野委員 一番は、東電がなぜ中止命令だというふうに受けとめたかなんですよ。発信元の皆さんは中止命令を出していない、一時間半かかる、でも、なぜレシーバーの東電が中止命令として受けとめたかなんです。ここが大事なんです。ここがクエスチョンマークですから、これは後日、検証委員会、きちんと国会にも検証委員会をつくるように委員長の方からもお願いしたいと思いますけれども、検証委員会の方できちんとさせていただきたいと思います。
 次に、また朝日新聞なんですけれども、発言の訂正です。これはいろいろな会議で、記録、議事録まで要りません、記録、メモで結構です、メモはとっていなかったんですか。

○海江田国務大臣 これもぜひ御理解をいただきたいんですが、私ども、その場にいて、緊急な措置をしなければいけないということは、そこに専念をしておりました。ですから、メモがないものもございます。
 それからあと、大分事態が落ちついてきてから、メモがあるものももちろん、その後はメモがとれております。私も、統合本部に行きましてからはちゃんと自分でメモをとるようにしておりますが、やはり十一日、十二日、この時間に、私自身、メモをとる時間、ゆとりも全くございませんし、それから、一緒にごく少数事務方も入っておりましたけれども、その事務方もメモをとる余裕がなかったようでございますので、その時点ではメモのないものがたくさんございます。しかし、それ以降はメモをとるようにして、しっかりとメモをとってございます。
 それから、東京電力のメモも、これは早い段階で、とにかく、東京電力は作業の日程が全部入っておりますので、それは一つ残らずきちっと保全をするようにということは、私からこれは指示をしてございます。

○吉野委員 後で検証をするために、今大臣がおっしゃった記録、メモをとっていない時期、また、とってあるということをおっしゃいましたので、いろいろな場面で使うかもしれませんので、そのメモをこの委員会に提出してくれることを要求いたしたいと思います。

○黄川田委員長 その取り扱いについては、後刻理事会で協議いたしたいと思います。
 引き続き質問してください。

○吉野委員 水素爆発なんです。あの爆発の規模から見て、爆発の専門家はどのくらいの威力があったか、わかると思うんです。一号機、三号機、四号機。そうすると、その爆発の威力をつくるためにどのくらいの量の水素が必要か、これも推察できると思うんです。
 では、それだけの水素をつくるために、どれだけのさや管の金属、ジルコニウムが溶けたのか、ここも推察できると思うんです。そして、すなわち、燃料棒がどれだけ、さや管が溶けているか、ジルコニウムが溶けているか、爆発の規模からさかのぼって推察していくと、どれだけの量の燃料棒のさや管、ジルコニウムが溶けているかということも計算できるはずだと思うんです。そのことによって、もうメルトダウンが起きているという計算もできたと思います。
 四月の十七日に工程表が出ました。水棺です。燃料棒の頭まで冷やすんだ、こういう工程表でした。四月の十七日です。もうメルトダウンは三月の十一、十二で終わっているんです。水素の量を計算した、日本の英知を集めれば計算できたと思うんですけれども、そういう計算はしているんでしょうか。

○海江田国務大臣 委員にお答えをしますが、きょうちょっと事前の通告はありませんでしたね、この件については。ですから、手持ちの資料がありませんので、私の記憶に頼ってお話をいたしますので、一部間違いがあったら、それはぜひお許しをいただきたいと思います。
 四月の十七日のところで、一号機の損傷の度合いといいますか、特に炉心の、あるいは燃料棒の損傷の度合いというのは、東京電力は恐らく七〇%とか、だけれどもそれを一度訂正して五〇%とか、そういう数字を出しておりましたから、その数字に基づいてということに、その四月の十七日の直前に出ておりました、そうした東京電力が把握をしておりました燃料の損傷の度合いに基づいてあの計画を立てたということは事実でございます。
 そして、東京電力自身が本当に、メルトダウンという言葉を使うのがいいかどうかはわかりませんけれども、炉心が溶けまして、燃料棒がすべて溶けまして、そして下の方にたまっているという状況が特に一号機についてわかりましたのは、ついこの間、四月の十七日以降でございますし、きのうかおとといになってやっと二号機と三号機もやはり同じような状況にあるんじゃないだろうかということがわかった状況でありますから、その意味では、水素の量からというような御指摘もございましたけれども、そこの点はちょっとわかりませんが、東京電力は四月の十七日の時点では、いわゆるすべての燃料が溶けて、これは専門家の間ではコアメルトと言うようでございますが、炉心部分がすべて溶けたということの認識はなかったようであります。

