東日本大震災以降,原子力損害賠償法に興味あり,同法と東京電力の責任についても検討してみたい。

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■2条「原子力損害」の意味・範囲 その24 安全配慮義務違反と消滅時効

■2条「原子力損害」の意味・範囲 その24 安全配慮義務違反と消滅時効


 原発事故後の収束作業中,東電等の雇い主(使用者)側の被曝管理等がずさんで,社員・作業員(被用者)が,許容限度以上の被曝をしていまい後に健康を害したり,死亡したような場合。このようなことは起きないかもしれないが、念のため検討してみる。


〔法の適用〕
・原発事故後の収束作業中の被曝について,これを「原子炉の運転等の際」(原賠法3条1項本文)に生じた「原子力損害」と見てよいのかについては,同法2条1項との関係で問題となるかもしれないが,おそらく「原子炉の運転等」には収束作業まで含むとなどとされるだろう。また,原子力事業者の従業員でも,原賠法の適用を受けるという点については,こちらで述べたとおり,法改正がなされていて問題はない。

・また,使用者は,労働契約上,当然に,労働者がその生命身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう必要な配慮をすべき義務(最判昭50.2.25,労働契約法5条)を負っており,それを怠った場合には,労働契約上の義務違反として,使用者は債務不履行責任(民法415条)を負う。
 原賠法と民法の債務不履行責任(民法415条)の関係については,こちらで述べた。

・下請け作業員についても,最高裁判決平成3年4月11日(三菱重工神戸造船所事件,判タ759-95)で,「上告人の管理する設備、工具等を用い、事実上上告人の指揮、監督を受けて稼働し、その作業内容も上告人の従業員であるいわゆる本工とほとんど同じであったというのであり、このような事実関係の下においては、上告人は、下請企業の労働者との間に特別な社会的接触の関係に入ったもので、信義則上、右労働者に対し安全配慮義務を負うものであるとした原審の判断は、正当として是認することができる。」とされ,会社に対して,安全配慮義務違反による損害賠償請求をなす余地はあろう。



〔従業員による損害賠償請求の法律上の根拠〕

1 民法の不法行為に基づく損害賠償請求権(民法709条)
・過失立証必要
・時効は3年(民法724条前段)
・遅延損害金の発生は損害発生時から(最判昭37.9.4)

2 原賠法上の損害賠償請求権(原賠法3条1項)
・過失立証不要(加害者の無過失の抗弁も認められず)
・時効は3年(民法724条前段)
・遅延損害金の発生は損害発生時から

3 債務不履行に基づく損害賠償請求権(民法415条)
・使用者において無過失立証必要
・時効は10年(民法167条1項,安全配慮義務違反について最判昭50.2.25)
・催告時から(民法412条3項)


 上の1と2では,こちらで触れたとおり,2が優先(特別法優先の原則)される。

 また,上の1と3の比較では,過失の立証責任や時効の点で、3が有利なのは明白であり,契約関係当事者間の紛争は,通常は,不法行為ではなくて債務不履行責任を追及する訴訟を提起することになる。〔ただし安全配慮義務違反については,債務不履行でも,その義務の内容,違反の事実については,被害者側が立証責任を負う(最判昭56.2.16)〕

 上の2と3と比較すると,時効の点では3が有利だが,訴訟で過失が問題とならないという点では2が有利である。また,遅延損害金の発生時期を考えると,「損害及び加害者を知った時から三年」(民法724条)以内であれば,普通は,2の原賠法に基づく損害賠償請求をすることになろう。

 したがって,通常は原賠法での賠償請求がなされることになろうが,仮に,従業員が,被曝が原因で発病し,そのことを知ったのに,3年以上放置してしまった場合などに,使用者の安全配慮義務違反を根拠にして時効期間10年の債務不履行責任を追及することが可能かどうか,その場合の時効の起算点との関係で問題となる。


〔考え方〕
 安全配慮義務違反(債務不履行,民法415条)による損害賠償請求権の10年の消滅時効の起算点については,以下のように考えられるのではないか。

1 安全配慮義務違反による短期間あるいは一回的事故で,即時に損害発生する場合
 損害発生時から進行(東京地裁判決昭和57年3月29日,判タ475-85)

2 安全配慮義務違反による短期間あるいは一回的事故で,相当な時間経過後に損害発生(晩発性の傷害)する場合
a説 損害発生時から進行する。
b説 安全配慮義務の不履行と一体をなす損害で当初からその発生を予見することが可能であったものについて,安全配慮義務違反時から進行し,それ以外は,損害発生時から進行する(判タ495-28)。

