東日本大震災以降,原子力損害賠償法に興味あり,同法と東京電力の責任についても検討してみたい。

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■2条「原子力損害」の意味・範囲 「自主」避難者の問題 その8 原子力損害賠償紛争審査会第14回での議論

■2条「原子力損害」の意味・範囲 「自主」避難者の問題 その8 原子力損害賠償紛争審査会第14回での議論

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/kaihatu/016/attach/1312376.htm

原子力損害賠償紛争審査会(第14回)
日時 平成23年9月21日(水曜日)16時00分~18時00分
場所 文部科学省(中央合同庁舎7号館東館)3階講堂
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<略>

【能見会長】  以上、自主的な避難についての論点を整理したものでございます。多くの論点はおそらく前回審査会の議論の中で出てきたものを、多少は発展させたものもありますけれども、前回出てきた議論がほとんどだったと思います。若干つけ加わっている点もあるかもしれませんけれども、特にこの資料自体は一定の方向性を示すものではございません。ということで、今日は全くご自由にご議論いただきたいと思っております。
 前回の審査会においでにならなかった先生方もおられるかもしれませんが、議事録等はごらんいただいていると思いますので、大体の議論の雰囲気はおわかりかと思います。前回、あえて私がまとめると、何か方向性をつけるようで申しわけないので、そういうつもりではないんですけれども、前回いろいろ議論がありまして、この自主的な避難についてなかなか基準というのがそう簡単ではないかもしれないけれども、賠償の対象になるような損害というのはあるのかもしれないと。あるのかもしれないというのは、ちょっとあいまいかもしれない。あるのではないかというようなご意見が多かったと思います。ただ、今のように私が仮にまとめても、それに対して皆さんが持っているニュアンスというのはそれぞれ大分違っておりましたので、私のまとめにかかわらず今日はご自由にご発言いただければと思います。どなたからでも、ご意見がございましたら、お願いいたします。
 1つは、あまりすべてにわたって最初から、どこからでもというと議論しにくいかもしれませんので、まず2つに分けた。これも前回の審査会の中で出てまいりましたが、あるいはちょっと切り口が違ったご発言をされた方もおられますけれども、原子力発電所の事故が起きて直後に十分な情報がないまま避難したというグループと、それから、一定の情報がある程度出てきて、放射線量がある程度わかって、その段階で避難されたグループ、そういうものでちょっと違う問題があるのではないかというご議論がございましたので、今日も一応その2つのグループを分けて論点を整理いたしました。そもそもこの2つの分け方でよろしいかどうか。中島委員は少し違った切り口もご発言されたかと思います。一過性のというのか、最終的には20ミリシーベルトに満たないけれども、途中の段階で瞬間的にそういう計測がされたと。そういうものについてはその段階で避難したグループというのはそれなりに合理性があるのではないかというご発言だったと思いますが、そういうカテゴリーも念頭に置きながら、こういったカテゴリーを分けるということについて、もし何かご意見があればお願いしたいと思います。

【中島委員】  前回は、今、会長がご指摘のような観点で考えてみたんですが、少なくとも緊急時については、データに基づいて避難したというわけではないということも考えますと、時間的な区分として、当初の時期、緊急時については線量を基準とするという意見は撤回したいと思います。むしろ線量よりは時間と場所という切り口からの基準のほうが実態に合っているのではないかと考えます。

【能見会長】  前回、大塚委員も、初期のというのと、少し後からとで分けたらどうかというご意見でしたけれども、今日のまとめの仕方等について、何かご意見ございますか。

【大塚委員】  基本的に私の考えはこれとほとんど似ていますので、大変きれいにまとめていただいたなと思っていました。
 1つだけちょっと追加的に、伺うということでもあるんですけれども、4ページの3のところで、事故から一定期間経過後の自主的避難と書かれていて、その3行目に、この区域が決まって、「自らの生活圏内の放射線量も年間20ミリシーベルト以下と予測されることが確認された」と書いてあって、ここは私自身も重要なところだと思っているんですけれども、これが確認されたのは、上の、3ページ下から始まっているこの一連の流れの中では、私は4月22日だと思っているのですが、そのような理解でいいかどうかちょっと確認させていただきたいと思います。その辺がおそらく、事故当初の自主的避難と事故から一定期間経過した後の自主的避難を区別する境目になるのではないかと個人的には考えていますので、そこを確認させていただきたいということでございます。

【能見会長】  これは資料をつくった事務局のほうで説明してください。

【田口原子力損害賠償対策室次長】  ここの確認されたのがいつかということについては、先ほど説明で、4月22日ということも念頭には置いていますので、そういうふうに説明をさせていただきましたけれども、その前の4月11日のところも官房長官の記者会見があったりして、どの時点かというのは、必ずしも事務局としては判断をしたものではございません。

【能見会長】  ということで、この資料をもとにしながらこの委員会で決めていただければと思いますが、一定の関係があるということですね、大塚委員のご発言は。

【大塚委員】  はい。

【能見会長】  いずれにせよ、こういう区分けの仕方、時間的などこまでかというのは若干問題が残っているかもしれませんけれども、こういうふうに分けた上で事故直後の場合というのを先に議論するということでよろしいでしょうか。それでは、そちらについて、もうちょっと踏み込んだご議論があればお願いしたいと思いますが、いかがでしょうか。
 今のように分けますと、いつまでというのが1つの問題ですし、それから対象区域というものがどういうふうに決められるべきかということと、あと、大きいものはやっぱり損害の項目ですね。どんな損害を賠償していいのかというようなことですが、この対象者、おそらく皆さんも比較的近い意見をお持ちかもしれませんけれども、この第2カテゴリーの長期の、少したってからの避難の場合と比べると、初期に情報量がないもとで避難したという場合については、対象者の属性はあまり大きな考慮の要素ではないんじゃないかという感じもいたしますけれども、いかがでしょうか。

