東日本大震災以降,原子力損害賠償法に興味あり,同法と東京電力の責任についても検討してみたい。

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■2条「原子力損害」の意味・範囲 その22 被害者の自殺

■2条「原子力損害」の意味・範囲 その22 被害者の自殺

 原発事故による放射能汚染で,作物や農地が汚染されるなどして出荷停止等の損害を被り,被害者が自殺に至った場合など,今回の事故により,被害者が自殺してしまった場合どうなるのか。

 まず,被害者の農作物の汚損,出荷停止等による損失など,財産的損害は,当然,「原子力損害」とてし賠償の対象となろう。また,職業等の生活の基盤を喪失させられたことによる精神的損害もこちらで論じた通り,一定限度で「原子力損害」に該当するとされる可能性がある。
 では,被害者がこれらを苦にして自殺した場合に,その死の結果について,原子力事業者が,賠償責任〔逸失利益や死亡慰謝料等〕を負うのだろうか。これは事案ごとの個別事情が重視されるべき問題であって,論理的に確定的な結論がでるというものではないだろうが,交通事故等の不法行為による損害を被った被害者が,自殺した場合などの判例等が参考となろう。


 交通事故により傷害を負った被害者が自殺した場合については,以下のような考え方があるとされる。

(1)説
 自殺による損害は,原則として保護されないとするもの。

(2)説
 被害者の精神的又は肉体的な苦痛並びに後遺障害が極めて重大で,通常人としては生きる希望や意欲を失い自殺を選ぶほかない状況にあれば,因果関係があるとするもの。

(3)説
 被害者にとって自殺以外に選択の道がなかったと考えられる場合に初めて法的因果関係が認められるとするもの。

(4)説
 自殺が不可避的な場合には,因果関係が認められるが,自殺が心因性によるものであるときは,因果関係を割合的に考え,その寄与度による賠償を肯定すべきとするもの。


 不法行為による被害者の自殺に関する判例は,交通事故の場合も含めて,多数存在する。以下はのその一部である。

--------------------------------
・大阪地裁昭和46年2月19日(判タ263号313頁)
 交通事故による障害を苦に病因を抜け出し,電車に飛び込み自殺した事案につき,事故と自殺との間に相当因果関係を認めず,慰謝料にて斟酌した事例
「以上によれば、亡Aは、左下肢の短縮という身体障害や加害者側の被害弁償についての誠意のなさ更には経済的な困窮などのため、将来の希望を失い自ら生命を絶つに至ったものであることが認められる。そうだとすれば、本件事故と亡Aの死亡との間に本件事故がなければ亡Aが自殺しなかったであろうという関係(条件関係)の存することが明らかである。
 三、ところで、不法行為から生じた結果のうち、当該不法行為による損害として、行為者に賠償責任を負担させうるためには、行為と損害(財産損害)との間に単に条件関係があるのみでは足りず、両者の間に相当因果関係即ち、行為によって通常生ずる損害であるか、あるいは予見可能性のある特別事情による損害である関係が存する場合でなければならない。従って、交通事故と自殺についていえば、交通事故の被害者がその受けた肉体的精神的苦痛から自殺を決意しこれを実行に移すことは極めて異例のできごとであることが経験則上明らかであり事故によって通常生ずる結果とみることが到底できないので、事故と自殺との間に法律上の因果関係がありとするためには、加害者において、被害者が事故により受けた苦痛や衝撃のため自殺することを予見しまたは予見可能な状況にあった場合に限られるものといわざるを得ない。しかして、予見可能性のある状況とは、一般的に、被害者の受けた苦痛、、衝撃または身体、精神の後遺障害が極めて重大で、通常人ならば何人も生きる希望や意欲を失い自殺を選ぶほかなく、そして通常人ならば何人もこれを首肯せざるを得ないような状況にある場合を指すものと解するを相当とする。本件についてこれをみるに、亡Aが交通外傷のため、前記認定のような左下肢に後遺障害を残し、また、示談の過程で加害者の不誠意な言動に憤慨して精神的な安定を欠いていたことは十分認められるけれども、さりとて、前記認定の事情からすれば、死を選ばなければならないほどの切迫した状況があったものと認めることは極めて困難であるといわざるを得ない。そうならば、本件交通事故と自殺による死亡とは、条件関係はあるけれども法律上の因果関係(相当因果関係)があるものと認めるに足りず、従って、亡Aの死亡により生じた財産的損害を加害者側である被告らに賠償させることはできないといわなければならない。但し後記のとおり、亡Aの慰藉料算定については、条件関係がある以上、右事情を斟酌することとする(損害額算定に関する相当因果関係論は財産的損害の範囲を枠づけするためのもので。、非財産的損害に関しては必ずしも適用なく、条件関係のある事項を被害者側または加害者側の事情として斟酌しうるものと解する)。」