○吉野委員 班目委員長に、どうして七割、五割の燃料棒が損傷しているという、その辺の技術的なところをちょっと教えてください。

○班目参考人 東京電力の方が発表した損傷割合というのは、これは燃料が損傷すると希ガスがぱっと出て、CAMSといいますけれども、放射線が出ます、その量から推定するものでございます。
 それでよろしゅうございますでしょうか。

○吉野委員 けさの産経新聞です。班目委員長について、産経新聞のインタビュー、「一問一答は次の通り。」と書いてあります。国民新党の亀井先生が「辞めるべきだと? ありがとうございます。私もぜひ辞めさせてほしい。でも、ここでもし自分から辞めたら末代の名折れだ」、こう委員長は発言をしております。本当の気持ちはどうなんですか。やめたいんですか。

○班目参考人 私としては、この職務を全うすることこそが私の使命だと思っています。ここで逃げ出したら本当に末代の名折れだと思っております。したがって、この問題については、とことんまでつき合わせていただきたいと思っております。

○吉野委員 民主党の空本議員も、原子力安全委員会はある意味で大きな批判といいますか間違いをしている、SPEEDIも情報隠しをしたし、緊急助言組織を十六時にすぐ立ち上げました、立ち上げたけれども、専門家はなかなか出席してこなかった。そのときの班目委員長の答弁は、それぞれの委員は自分の仕事があって忙しいからですと。私、この耳で災害特で聞かせていただきました。
 こんな安全委員会でいいのか。そして、SPEEDIについての情報隠しもしておりますので、そういう意味の責任というものを委員長は感じていないのか。感じているんだったらば、やめたいんだ、でも、とことんここに自分の力を注ぐんだ、こう言っていますけれども、責任を感じているのかどうか、お願いいたします。

○班目参考人 まず、緊急助言組織について申し上げます。
 緊急助言組織は、事故発生直後に立ち上げてございます。立ち上げようとしたんですが、一斉携帯メールを送信したところ、全く機能せず、通じませんでした。したがいまして、電話でもいろいろ連絡をとったんですが、ほとんどつながらない。さらに、たまたまつながった方も、交通機関が完全に麻痺して出席できないという返事ばかりでした。そんな中で、何人かの方は徒歩で駆けつけていただいたんです。次の日に駆けつけてきた方々もいらっしゃいます。
 したがって、緊急時応急対策調査委員の方十六名に集まっていただくとともに、それ以外の専門家の方十六名にも集まっていただいて、それから本当に連日連夜、徹夜で原子力災害対策本部からの助言要請にこたえてきております。
 しかも、その方たちというのは本職がございます。大学の先生であったり、あるいはお医者さんであったり、研究所の研究員であったり、あるいは弁護士さんであったり、そういう方でございます。そういう方たちに対して、怠けているというような意味の発言が空本議員の方からあったような気がしたので、それに対して猛烈に抗議させていただいたという次第でございます。


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177-衆-東日本大震災復興特別委…-6号 平成23年05月31日