【高橋委員】  前回は休みまして申しわけございませんでした。基本的な区別についても異論はございません。
 ただ、行政上の指針として考える場合には、やはり定型的な基準を明確にした上で、あと個別の事情がいろいろおありの方については個別にご主張いただくという形が望ましいのではないかと思います。そういう意味では、行政上の区域を1つ考えるというのは合理的なんじゃないかと思います。
 対象者についても、今、会長がおっしゃいましたように、この場合には属性を気にする必要はないのかなと思います。ただ、その場合の比率とか、そういうところまで見るのかどうか。やっぱりそこは政府指示の過程を見て、その区域ごとに、その対象にするのを拾うのが合理的かどうかというところの過程を少し見ながら考えるのがよろしいのかなと思っておりまして、そこら辺のところは副次的な要素として見るほうがいいのではないかと思っております。
 以上です。

【能見会長】  ちょっと先ほど私、重要な点を申し上げるのを忘れましたけれども、こういうふうにカテゴリーを分けても、このカテゴリーでもって賠償すべきかどうかという大前提の問題があって、そこも含めて、皆さんのご議論をお願いしたいと思います。もし賠償するとなったら、どういう区域で、いつまでで、どういう損害かという問題ですね。今までのご議論ですと、当初、情報量が少ない段階で自主的に避難されたグループというのは、それなりに賠償の合理性があるという理解でよろしいでしょうか。そうすると、どういう範囲で、どういう損害で、あるいはどういう時期の、そういうのが争点になるということでよろしければ、少しそういう点に踏み込んで、今、高橋委員からは、対象区域については行政区域ごとで検討するのがいいのではないかというご意見だったと思いますが、ほかの点についていかがですか。

【中島委員】  私はむしろ、距離のほうを基準にし、行政区域は副次的な要素として考えるべきではないかと考えます。主は距離を、行政区域は従とすべきではないかと考えます。その1つの理由としては、そもそも政府の指示も距離を基準になされていたわけですし、ここの資料では、3月16日のアメリカ政府の退避勧告が80キロと、これも距離を基準にしておりました。行政区域は人的なつながりという副次的な要素としては考慮すべきかもしれませんけれども、主はやはり距離と考えるべきではないかと。特に当初の時期については、事情がよくわからない恐怖感もあったと思いますし、それを考えますと水素爆発もあったりして、それが行政単位を基準にするというのはちょっと違和感を感じるんですけれども。放射能が届く距離というのは、やはり感覚的には行政区画よりは距離なのではないかと思うんですけど。
 ちなみに、アメリカ政府は80キロとしたようですけれども、調べましたら、カナダ政府は日本政府に従っていたようですけれど。
 しかし、いずれにしろ、距離のほうを主とするほうが、当初の緊急事態の時期には、第2ステップのときはちょっとまた違うかもしれませんが、当初の時期は距離ではないかと考えます。

【能見会長】  行政区域であれ、あるいは距離であれ、何か高橋委員、あるいは中島委員、こんなのはどうかという。これは後でまた詰めればいいことかもしれませんけど。

【米倉委員】  私もやはり最初の段階では距離が一番重要なファクターかなと思っています。それは、1つは、もちろん政府の指示が20キロ圏、そして20キロ圏から30キロ圏の間の屋内退避という段階があったということもありますし、それから、この時点でどれだけ住民の方々に、放射線量あるいは放射能がどういったところを汚染しているかという情報等もそれほど与えられていたとは思わない。もちろん、いろいろなファクターはあるにしても、それが第一かなと思います。
 そして、その上で、では隣の村はどうなのとか、同じ行政区域でありながら、距離が若干異なることによる差等をどのように勘案して副次的に考えるのかなと、そういう2段階なのかなということを感じます。

【能見会長】  どうもありがとうございます。ほかにご意見ございますか。

【高橋委員】  すみません。私が申し上げたのは、当然、行政区域を選ぶときには距離感というのがあると思うんですね。ただ、円を描いて線を引くのかということを問題にしただけで、その引き方はやはりある種、社会的な共同体のところの線の引き方があるんじゃないかと申し上げたので、スパッと距離で引くのかどうかということをちょっと申し上げたということだと思います。

【能見会長】  この距離、あるいは行政区域等でどういうふうに範囲を確定するかということ自体、もちろん大きな問題ですけれども、もし今ここで、すぐに適切な提案がなければ、今の第1グループについての関連するその他の問題についてもご議論いただきたいと思いますけれども、距離あるいは行政区域範囲について、何かほかにご意見はございますか。
 ちょっとこれは、どういうふうに決めたらいいかいろいろ検討しなくちゃいけないと。これは、また少し持ち帰って検討したいと思います。

【大塚委員】  ちょっと質問でいいですか。

【能見会長】  はい、どうぞ。

【大塚委員】  ヨウ素を50キロ範囲で配っているんですけれども、これはどういう理由で50キロにしたかというのを教えていただけますか。

【田口原子力損害賠償対策室次長】  すみません。はっきり記憶しているわけではないんですけれども、県のほうから、これは県の防災計画に基づいて、どこかで判断をして市町村に配布をしたということで、必ずしも住民に配ったわけではございません。