3 継続的な安全配慮義務違反があって被害が次第に進行するような場合
 こちらで述べた継続的不法行為と同様に考えて,累積的な健康被害については,全体として一個の損害賠償請求権と見て,退職などによってその安全配慮義務違反が止んだときから進行する?(東京高裁判決昭和58年2月24日,判タ496-100)


 原発事故の事後処理作業中の被曝による晩発性の健康被害については,たぶん上の2のような場合に該当するであろうから,b説のように考えて,晩発性の傷害が予見可能性もあったとするなら,被曝の時から10年の時効は進行しはじめるということなるだろうし,そうでないなら損害発生時(発病時)から進行するということになろうか。ただ,被曝すれば必ず晩発生の症状が出るというわけでもないだろうし,現実に発病していないとき,その病気の内容も程度も不明であって,損害賠償請求自体が困難であろうから,民法166条1項の「権利を行使することができる時」とは言えないはずで,除斥期間や時効の起算点を後ろにずらすことが多い近時の判例の流れからいくと,このような場合には損害発生時(発病時)から起算されるかもしれない。
 
 病状が徐々に悪化するケースで,消滅時効に関する起算点について,長崎じん肺訴訟の最高裁判決は以下のとおり。
・長崎じん肺上告審判決,最高裁平成6年2月22日(判タ853-73)
「前示事実関係によれば、じん肺は、肺内に粉じんが存在する限り進行するが、それは肺内の粉じんの量に対応する進行であるという特異な進行性の疾患であって、しかも、その病状が管理二又は管理三に相当する症状にとどまっているようにみえる者もあれば、最も重い管理四に相当する症状まで進行した者もあり、また、進行する場合であっても、じん肺の所見がある旨の最初の行政上の決定を受けてからより重い決定を受けるまでに、数年しか経過しなかった者もあれば、二〇年以上経過した者もあるなど、その進行の有無、程度、速度も、患者によって多様であることが明らかである。そうすると、例えば、管理二、管理三、管理四と順次行政上の決定を受けた場合には、事後的にみると一個の損害賠償請求権の範囲が量的に拡大したにすぎないようにみえるものの、このような過程の中の特定の時点の病状をとらえるならば、その病状が今後どの程度まで進行するのかはもとより、進行しているのか、固定しているのかすらも、現在の医学では確定することができないのであって、管理二の行政上の決定を受けた時点で、管理三又は管理四に相当する病状に基づく各損害の賠償を求めることはもとより不可能である。以上のようなじん肺の病変の特質にかんがみると、管理二、管理三、管理四の各行政上の決定に相当する病状に基づく各損害には、質的に異なるものがあるといわざるを得ず、したがって、重い決定に相当する病状に基づく損害は、その決定を受けた時に発生し、その時点からその損害賠償請求権を行使することが法律上可能となるものというべきであり、最初の軽い行政上の決定を受けた時点で、その後の重い決定に相当する病状に基づく損害を含む全損害が発生していたとみることは、じん肺という疾病の実態に反するものとして是認し得ない。これを要するに、雇用者の安全配慮義務違反によりじん肺に罹患したことを理由とする損害賠償請求権の消滅時効は、最終の行政上の決定を受けた時から進行するものと解するのが相当である。」



〔被害者死亡の場合〕
 たとえば,夫が30歳(2011年)で原発処理に従事し,過剰な被曝が原因で44歳(2025年)で発病し働けなくなり退職。障害慰謝料,逸失利益,医療費等の賠償は受けていたが51歳(2032年)で死亡。妻はそのまま時間を徒過。夫死亡から5年後(2037年)に,会社に対して,夫の死亡に基づく損害分(死亡慰謝料等)の賠償請求をした場合。
 この場合,死後5年経過しているので、おそらく原賠法に基づく損害賠償請求権は,3年の消滅時効(民法724条前段)にかかってしまっている。
 そこで,安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求(時効期間は10年,民法167条1項)を請求するとができないか。

 2037年では
1 被曝から26年経過している。
2 発病,退職から12年経過している。
3 死亡から5年経過している。


 晩発性の健康障害については,こちらで述べたとおり,除斥期間の起算点を,発病時とするのが最近の判例の潮流なので,20年の除斥期間(民法724条後段)にかかって,賠償請求できなくなるということはないかもしれない。〔ただし解釈次第。〕

 しかし,死亡時から5年経過しているので,通常は,原賠法に基づく損害賠償請求権の3年の短期消滅時効(民法724条前段)にかかってしまっている。

 そこで,死亡に関する損害(死亡慰謝料,逸失利益等)について,会社の安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権と構成して,10年の時効期間(民法167条1項)はまだ完成していないと主張して損害賠償請求できるかということになる。
 これは,安全配慮義務違反による損害賠償請求権の消滅時効の起算点の問題のうち,特に死亡に基づく損害賠償請求の場合どうなるのかという問題である。