・最高裁昭和52年10月25日判決(判タ355号260頁)
 高校教師の違法な懲戒権の行使と生徒の自殺との間の相当因果関係が否定された事例
「被上告人B1の右懲戒行為は、担任教師としての懲戒権を行使するにつき許容される限界を著しく逸脱した違法なものではあるが、それがされるに至つた経緯、その態様、これに対するDの態度、反応等からみて、被上告人B1が教師としての相当の注意義務を尽くしたとしても、Dが右懲戒行為によつて自殺を決意することを予見することは困難な状況にあつた、というのである。以上の事実関係によれば、被上告人B1の懲戒行為とDの自殺との間に相当因果関係がないとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。」


・福岡地裁行橋支部昭和57年10月19日判決(判タ483号151頁)
 交通事故の被害者が受傷を苦にし,外傷性ノイローゼになり,自殺。相当因果関係を肯定したが,自殺への寄与度を考慮し,50パーセントの賠償責任を認めた事案。
不法行為により傷害を受け,その苦痛に悩まされた被害者が絶望の余り死を選ぶということは決して有り得ないことではなく十分に起こりうることであり,予見不可能な希有の事例であるとは思われない。又交通事故を初め各種の不法行為により被害を受けて苦しむ人の悲惨さを思うときに,自殺が本人の自由意思であるとして相当因果関係を否定するのも損害賠償法が目指すべき損害の公平な分担の理念にも反するものである。ただ自殺の場合には本人の自由意思による面があることも否定することはできないし,通常人なら必ず自殺するという事例ならばともかくそうでない場合には100パーセントの責任を不法行為者に課すことも又公平であるとは思われない。結局自殺を選択した自由意思の程度や通常人が同一の状態におかれた場合の自殺を選択する可能性等を比較しながら受傷の自殺への寄与度を考え,その割合に従って不法行為者に責任を課すのが最も公平であると思われる。」


・大阪地裁昭和60年4月26日判決(判タ560号269頁)
 交通事故の被害者が,受傷が誘因となり,うつ状態あるいはうつ症候群となり自殺。相当因果関係を肯定したが,自殺への寄与度を考慮し,4割の賠償責任を認めた事案。
「不法行為により傷害を受け,その苦痛に悩まされた被害者が絶望のあまり死を選ぶということは決して有り得ないことではなく,予見不可能な希有の事例であるとは思われないし,交通事故により被害を受けて苦しむ人の悲惨さを思うときに,自殺が本人の自由意思であるとして相当因果関係を否定するのは,損害の公平な負担の理念に反し妥当ではないといわなければならない。
 もっとも。自殺の場合には,本人の自由意思による面があることも否定することはできないので,通常人なら必ず自殺するという事例ならばともかく,そうでない場合には,被害者の被った損害そのすべてを本件事故によるものとして被告らに賠償させることは,被告らに対し酷に失するものと考えられる。
 したがって,自殺を選択した自由意思の程度や通常人が同一の状態におかれた場合の自殺を選択する可能性等を比較しながら,事故による受傷の自殺への寄与度を勘案し,その割合に応じて被告らに賠償責任を認めるのが,発生した損害の公平な負担の理念にかなうものというべきである。」


・東京地裁昭和61年6月24日判決(判タ603号91頁)
 交通事故の被害者の自殺。受傷部位が感情を支配する前頭葉であることなどから,相当因果関係を認めたが,被害者の自由意思の関与の程度を斟酌し,過失相殺を類推し,5割見学した。
「亡Aの自殺は、本件事故による受傷を主たる原因として生じた結果というべきであり、一般に、交通事故による傷害ないし障害を原因として被害者が自殺することは、傷害ないし障害の部位あるいは程度によっては、予見不可能な事態とはいえないところ、前記認定の事実関係、殊に、本件における亡Aの受傷部位が感情を支配する前頭葉であって、この傷害が自殺意思の形成ないしその抑制力の減弱の原因となっていること等を総合すると、亡Aの自殺と本件事故による受傷のと間には、相当因果関係があるものというべきである。
 もっとも、自殺の場合には、通常、本人の自由意思により命を絶つという一面があることは否定できないところであり、本件においても、亡Aが全く自由意思を失った状態で自殺したものとは認められないことは前示のとおりであるから、このような場合に、自殺による損害のすべてを加害者に負担させることは、損害を公平に分担させるという損害賠償法の根本理念からみて相当でないものというべきである。そこで、民法第七二二条所定の過失相殺の法理を類推適用し、自殺に対する亡Aの自由意思の関与の程度を斟酌して加害者の賠償すべき損害額を減額するのが相当であると解されるところ、前記認定の諸事情を総合勘案すれば、亡Aの死亡による損害についてはその五割を減額するのが相当である。」