平成二十三年五月三十一日(火曜日)
    午前九時開議


○中川(秀)委員 いずれにせよ、二転三転している印象はもう否めませんが、さらにその後、現地の吉田発電所長が海水注入を継続していたことがわかり、発表されたわけですから、当然、この政府・東電統合対策室の事実関係という文書、これは改正しなければおかしな公式文書になっちゃいますよね。だから、当然、再訂正しなければならないはずであります。
 しかし、そういう中で、今の十八時の総理指示というものの意味が何だったのか。十八時五分の経産大臣の指示、準備なのか法令に基づく指示なのか。どっちももうなぞだらけみたいな、そんな扱いにもなっている。
 さらにもう一言申し上げますと、さらなるなぞは、総理が、みずから総理指示を十八時に出した、もう真水はあきらめて海水注入しろと出した。その時間に、遺憾ながらまた迷って、本当にそれでいいのかと検討してくれという指示を出していることなんですよ。
 このなぞの総理指示と経済産業大臣指示と同じころ、この政府の資料によれば十八時から十八時二十分ごろ、この間にかけて、総理のもとで、御前会議というか何かそういうものが開かれていたらしい。それは、本委員会において総理自身が、先ほどの答弁にもありましたが、この間に、この十八時から十八時二十分の間に、再臨界という課題もあり、海水注入に当たってどうすべきかという検討を、東電の官邸に詰めていただいていた責任者、安全・保安院のメンバー、そして原子力安全委員会の委員長を初め委員の皆さん、そして私、あるいは海江田大臣、あるいは補佐官で検討していたと答弁していますね。
 原子力の素人である私でもわかることは、三月十二日十八時の段階で、総理のもとで、あるはずのない再臨界を議論し、原子炉がもう一回反応を起こして分裂を始めて、熱が発生して発電していく、そんな議論をして、その話が現地の福島原発まで行ったことの異常さなんですよ。
 ちょっとフリップを見せてください。
 地震発生当日の三月十一日の夜に、原子炉建屋の放射線レベルが異常に上昇していますね。明らかにもう空だきの状態が進行していた。これはもう兆候が確認されています。翌日午後には、セシウム、沃素、ストロンチウム、プルトニウム、セリウムなど、数十種類、五十種類ぐらいか知りませんが、放射性物質が漏れ出していることも確認されている。
 もう完全に、この図にあるように水がもう下がってしまい、四十分後にはもう空だき状態になり、燃料棒も制御棒も溶け、一時間半後にはこういう状態になり、そして二時間後にはこうなる。炉心がもう完全に本来の形を失っていることは疑いがないわけであります。二カ月以上たってから、炉心溶融みたいなことを、メルトダウンみたいなことを認めているではありませんか。
 したがって、こんな時期に及んでも再臨界を本当に心配していたというのは全く認識がずれていますし、愚かだったと思いますね。あり得るのは、本当にこれも偶然のことですが、スリーマイルの例も知っていますが、四十分、一時間半ぐらい、もう本当に、制御棒のジルコニウムというのは溶けちゃうんですが、何か膜みたいなのが残って、そして偶然にそういうことが起こる可能性が全くないとは言えないが、そういうことだということで、もうせいぜいそれは、十一日の発生から四十分から一時間半後。翌日の十二日の段階の夕方になって再臨界なんて、そんな議論をすることは、かつて科学技術庁長官で多少勉強しましたが、あり得ぬことですよ、そんなことは。
 班目委員長、あなたはこの御前会議で、再臨界について、最初は危険性があると言ったとされ、御自身が抗議されて、それは可能性はゼロでないと言ったことになり、しかし、それは事実上ゼロだという意味だとおっしゃり、最終的には、本当は海水注入が現地所長の判断で、これは正しい判断なんですが、続いたことがわかったから、最後に、私は一体何だったんでしょうかと言ったんですね。
 改めて聞きたいですが、三月十二日、翌日夕方十八時の段階で総理の前で海水注入を議論していたころには、もはや再臨界なんて懸念する、そんな時期は過ぎ去ってたんじゃないですか。正確に言わなきゃいけませんよ、国民に対して。総理のための安全委員長じゃないんです、あなたは。メルトダウンになっていたんじゃないですか、このときはもう。そのことを言うのがあなたの役割のはずだ。それを総理に言ったんですか。再臨界は事実上ゼロとあなたが言ったことに対し、総理は聞く耳を持っていたんですか。何と答えたんですか。