【大塚委員】  はい。ありがとうございます。

【能見会長】  いいですか。
 それでは、この範囲については、もう少し材料といいますか、検討材料があるかどうかわかりませんけれども、さらに引き続き検討するとして、その他の点についていかがでしょうか。こちらもなかなか難しい問題がたくさんございますが。
 時期もどこまでにしたらいいかというのはもちろん悩ましい点ですけれども、どこかに初期の問題というのは、時間的な限度があるだろうということで、それをどう決めるかという問題が残るわけですが、私の理解では、その期間に逃げて、その後ずっと逃げているというか、避難していて、その期間全部が初期の問題というわけではなくて、おそらく初期の問題というのは、一定のどこか期間を区切ると、そこまでの期間の避難中の損害だったら損害、これが初期の損害というふうに理解するんだろうと私は思っていましたけれども、あるいはちょっと違う理解をされた方はおられますか。
 それ以後続くのは、むしろ第2段階の問題なのかなと思います。
田中委員、どうぞ。

【田中委員】  先ほど質問にもありましたけれども、我が国の防災規定、当初の防災法では、強制避難というのは50ミリシーベルトですね。ですから、当初はそれで対応してきたんですけれども、途中から計画的避難区域とか、そういうところに20ミリという基準がが出てきました。
 それから、今、確認をしたいのですけれども、20ミリシーベルト以上は避難で、20ミリシーベルト以下未満であれば1年間、来年の予測線量が20ミリシーベルト以下であれば、一応現存被曝状況で住んでいていいということになっていますので、その20ミリシーベルトがいつ公知の事実になったかというのが非常に大事なような気がするんですね。
 だから、先ほどもご質問ありましたけれども、それが4月22日なのか、11日なのかというところ、どっちでもいいのかもしれませんけれども、そのあたりが、今、会長がおっしゃいましたような1つの区切りになるんじゃないかなと私は思います。

【能見会長】  はい。野村委員、どうぞ。

【野村委員】  今の区切りの問題なのですけれども、最初の混乱時期は、おそらくどの程度汚染されているかというのがわからないということとあわせて、事故がこの先どういうふうに展開していくのかというのがわからないということもかなり大きな要素ではないかと思うのです。そうしますと、例えば20ミリシーベルトなら安全だとか、それに従った避難指示が出たりした段階で、既に事故の先行きがこれ以上悪化しないということが明確になっていないとすると、自主避難している人が、そういう指示の外側の住民だからといって、自主避難することが合理的でないという判断はしにくいのかなと思っています。

【能見会長】  なかなか難しい、悩ましい問題ですね。
 はい、中島委員。

【中島委員】  今の野村委員と同感なんですが、そうしますと、事実として、当時原子力がもうコントロール可能になったというふうに、一応まだ少なくとも水素爆発のような事態は回避できるようになったと一般に、あるいは政府が認めた時期がいつであったのかを少し調べてみる必要があるように思うんですが、今の手持ちの資料では、4月22日に解除されたところを見ますと、おそらくこの時点である程度めどがついたということが多分根拠になっていると思いますと、大塚委員がおっしゃるように、4月22日あたりかなという気がするんですが、ただ当時、実際どうだったのか、ちょっともう少し確かな資料があったほうがいいように思うんですけれども。

【能見会長】  これは、今、直ちに何か答えることができますか。

【田口原子力損害賠償対策室次長】  即答は難しいので調べさせていただいて、そのタイミング、それからそれが周知されたタイミングがわかるような資料を、次回には間違いなく用意いたしますし、でき次第、皆様にお送りできるようにしたいと思います。

【能見会長】  はい。

【田中委員】  ちょっとよろしいですか。

【能見会長】  はい、どうぞ。

【田中委員】  私はそこをあいまいにしてしまったら、国の防災の指針が全くないと同じになるんだと思います。だから、当初50ミリだったんだけれども、20ミリに下げたのはそれはそれでいいんですけれども、20ミリよりもさらに大きな範囲で、20キロ以上の範囲で20ミリ以上の被曝が予測されるとすると、国としてはそこまで避難させなければならないことになりますす。それは、避難を強制していないということで、20から30は屋内避難、緊急非難準備区域ということでやっているということは、やはり明確なエビデンスとして、国のほうがこれ以上は大丈夫だということは言っていないと思いますけれども、事実としてはそういうふうに理解しないと、何かよくわからない、基準がどこになるのか、全然わからないことになってしまうような気がするので、私はそこを動かすとなると、ちょっと収拾つかないなという感じがしているんですけれども。

【能見会長】  これは、後のほうのグループの問題ともちょっと微妙に関係していると思うんですけれども、初期の情報が少ない段階で避難したグループについて賠償を認めるかどうかという問題のところは、先ほどから議論しておりますように、当初の段階ではとにかく放射線量がどんなかということもわからない、とにかく爆発があって危険なので、とにかく逃げるというわけですね。ですから、そこでは放射線量の問題は関係ない。
 問題は、それがある程度明らかになってきたときに、田中委員のご意見は、20ミリシーベルトという基準が周知されて、その段階で初期に情報のない中で避難してきた人たちも、初期の避難の正当化はその時点で終わると。簡単に言うとそういうことですね。ですから、その20ミリシーベルトという基準が設定された時点がいつかということですね。

【田中委員】  はい。

【能見会長】  もうちょっと、さっきのほかの野村委員なんかのご意見だと、そういうふうに設定されたかどうかではなくて、やはり爆発等の危険がほんとうになくなったと言えるのかという段階まで、おそらくそちらのほうが少し期間が長くなる可能性があるんだと思いますが。

【野村委員】  いや、ただ、22日に屋内退避の指示を解除した時点において、20ミリシーベルトの基準とあわせて、将来さらに爆発が起こる危険がほとんどなくなったという判断がなされたということがはっきりすれば、それはそれでいいのではないかという趣旨で申し上げました。