 この点については,参考になる判例として,最高裁平成16年4月27日判決がある。

・最高裁平成16年4月27日判決(平成13(受)1759),※なお,除斥期間に関する同日の平成13(受)1760とは別のもの
雇用者の安全配慮義務違反によりじん肺にかかったことを理由とする損害賠償請求権の消滅時効は,じん肺法所定の管理区分についての最終の行政上の決定を受けた時から進行すると解すべきであるが(最高裁平成元年(オ)第1667号同6年2月22日第三小法廷判決・民集48巻2号441頁),じん肺によって死亡した場合の損害については,死亡の時から損害賠償請求権の消滅時効が進行すると解するのが相当である。なぜなら,その者が,じん肺法所定の管理区分についての行政上の決定を受けている場合であっても,その後,じん肺を原因として死亡するか否か,その蓋然性は医学的にみて不明である上,その損害は,管理二~四に相当する病状に基づく各損害とは質的に異なるものと解されるからである。」


 このじん肺訴訟では,裁判所は,健康被害による損害と,その後の死亡による損害を別とのもと考えており,この判決の判旨を類推すれば,少なくとも東電の従業員については,原賠法による構成ではなく,安全配慮義務違反と構成して,夫の死亡の慰謝料,逸失利益等を請求するかぎり,時効完成は死亡時らか10年(民法167条1項)ということになり,前述の例では,妻の請求は,消滅時効を理由としては棄却されないとうことになるのだろう。下請け作業員についても、こちらで述べたとおり、東電との関係で「指揮監督」や「支配従属」関係があるなどして,元請企業が,「下請企業の労働者との間に特別な社会的接触の関係に入った」といえる限りは、同様。




〔労災保険の各種請求の短期消滅時効〕

----------------------
・労災保険法(労働者災害補償保険法)
第四十二条  療養補償給付、休業補償給付、葬祭料、介護補償給付、療養給付、休業給付、葬祭給付、介護給付及び二次健康診断等給付を受ける権利は、二年を経過したとき、障害補償給付、遺族補償給付、障害給付及び遺族給付を受ける権利は、五年を経過したときは、時効によつて消滅する。
----------------------

 この42条の期間の性質と、その起算点については、以下の判例がある。

・東京地裁平成7年10月19日、王子労働基準監督署長(昭和重機)事件
1 労災保険法四二条は、時効期間、除斥期間のいずれを定めた規定か。
 労災保険法四二条は、法文上「時効によって消滅する」と明記しており、同法上の保険給付請求権は、それぞれ給付ごとの支給事由が生じた日に発生する権利であって、その行使が容易である反面、いたずらに長期にわたって不安定な状態下に置くことは煩瑣な事務をますます複雑化するおそれがあることから、短期消滅時効期間を定めたものと解すべきである。したがって、労災保険法四二条が除斥期間を定めたものであるとの被告の見解は採用しない。
2 労災保険法四二条の消滅時効の起算点について
 労災保険法四二条は、消滅時効の起算点について直接の定めをしていないので、同法四三条により、その消滅時効の起算点は、民法の一般原則によって決すべきである。そうすると、消滅時効は、権利者において権利を行使することにつき法律上の障碍事由がない限り、権利を行使することのできるときから進行することとなる(民法一六六条)。したがって、本訴で問題となっている休業補償給付請求権についてみれば、この請求権は、業務上の傷病による療養で労働することのできないために賃金を受けない日ごとに発生し、その日ごとに発生する受給権については、それぞれその翌日から時効が進行することとなるので、昭和五七年三月一〇日から平成二年一〇月一三日までの休業補償給付請求権は、これを行使するにつき法律上の障碍事由の存することは認められないから、時効期間の経過により時効消滅したことは明らかである。

※例として
5年
・障害(補償)給付 傷病が治った日の翌日
・遺族(補償)給付 労働者が死亡した日の翌日
2年
・療養(補償)給付 療養に要する費用の支出が具体的に確定した日の翌日
・休業(補償)給付 労働不能のため賃金を受けない日ごとにその翌日
・葬祭料 労働者が死亡した日の翌日
・葬祭給付 労働者が死亡した日の翌日
・介護(補償)給付 介護補償給付の対象となる月の翌月の1日
・二次健康診断等給付 一次健康診断の結果を知り得る日の翌日

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2011-06-25 : ・消滅時効の問題 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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