・富山地裁魚津支部昭和63年5月18日判決(判タ674号182)
 交通事故被害者が,骨髄炎に罹患し,神経症に陥って自殺した場合,事故との因果関係を認めたが,過失相殺の類推により賠償額を7割減額した事例。
「右認定の事実によれば亡Aは慢性骨髄炎に罹患していたところ、本件事故による骨折のため、完成されていた防御壁が破壊され慢性骨髄炎が再燃したもので、本件事故と骨髄炎の再燃の間に因果関係が存在することは明らかである。
 また、亡Aは本件事故と因果関係のある慢性骨髄炎の症状が軽快せず鉄工所での勤務に戻れず、補償交渉もうまくいかなかったことなどから、抑うつ・不安などの症状を伴う神経症に罹患し、将来に絶望して自殺したもので、亡Aの自殺と本件事故の間には相当因果関係が存在するというべきである。
 しかしながら、自殺は本人の自由意思に基づくものという面を否定できず、自殺により生じた損害をすべて加害者に負担されるのは損害を公平に分担させるという損害賠償法の基本理念からみて相当でなく、民法七二二条所定の過失相殺の法理を類推適用して、加害者たる被告の賠償すべき損害額を減額するのが相当であるところ、本件では事故そのものにより生じた傷害そのものは比較的軽微なものであったこと、亡Aに慢性骨髄炎の既往症があったこと、亡Aが自殺したのは本件事故から一年以上たってからであったことなど諸般の事情を考慮し、亡Aの死亡による損害については、その七割を減ずるのが相当である。」


・最高裁平成5年9月9日判決(交民26巻5号1129頁)
 交通事故により受傷した被害者が自殺した場合において、その傷害が身体に重大な器質的障害を伴う後遺症を残すようなものでなかったとしても、右事故の態様が加害者の一方的過失によるものであって被害者に大きな精神的衝撃を与え、その衝撃が長い年月にわたって残るようなものであったこと、その後の補償交渉が円滑に進行しなかったことなどが原因となって、被害者が、災害神経症状態に陥り、その状態から抜け出せないままうつ病になり、その改善をみないまま自殺に至ったなど判示の事実関係の下では、右事故と被害者の自殺との間に相当因果関係があるとした事例
「本件事故によりDが被った傷害は、身体に重大な器質的障害を伴う後遺症を残すようなものでなかったとはいうものの、本件事故の態様がDに大きな精神的衝撃を与え、しかもその衝撃が長い年月にわたって残るようなものであったこと、その後の補償交渉が円滑に進行しなかったことなどが原因となって、Dが災害神経症状態に陥り、更にその状態から抜け出せないままうつ病になり、その改善をみないまま自殺に至ったこと、自らに責任のない事故で傷害を受けた場合には災害神経症状態を経てうつ病に発展しやすく、うつ病にり患した者の自殺率は全人口の自殺率と比較してはるかに高いなど原審の適法に確定した事実関係を総合すると、本件事故とDの自殺との間に相当因果関係があるとした上、自殺には同人の心因的要因も寄与しているとして相応の減額をして死亡による損害額を定めた原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。」


---------------------------------


 上記の昭和46年の大阪地裁判決が示すとおり,不法行為の被害者が自殺することは,普通は異例の事であって,因果関係の認定において,「通常損害」とされることはなかろう。その場合,判例通説的な理解では,特別損害として賠償対象とすべきかという問題となり,その前提として,予見可能性の有無が問われることになる。
交通事故における最近の判例を見ても,単に自殺だというだけで賠償されないという(1)説のような結論を出すことはなかろう。最近に近づくほど,自殺でも加害者に一定割合の責任を負わせるものが増えてきているようである。
 交通事故のような場合には,傷害の結果が,脳等の精神形成に関する器官に生じてしまい,その結果,死を選択したような場合には,相当因果関係が肯定される場合があるし,また,そうではなくても,交通事故がその態様等によっては,うつ病等の精神的傷害を発症させやすいときなど,相当因果関係が肯定されることがある。いずれの場合でも,被害者の側の自由意思が介在していることから,過失相殺規定(民法722条2項)の類推適用によって賠償額は減額される。

 もっとも,冒頭に記載した例のように,被害者に受傷等の肉体的な苦痛がなく,身体的な傷害もないような事案において,被害者が精神的疾患に至ることもなく自殺に及んだ場合には,普通は予見可能性が否定されることが多かろう。ただし,大規模原発事故による広範な土壌汚染等で,一瞬にして生活の基盤が根こそぎ奪われ,それまでの長年の努力が無に帰する状態で,将来への希望を喪失させられ自殺する被害者も出てくることは,必ずしも予見しえない事態ではないとして,相当因果関係が肯定される余地がないともいえない。


※なお,ここで問題とする「予見可能性」は,相当因果関係説に立って,当該原因から当該結果が生じることが通常とはえない特別損害について,〔特別事情について〕予見可能性のある範囲で,相当因果関係のある損害として,賠償責任を認めようとする場合に問題となる「予見可能性」であり,「過失」の内容となる結果回避義務の前提である「予見可能性」の問題とは異なる。よくある生徒のイジメ自殺問題で,学校側の予見可能性が問題されるのは,主として後者の「過失」認定の前提となる予見可能性である。

※予見可能性については,民法上は,債務不履行に関する416条の規定がある。これを不法行為の場合に類推適用すべきかについては諸説ある。

民法第416条
1.債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。
2.特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見し、又は予見することができたときは、債権者は、その賠償を請求することができる。

※予め契約関係にあるわけではない不法行為の当事者間において,「予見可能性」というものを持ち出すことについては疑問もあるとされが,特別事情による損害を一定範囲に画するための道具立てとして一般に使用されている。


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2011-05-30 : ■2条「原子力損害」 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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