【能見会長】  わかりました。
 そうしますと、22日だと、田中委員だと、具体的には何日になるということですか。

【田中委員】  11日か22日かどちらか。

【能見会長】  どちらかですね。はい。あとは考え方の問題ということですね。

【田中委員】  はい。

【能見会長】  ほかにご意見ございますでしょうか。
 少し微妙に考え方は違うかもしれませんけれども、大体11日か22日かというところなんだと思いますが、ただ理屈づけ、どういうふうに理屈をつけるかということが、先ほどちょっと言いましたように、後の問題にも少し関係してくるかと思いますので、今ご意見があれば伺いますけれども、もう少し論点を整理したいと思いますが、ほかにご意見があれば。あるいはほかの損害項目とか、ほかの部分まで含めてご議論いただければと思いますがいかがでしょうか。
 先ほどちょっと言いましたけれども、実際には初期に避難されて、22日までに戻るという方も当然おられたとは思いますけれども、そのままずっと引き続き避難されているという方も結構おられるのではないかと思いますが、こういうグループについてはどういうふうに考えたらいいかということも、これは第2のカテゴリーの自主的避難とも関係するわけですけれども、何かご意見があればお聞かせいただければと思います。
 どうぞ、大塚委員。

【大塚委員】  この点については、先ほど会長がおっしゃったように、基本的に第2の問題のほうに、事故から一定期間経過後の自主的避難についてどう考えるかという問題のほうに移っていくものと思います。
 細かいことを言えば、4月22日に直ちにそちらに移るのか、二、三日の日数を追加するのかというようなことは多少考えたほうがいいかもしれません、新しく別のところに移ってからもとに戻る間に、相当期間必要かというようなことは多少考えたほうがいいかもしれませんが、基本的には4月22日で、11日というご意見ももちろんあると思いますけれども、事故から一定期間経過後のほうの問題に移るのではないかと思います。

【能見会長】  損害の項目はいかがですか。
 簡単に言えば、これは政府の避難等の指示によって避難した者と全く同じようにするということなのか、少し違うように考えるかということですね。
はい、高橋委員、どうぞ。

【高橋委員】  合理性を認めている以上は、あまり区別する必要もないのかなと思うのですけれども、ただ問題は、精神的損害の取り扱いなのではないかなと思います。政府の指示で避難された方の精神的な損害の話と、自主的な判断でされた場合とではどういう精神的な損害を考えるのかというのは、難しい問題なのかなと思います。それ以外のものについては合理的と考えれば、それは一種、救済の対象になるのかなと私自身は思っていますが、その辺ちょっとほかの先生の意見もお聞きしたいと思っています。

【能見会長】  ほかの皆さん、いかがでしょうか。
 これは、今まで政府の避難等の指示によって避難した人たちに対する精神的損害というのがそもそも何であったかということ自体とも関係するんだと思いますけれども、これもぎりぎり全部詰めているわけではなくて、おそらく皆さんの間でも少し理解が違うんだと思いますが、私の理解は、これは避難を余儀なくされて、避難している間の生活の不便さ、あるいはコミュニティから切り離されたことによる不便さといいますか、そういうものが中心であったと思いますけれども、若干ほかの要素も含んでいるかもしれませんけれども、それが中心であったろうと考えております。
 だからこそ、一定期間たつと、不便さというものは多少緩和されるので減額もされるという考え方だったと思っております。そういう不便さということだとすると、私もまだ十分詰めておりませんけれども、初期の段階で自主的避難したということがそれなりに合理性があるんだということであれば、精神的損害も同じような賠償の対象になるのかなというふうに思いますけれども、これは皆さんのご意見を伺えればと思います。
 はい、大塚委員、どうぞ。

【大塚委員】  会長がおっしゃるとおり、不便さという点ではおそらく違わないと思うんですけれども、先ほど高橋委員が言われたこととの関係でちょっと申し上げますと、不便さのもとになっているところの、なぜそういう状況が発生したかというところが若干の違いはあるかもしれなくて、それが強制されているかどうかというところが違うと見るかどうかという問題だと思いますけれども、しかし、いずれにしてもそういう状況があって、意に反して追い出されたと考えれば同じだと思いますが、政府から強制されたという点をどのぐらい重く見るかによって、ちょっと判断が分かれるのかなと思っています。

【能見会長】  ほかにご意見ございますか。
はい、中島委員、どうぞ。

【中島委員】  大塚委員がおっしゃるのももっともかと思いますが、避難指示よりも外側の人で逃げた行為も合理的であったと認める以上は、そのときの強制、恐怖心による避難というのは、政府指示と同質ではないけれども、近い一種の恐怖心による強制のようなものがあったと考えてもよいのではないかなと思います。

【能見会長】  この点は、ちょっと今意見が少し微妙に違う、そんなに大きく違うわけではないかもしれませんけれども、少し違うので、あるいは大塚委員のような考え方に基づくと、同じではないかもしれないけれども、具体的に言うと少し減額してというようなことなんですか。

【大塚委員】  私も考え方のことを申し上げただけで、結論は自分自身も出ていないものですから、考え方を申し上げただけです。すみません。

【能見会長】  ほかにこの第1グループについて、この際詰めておかなくてはいけないという問題点がございますでしょうか。
 それでは、これは今日のご意見を踏まえまして、もう一度練り直しといいますか、整理してまいりたいと思いますけれども、後でまたお気づきの点があれば戻っていただいても結構でございます。
 次の、事故から一定の期間経過後の自主的な避難についてで、こちらのほうがある意味で難しい、大きな問題を含んでいると思いますけれども、こちらについてはいかがでしょうか。