○班目参考人 まず第一に、私は、もうはるか前の時点から、こうなった場合には、真水がなくなったら海水注入しかないと言い続けておりました。
 それで、十八時からの御前会議でそのような議論があったかどうかについては記憶してございません。私がはっきり申し上げるのは、私の方から再臨界という言葉を持ち出すはずは絶対ございません。これはもう、私の専門性からいってどなたも認めていただけると思います。しかしながら、どなたか、これも総理かどうかわかりませんが、再臨界の可能性についてどうかと聞かれたら、それはゼロじゃないかもしれませんねと言うかもしれません。
 ただ、ここで理解していただきたいのは、その空気で何か起こったとかいうんですが、そのときに周りの方がざわざわしたとか、私に再臨界についてもっと検討しろとか、そういうような話があったという記憶は全くございません。
 とにかく、私としては、事故の収束だけが念頭にあったので、何時何分にだれからどのように聞かれたかとまで言われてしまうと、正直申し上げて、はっきりとしたお答えはできないというのが実情でございます。

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○西村(康)委員 前向きにとおっしゃいましたので、我々もこれは早急に提案をしたいと思いますので、できれば超党派で早く成立をさせたいと思います。総理にもぜひ御協力をいただきたいと思いますので、よろしくお願いします。
 原発の話を引き続きやりますけれども、チェルノブイリの事故との比較をさせていただきます。
 原発については、安全基準や規制体制について、これは自民党時代にも進めてきた話でありますので、我々にも責任があります。そのことを反省もしながら、そして、一日も早く収束させることが我々にとっても責任だという思いで、これまで私も各党、政府との実務者会議の場でもいろいろ提案をし、協力をさせていただきながら、一日も早い収束に向けて努力をしてまいりました。
 しかし、やはりどう考えても事故発生後の対応の悪さ、先ほどの中川委員の指摘のあった海水注入をめぐるいろいろな混乱、そして、先般来私が指摘をしている初動のおくれ、こうしたものについてもう一度しっかり議論をしたいと思いますけれども、現状、今、汚染の状況がどうなっているか、これを確認したいと思います。
 パネルにはチェルノブイリの様子が出ていますけれども、これは真ん中に丸く円をかかせていただきました。チェルノブイリから大体三十キロ圏内でどんなふうに汚染されているか、これを見ていただきますと、一番高いところで三百七十万ベクレルの数字があります。これはセシウム137でありますけれども、三百七十万ベクレル、一番赤いところですね、中心部分であります。
 さて、それでは、日本の今の福島第一の周辺の様子はどうかということでありますが、これは先般、文科省とDOE、アメリカのエネルギー省が航空機のモニタリングをやった結果であります。これを見ていただきますと、同じセシウム137でありますけれども、五百万ベクレル以上のところが一番中心部であります。右上の数字を見ていただきますと、一番高いところで一千四百七十万、一千四百万を超える数字になっている。
 チェルノブイリですら、チェルノブイリは何年かたった後ですけれども、三百七十万、その後、三十キロ圏内は基本的に人が住まないというふうなことになっておりますが、これは非常に厳しい状況、汚染は進んでいる。このことは、先般、原子力委員会で河田さんが同じ報告をされたと伺っております。
 原子力安全委員長にお伺いをしたいと思います。
 この状況をどう考えるか。そして、先般の予算委員会の質疑で委員長は、少なくともベントがここまで遅くならなければこれほど被害は広がらなかった、事態の悪化は防げた、それは確かだったと思いますという答弁をされました。この状況を見て、今の状況をどう評価するか、そして、やはりベントのおくれがこうした状況を招いた、このようにお考えなのかどうか、お考えをお伺いしたいと思います。

○班目参考人 ベントがもしもう少し早く実施されていたらばこのような状況にはならなかった、特に二号機の格納容器の破損というのが結構大きな問題だと思っていまして、ベントによってそれを防ぐことができれば被害の量はもう少し少なかっただろうというふうには認識してございます。