【田中委員】  ちょっとよろしいですか。

【能見会長】  はい、田中委員。

【田中委員】  私自身もちょっと悩ましいなと思っているのは、6月30日に特定避難勧奨地点というのが出て、部落の中で隣同士で違った措置が出てきた。そのときに、小さい子供がいる人たちが自主避難をしたというケースもあるんですね。そういうのをどう扱うかというところが、そこが20ミリになるのか、ならないのかというのは、おそらくそれほど確信を持って国が出せたかというくらいの微妙なレベルのところで避難勧奨したり、しなかったりということが起こっていますので、そのあたりは個別扱いになるのかどうか。
それ以外は、先ほどの議論で、私は22日か、4月の一定の後のほうは、もう20ミリ、そういう場所以外は対象外でいいんじゃないかと、個人的にはそんなふうに思っているんですけれども

【能見会長】  はい。ほかのご意見、いかがでしょうか。
 これは、田中委員にお聞きしたい点があるんですけれども、政府のほうでもって行政的な措置として避難すべきかどうかという基準は、これは20ミリシーベルトなんだと思いますけれども、避難するというのは、ちょっと私も十分まだ理解していませんけれども、緊急に避難しろということなんだと思うんですね。
 それと、そこに長期間いると放射線をたくさん浴びる、最終的には合計では何年かでも浴びるようになって、それは危険であるという問題と、今緊急に避難するというのは、やはり違うカテゴリーのように思うんですが、今、自主的な避難でもってもし問題となっているのが、そこに長いこと住んでいると、今すぐということじゃないかもしれない。長いこと住んでいると危険かもしれないということで避難しているとすると、これは、20ミリというのは基準にはならないんじゃないかと。20ミリというのは、あくまで緊急に避難すべきだという基準ではないんですか。


【田中委員】  非常に難しい問題で、実は国の基準は来年の3月、要するに事故発生から1年間ですね。その積算線量が20ミリになるか、ならないかで判断しているんですね。だけど、普通は、そういうふうに長期には事故が続く、被曝状況が続くというふうにはほんとうはあまり考えていなかったというところに、非常に混乱があることも事実のような気はしますけれども、今、会長がおっしゃったことからいきますと、どれだけになるかわからないという時期を過ぎた後は、もう予測がわかっているんだから、あとは来年の3月までに除染をするなり何なりして、線量を下げてしまえば、避難する必要はなくなるという判断も出てくるんですね。

【能見会長】  それは、どのぐらい除染できるかという予測のもとに考えるということですか。どのくらい除染できるかというのは、まだやってみないとわからないと私なんかは思うんですが。

【田中委員】  そのぎりぎりのところが十分20ミリを下げるぐらいのことはできると思いますけれども、努力すれば。

【能見会長】  いや、私が申し上げているのは、20ミリというのは、緊急に避難するための基準だから、そこに例えば10年住んでいるときに、積算で危険かどうかという問題とは直接は関係ないのではないかと。
そうすると、長期にといいますか、例えば1年ぐらいで除染が半分ぐらいになって、その後ずっと住んでいても大丈夫ですよという基準になれば、除染ということを考慮して、避難する必要はないんだということは十分言えるかもしれないけれども、除染はこれからやってみないとわからないと。今、避難しているのが合理的かどうかという判断の基準には、直ちにならないのではないかというような。

【田中委員】  今、会長がおっしゃったように、10年単位で住んでいて、高いところに住んでいて、幾らならいいという基準は、今は多分なくて、ICRPのリコメンデーションとしては、できるだけ年間1ミリシーベルトに近づくように努力しなさいということだけしか、今は基準はないんだと思います。だから、避難のこととは少し違ってきますね。

【能見会長】  ちょっとまだ少し食い違いはあるかもしれませんけれども、これもちょっと仮定、前回私が申し上げて答えがなかったような気がしますけれども、これはあくまで仮にの話として、年間10ミリシーベルトであると。除染によって減っていくので、ずっとそれが続くわけではないかもしれないけれども、仮に10ミリシーベルトが続くと考えて、その10年間積算されると100ミリシーベルトになると。これもちょっと、そういうふうに単純に積算していいのかどうかわかりませんけれども、総量で100ミリシーベルトになったときに、その基準は100ミリシーベルトというのはそんな安全であるというふうには考えられていないと思いますけれども、そういうことを先まで考えて、現在、特に子供なんかだと思いますけれども、避難したいと考えるのが不合理なのかどうかという問題なんだと思いますけれども。

【田中委員】  その100ミリの基準は、私はちょっと今答えられないですね。どちらかというと医学的な観点が入ってくると思いますので、100ミリというのが、国としてそういうふうに積算線量を決めてしまったのかどうかということも、まだ明確ではないし、それを決めてしまったらば、今、会長がおっしゃったようなことがいっぱい出てきますね。それは非常に広域になります。
【能見会長】  はい。高橋委員、どうぞ。

【高橋委員】  今の会長のお言葉ですが、これを避難の概念に入れるかどうかということだと思うんです。今考えているのは、当面の福島の事故で、放射能の被曝を避けるために一たん出られて、中長期的には戻られることも前提にした方の話をしていると私は受けとめていて、そういう意味では、居住された方が、居所を転居されてしまって、もうもとへ戻られないというところはちょっと将来的な推移も考えないと、なかなか現段階で想像できないんじゃないかという気がします。そこは会長、いかがお考えでしょうか。

【能見会長】  これは、仮に今のような、私の考え方で避難していることが合理的だと判断して、何を賠償するかはまた別の問題ですけれども、私は個人的には、おそらく生活費みたいなものが一定期間ということだと思いますけれども、何を賠償するかは別として、今のような判断で、当初避難して、その人がほんとうにもう戻らないということになるのかどうかというのはケース・バイ・ケースでもあるし、またちょっと違った問題になってくるんだろうと思います。
 今、ここで自主的な避難ということで、何かの賠償をするかどうかというのは、放射線量が20ミリシーベルトを切っているけれども、それなりに不安を感じて避難する人の避難が合理的かどうかという点にかかっているだけで、その後どうなるかはまたちょっと別の問題で、その中のいろいろな人たちの中には、当然戻りたいと思っているけれども、やはりこういう状態では戻れないと考えている人たちもいるわけでというぐらいのことしか、私としてはまだ考えておりませんけれども。

【高橋委員】  後から出てきますが、当面2年の除染の方針が出ております。それはやはり前提にして議論したほうがよろしいのかなと私は思います。
だから、2年後にこうなっているということを前提にして、それで避難されている、戻らない、2年後戻らないという方が合理的かどうかというところを議論すればいいかなと思うんですけれども。

【能見会長】  すると、2年間はどうなんですか。

【高橋委員】  とりあえず2年という話になるんじゃないでしょうか。

【能見会長】  いや、2年間分の避難は、それなりに合理性があると。

【高橋委員】  いや、そこをどう考えるかということだと思います。政府としては当然除染するのですから、それを踏まえて、当分は戻ってこないのが合理的か否かを検討しようということです。

【能見会長】  ちょっと私があまり申し上げたかもしれない。ほかの委員、いかがでしょうか。
 はい、中島委員、どうぞ。

【中島委員】  今の会長のお考えをちょっとそしゃくして、議論がかみ合っていないようなところもありますので整理したいんですが、今までの議論の大まかなところは、まず大きなところでは時期で分けると。
その時期、第1、最初の緊急時の時期というのが、仮にある程度コントロールできるというめどがついたときを境にするということ前提にしますと、最初の緊急時の時期における避難の合理性を基礎づけるものは恐怖心だと思うんですが、ある程度めどがついた次の段階では、避難の合理性を基礎づけるのは放射線量だというふうに考えられると。そうしますと、どの程度の放射線量を根拠に避難を継続していることが合理的と見るかが問題になると。
 このように第2段階のところでは、放射線量が基準になるというふうに考えると、20ミリ以内だからいいか、もう帰れという強制をしていいか、あるいは低放射線の影響を考慮して帰ることを躊躇していることを合理的だと見ていいか、そういう問題ではないかと。
 だとすると、第2段階では、対象者の属性も問題になってくるのかなと思います。

【能見会長】  今の、そこまでは先ほど申し上げませんでしたけれども、基本的にそういう考え方をしております。
 大塚委員、どうぞ。

【大塚委員】  中島委員のご見解に私も基本的に賛成でして、放射線量を見て合理的かどうかを見ていったほうがいいと思っていますけれども、先ほど田中委員の話にあったところがさらに重要だと思いますが、食品安全委員会で今も検討中の生涯100ミリシーベルトというのをもし政府として何か出すのであれば、おそらくそれが結構大きな意味を持ってくるかと思います。
 そういう新たな基準のようなものができた場合には、政府として、やはりそこから出ていくという方に対して合理的な行動ではないとは言えなくなると思いますので、その点はよく検討したほうがいいと思います。
 高橋委員が言われるように、除染は2年でというのは方針としては出ているというのも重要だと思いますが、そこは、なかなか悩ましいところではあるんですけれども、2年で完全に全部終わるのかということは一応考えておいたほうがいいと私自身は思っておりまして、生涯100ミリシーベルトを超えるようなところに住んでいるということがある程度確かであれば、一定額を払うというのはあり得る選択ではないかと思っています。
 そのときに、放射線量を基準に考えるんだと思うんですけれども、ただ、例えば生涯100ミリシーベルトでもがんによる死亡が0.55%増えるということですので、それ自体を賠償の理由にするわけにはなかなかいかないと思いますので、そこはやはり、放射線量を基準にするという中島委員の意見に賛成ですが、最後はやはり不安というところに根拠を持ってくるのだろうと私自身は考えております。

【能見会長】  先に、高橋委員、どうぞ。その後に米倉委員。

【高橋委員】  大塚委員から言及がありましたが、実際、除染が2年で終わるということを申し上げたつもりはなくて、2年後の除染の状況を考えて、それで戻られない方の行動が合理的かどうかを考えましょうと、こういうお話をしたわけです。

【大塚委員】  すると、今は、指針はできないけれども、2年後にもう一度考えるというご趣旨なんでしょうか。

【高橋委員】  いやいや、当面2年を考えましょうと。2年後にまた考えればいい話だと思います。要するに、2年後に例えば60%減ると言っているわけですね、今の方針だと。その60%のところまで減ったということを想定されて動かれるかどうかということを、それが合理的と評価できるかどうかを考えましょうというお話を申し上げたということです。