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177-衆-東日本大震災復興特別委…-7号 平成23年06月09日

平成二十三年六月九日(木曜日)
    午前九時三十分開議


○谷委員 自由民主党の谷公一でございます。
 復興基本法の議論も大詰めを迎えました。きょうは五十分時間をいただいておりますので、被災者支援にかかわるさまざまな諸課題と、後で総理に、退陣に当たっての今の思い、そういったことを、首をひねっておられますが、お尋ねしたいと思います。
 きょうは原子力安全委員会の班目委員長にもお越しを願っております。まず、班目委員長にお尋ねをいたします。
 先日、日曜日、NHKでございましたが、班目委員長は、今回の事故は人災だったとテレビで述べておられました。それをより正確に表現を調べてみますと、次のように言われておられました。津波が大きいものが来たのだから、これは天災ですよねと言われたら、私は絶対にノーです、これは人災です、こういうふうに明確に言われておりました。
 そう述べられた根拠は何ですか。なぜ人災だとお考えなんですか。

○班目参考人 御承知のとおり、今回の事故は、地震や津波によって長時間の全交流電源喪失やあるいは冷却機能の喪失が行われたものでございます。原子力施設というのは、これは分厚く守られなければいけないわけでございます。したがって、たとえ津波が想定を超えたからといって、第二、第三の防護手段がなければいけない。それなのに、実際にそういう手段というのを講じていなかった。このことはまさに人災であるというふうに我々は考えております。
 原子力安全委員会といたしましては、基本的な考え方として指針類を定めているところでございますが、それにもやはり抜本的な見直しをしなきゃいけないと考えているところでございます。

○谷委員 班目委員長、そうすると委員長の認識は、今までの対策、ふだんからの、平時のそういう対策が十分ではなかったということかと思うんですけれども、そうしたら、そういうふだんの対策に加えて、あの地震以降の、特に初動対応、それらについては問題ないというふうにお考えですか。
 つまり、ふだんのそういう備えが十分ではなかった、これは天災のせいばかりにすることはできない、人災だという御認識だと思いますし、それに加えて、では地震以降の対応、これは十分であったか、人災とお考えなのか、そこをお尋ねします。

○班目参考人 事故発災後の対応については、これはこれから検証委員会等々で明らかになるところでございますので、私としては現時点では非常にコメントできないところでございます。
 しかしながら、少なくても現場の対応としては最大限のことをしていると思っておりますので、それについて人災云々を私の方から口にする気はございません。


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177-参-経済産業委員会-9号 平成23年06月16日

平成二十三年六月十六日(木曜日)
   午前十時開会


○若林健太君 原子力安全委員会が決定をした発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針二十七に、電源喪失に対する設計上の考慮というのがあります。この中に書いてあるのは、長期間にわたる全交流動力電源喪失は、送電線の復旧又は非常用交流電源設備の修復が期待できるので考慮する必要はない。非常用交流電源設備の信頼度が、系統構成又は運用により、十分高い場合においては、設計上全交流動力電源喪失を想定しなくてもよいと、こういうふうに実は安全指針に書いてある。
 班目委員長はこの点について明らかに間違いだったということを率直に認められて指針を見直していくと、こういうふうに発言されておりますが、改めて、こうした指針を作ってしまったことについての責任、それについてお伺いしたい。そして見直しのスケジュール、いつごろこれを見直すのか、お伺いしたいと思います。

○政府参考人(班目春樹君) 確かにこの指針を作ったのはかなり前でございますけれども、米国のものを参考に作ったものと思われます。
 しかしながら、米国のものの場合にはちゃんとその外部電源の信頼性を評価してやりなさいということになっているところ、我が国の場合にはもう十分高いのでという感じでやっています。この辺りはもう本当に大変反省しなきゃいけないところだと思っております。
 したがいまして、原子力安全委員会といたしましては、今月中にもこの指針の見直しに着手いたしまして、かなり抜本的な改正になるかと思いますので、じっくりとした根本的な改正の話と別に、どんどん改正すべきところについてはその都度結論を出して改正していくという形を取っていきたいと考えているところでございます。