【大塚委員】  何か、将来の損害賠償の話をしているような感じがちょっとしてきましたけれども。

【能見会長】  それはまたちょっと後で議論しましょう。
 では、米倉委員、どうぞ。

【米倉委員】  ちょっと、先ほどからの議論に少し違和感を感じているんです。最初の、早期において皆さんがある意味で恐怖感を感じて避難をしたというのは、これはそれなりに合理的であるということで、これは、私はいいかなと思うんですが、この4月22日以降は事故が終息し、そして、どういったところでは線量が高いと情報が与えられた、それに基づいて政府がある一定の方針を決めたわけですね。この、決めたときの年間20ミリシーベルトというのが非常に大きな誤解を招いてしまって、そんなところに5年も10年も住んでいられないよねというところが出発点だと思います。
 ただ、本来これが永久に続くことを想定してこの20ミリシーベルトを決めたはずではないはずで、本来は、ICRPの勧告でいえば、これを最終的に年間1ミリシーベルトまで下げていくという努力をする、その中で一つの基準を決めて、それを超える人たちは避難をさせようという、そういう基準として求められているもので、これは随時変わっていくべき性質のものです。
 そうすると、そこに住んでいる人たちがどのように感じたか、そこにきちっとした説明があったのかどうかというのも非常に大事なところで、こんなところに5年10年住めといわれても住んでいられないよねという感覚を持たれることは、ある意味で合理的かもしれないというふうに感じているんです。
 ただ、そこで問題になるのは、そういう人たちが自分の意思でもって自主的に避難した場合と、それから隣の人たちがそこに残ったという、そこにある種の個人の選択が入ってくる。これは、合理的な判断かどうかというのは、非常に私は難しいんではないかというのが率直な感想です。

【能見会長】  合理的な判断のところでそれが影響するかどうかは、私はちょっと違う考えを持っていますけれども、少なくとも残った人たちとの関係といいますか、バランスといいますか、そういう問題が出てくるということはこの論点メモにも書いてありますとおり、また重要な、難しい問題だというふうには思っております。それをどう考えるかも含めて、もしさらにご意見があれば。
 どうぞ、大塚委員。

【大塚委員】  私も多分、会長と同じ意見じゃないかと思ってはいるんですけれども、避難しなかった方についても、合理的な不安を感じていらっしゃる方については基本的に同じように考えていいと思ってはいるんですが、ここに書いてある「一方」というところとの関係で申し上げますと、中間指針で実際に避難した方についてこういうことを考えていたということとの関連で申し上げますと、これは放射性物質との関係での不安とかいうのは考慮していなかったことになると思いますので、それとは別物ではないかという整理はできると思います。
 結局、この避難しなかった人と一定期間経過後に自主的に避難した人との間のバランスというのはどこかで考えなくてはいけないことで、片方だけを賠償して片方はしないというのは、実際なかなか難しくなるものと思っています。

【能見会長】  どこまで大塚委員と同じなのか、よくわかりませんけれども……。

【大塚委員】  すみません。

【能見会長】  いやいや、似たところはもちろんあるんですけれども。ただ、自主的に避難をされた人の賠償と、おそらく、仮に残った人たちについても何らかの賠償があるというときは、どうも賠償の中身は違ってくるんじゃないかという気が、不安だという点で同じだというとらえ方はもちろんあり得ると思うんですけれども、残っておられる方は不安そのもの、不安が続くということの、一定の放射線をあびつつ生活するということの不安が続くということも、仮に賠償だったら賠償だと思いますけれども、避難された方は放射線をあび続けるというわけではないので、これは、きっかけは放射線を前提とした不安ですけれども、避難された後の損害というのは不安そのものの慰謝料かというと、ちょっと違うのかなと。そちらはむしろ、避難したときの合理性があるのであれば、増加する生活費とか、そちらのほうの問題が中心になるんではないかと個人的には思うんですけれども、これは皆さんのご意見を伺えれば。そもそも賠償するかどうかも含めてですけれども。

【大塚委員】  損害の項目とかは違ってくると思うんですけれども、私が特に申し上げたかったのは、何が合理的かというところの基準は多分同じになるかなと。生涯100ミリシーベルトかなと思っているんですけれども、そこは変わらないのかなという趣旨です。

【能見会長】  はい、わかりました。ほかにいかがでしょうか。
 この生涯100ミリシーベルトという話は、私もどこかで聞いていますけれども、これは具体的に、今、どこかで動いているんですか。これはもし事務局のほうで知っているところがあれば。

【田口原子力損害賠償対策室次長】  今、食品安全委員会が食品の、現在は暫定基準になってございますが、これのちゃんとした基準をつくろうということで、基準をつくるのは厚労省でございますが、厚労省から食品安全委員会に求めて、評価をしてください、食品の安全基準を決めるための線量について評価をしてくださいということで、求めに応じて食品安全委員会がその生涯線量100ミリシーベルトというのを食品の安全をつくるための基準として使うようなんです。ちょっと正確な表現は忘れましたが、基準として出しているということでございますので、一般の被曝線量の基準を議論するための数字ではないと理解しております。

【能見会長】  そうすると、食品での放射線被曝もあるし、ほかにも被曝もあるかもしれないけれども、食品についてはこれで限定しようという考え方だということになるのでしょうか?

【田口原子力損害賠償対策室次長】  すみません、どこまで正確にしゃべれるかちょっとあれなんですが、食品の安全基準を決めるに当たって個人の摂取量から逆算して、濃度といいますか、食品中の放射性物質の量を決めるわけですけれども、それを、もとのところをどういうふうに考えるかというところで、外部被曝も合わせて生涯100ミリシーベルトという数字が出てきているということなので、決してそれは、一般の外部被曝の線量基準を決めたり、こういった場で議論するのとはちょっと性質の違う数字だと理解をしております。

【能見会長】  ちょっと目的等がいろいろ違うのかもしれませんけれども、一つの基準として、基準というのは、これが直ちに外部被曝の科学的な安全性を考えるときの科学的な基準そのものではないけれども、避難したことが合理性があるのかどうかというときに判断する基準として使えるかもしれないというのが大塚委員の意見であり、私も100ミリシーベルトというのは一つの考え方だと思いますけれども、ただ、そうは思いつつ当てはめていこうとすると、生涯線量ですから、いろいろ状況は、先ほどからご意見があるように変化するというもとで、現在避難している、避難行為、それは合理性があるかどうかと判断をするときに使うのに、ちょっと直ちに使えないといいますか、少しモディファイしながら使わないと使えないというところがありそうな気がします。
 大塚委員、どうぞ。