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177-参-内閣委員会-9号 平成23年06月16日

平成二十三年六月十六日(木曜日)
   午前十時開会


○大久保潔重君 皆さん、お疲れさまでございます。民主党の大久保潔重です。本日最後の一般質疑になりました。
 今日も朝から多くの委員の皆さんが東日本の大震災に関して、今後の電力政策であるとかあるいは生活再建等々、様々な議論がなされてまいりました。死者、行方不明者は二万三千人を超え、今もなお八万四千人を超える方々が避難を余儀なくされております。私自身も、本当に三月十一日以来、私にできることと考えて自分なりの活動を続けてきたつもりでございますし、三月十一日以降は多く私自身の思いを東日本に寄せてまいりました。
 そういう中で、今現在、参議院でも東日本復興特別委員会で復興基本法について議論がなされております。今後は、この復興基本法に加え、第二次補正予算あるいはその歳入を担保する特例公債法案など必要な法案を成立して、まさに人、物、金をこの東日本地域に集中的に投入をして復旧復興を成し遂げていかなければいけないというふうに考えております。
 実は、私の地元長崎県も、過去、昭和三十二年の諫早大水害、あるいは昭和五十七年は長崎大水害、さらには雲仙・普賢岳の噴火災害、もっと遡れば原爆投下という悲惨な歴史を有しております。そういう中で、全国の皆さんから本当に御支援をいただき、また励ましをいただき、見事に復旧復興を遂げてまいりました。東日本地域におかれましても、多少時間は掛かりましても必ず不屈の精神で復興を成し遂げられると、こう確信しております。
 ただ、この福島県の原発、第一原発のこの事故の問題に関してはちょっとやっぱり事情が異なるかなというふうに考えております。いまだに原子炉の火種は収まっておりません。今後どうなるのかというのは恐らく世界中の誰もが経験したことのない世界でありましょうし、だからこそ早急に国内外の英知を集めて、一日でも早い手を打って、どんどん手を打って、収束に向けて取組を進めていかなければいけないのに、やはり三か月もたって見通しが立っていないというところに恐らく今日の大きな問題があるのかなというふうに考えております。そういうことも踏まえて質問をさせていただきます。
 まず、この福島第一原発、震災後、何が問題かと。やっぱり電源が喪失したということかなとまずは思っております。そういう意味で、特に原発サイトの内部は津波によって喪失をした、外部は地震によって喪失した、こういうふうに公表をされておりますが、今まさにこの電源喪失、こういう事態に至った状況というのを、原子力安全委員会、どのように認識されておりますか、お尋ねいたします。

○政府参考人(班目春樹君) おっしゃるとおり、外部電源は、これは地震の影響により送電網がやられたというふうに理解しております。それから、内部の電源といいますか、非常用ディーゼル発電機は、これは津波によって水をかぶったために失われたというふうに理解してございます。

○大久保潔重君 一号機から五号機は恐らくそういう状況だろうと思います。六号機においては、当然外部は地震でやられましたけれども、内部においては津波でやられていないという状況だというふうにも聞いております。
 そういうことも踏まえて、今後、どのような見通しでやっていくのかということを是非お聞きしたいと思います。

○政府参考人(班目春樹君) まずは、この全交流電源喪失という事態を引き起こしたということの元々の原因として、長期間にわたるそのようなものは考えなくてもいいという安全設計指針というものがあったということは事実でございます。これについては根本的な見直しをさせていただきたいと思います。
 それから、原子力安全委員会は、これは助言機関といいますか、そういう指針を定めるところなので、規制行政庁である原子力安全・保安院の方におかれては、我々が示す基本方針に基づいてしっかりとしたチェックを既設の炉に対してやっていただきたいというふうに思っているところでございます。


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