【大塚委員】  ちょっと生涯100ミリシーベルトについて、厚生労働省が依頼したことと食品安全委員会が考えたり、答えようとしたことと若干ずれがあるとかいうことも報道では伺っていますけれども、その辺は私よりももっと専門的な方に伺ったほうがいいと思いますが、もし生涯100ミリシーベルトが無理だとした場合には、例えばこの間、中島委員がおっしゃっていたような年5ミリシーベルトとか、これは作業員の方の基準ですけれども、例えばそういうことも検討の対象にはなるかなと思います。

【能見会長】  今日は、これはもちろん非常に難しい問題であり、いろいろなご意見が出るのは当然だと思っていますので、今日確定するわけではないのですが、できるだけいろいろな意見をお出しいただけますとさらに論点を詰めるということに役立ちますので、さらにご議論をお願いできればと思います。
 では、高橋委員、どうぞ。

【高橋委員】  今までの議論もそうですが、放射線防護の場合は合理的に達成できるほど低く、低減しなければいけないという原則があって、これがなかなか理解が難しい。私も含めて、専門家以外の方には難しいところがあるんだろうと思います。
 特に、乳幼児の方、妊婦の方についてはこの原則は理解するのは難しいだろう。そういう意味で、自分の子供さんとか、これから生まれる方についてはそういうのは避けるべきであるというのは、合理的なのかなと思いますので、成年については私自身いろいろとこれから議論したいと思いますが、やはりこの(3)の属性については、明確に救済する方向で指針の中に取り込んだほうがいいのかなというのが私の感想、意見です。

【能見会長】  先に、米倉委員、どうぞ。

【米倉委員】  先ほど来、線量のところで生涯何ミリシーベルトというのが出てきているんですけれども、この考え方をこの中で入れるのは少し無理があるかなと思っています。特に刻々と変わる状況の中で皆さんが避難をしているというときには、やはりせめて年間線量、私は線量率のほうがいいと思っているんですけれども、空間線量率が無理であれば、そこから類推される年間の線量を基準にすべきであろうと思います。
 そして、20ミリシーベルトというのは、たまたま作業者の5年間を平均したときに1年当たり20ミリシーベルトというのがありますので、これが基準になっていて、これはあまりにも高過ぎるんではないかという皆さん方の感覚というのはそれなりに理解できるだろうと。特にお子さん、それから妊婦に関してそういう感覚を持たれることは、ある種の合理性はあるんだろうと思います。
 では、それをどこまで下げるかというのもなかなか難しいところで、そのときにやはり地域性というのも一つかかわってくるのかなと。先ほど、最初の段階では、どちらかというと私は距離というふうにお話をしていたんですが、この段階に入ってくるとコミュニティー自身が成り立つかどうかということも非常に大きなファクターとなってくる。そうすると、そのときに出てきた、新たにホットスポットといわれる部分が出てきて、この近辺ではある種の自主性を持って避難するということが認められているということも考えると、そういうところも含めた地域性で考えるというのも一つのやり方かなと思っています。

【能見会長】  田中委員、どうぞ。

【田中委員】  私も米倉委員と同じで、今ここの場で100ミリが合理的だということを言うのはちょっと言い過ぎ。というのは、先ほど事務局の説明がありましたけれども、食品安全委員会は内部被曝も外部被曝も合わせて100ミリということを言っていて、全体として仮に100ミリとした場合に、内部被曝、食品からとるものを、そこから100ミリのうち10ミリにするか、20ミリにするかということを決めて、それから逆算して個々の食物の濃度を決めようという考えだと私は思うんです。今がそうだから。
 だからそれが、今、米倉委員がおっしゃったように、生涯100ミリというのは国際的に認知されていると私は思っていないんです。私の知る限りにおいては。だから、それをここで決めてしまって、それが賠償の基準にしてしまうというのは少し無理があるかなと思うんです。もしそれを決めるんであれば国のほうで決めていただかないといけないし、先ほどALARAの精神でできる限りということも含めて、幼児のリスクの問題も含めて、本来は国がもっときちっと出していただかないと、それに基づいた賠償というのはできないんじゃないかという気がしています。

【能見会長】  これは前回十分議論したつもりですけれども、ここで安全かどうかの基準という、そのものを決めるわけではもちろんない。問題は、そういう基準がどこかにあるということを想定しながら、それ自体がまだ明確じゃないというところがありますけれども、そういうのを一方でにらみながら、危険性を感じて避難することに合理性があるかどうかというレベルで議論をしているので、おそらく科学的な基準そのものと完全に一致する必要はないんだと思うんですね。
 それからもう一つは、これはおそらく前回ご了解いただけた点だと思ったんですが、ただ、やっぱりまた議論してくるとどうしても科学的な放射線量の危険性というのが基礎にはありますので、どうしても関連してくるということですね。
 それから100ミリシーベルトが認知されていないという意味は、100ミリであると危険だという考え方が国際的には認知されているわけではない、そういうご趣旨ですか。一般的にそれは科学の問題だというのはわかりませんけれども、そこを崩すとなると、ちょっと私も何を科学的な根拠にしていいのかよくわからないんですけれども、一般的にはそういう基準というのはないというご理解、危険な基準というのはわかっていないということなんでしょうか。

【田中委員】  私はそういうふうに思います。

【能見会長】  はい。米倉委員、どうぞ。

【米倉委員】  私は、生涯線量としての100ミリシーベルトという考え方は基本的にとられていないだろうと私は思っています。1回100ミリシーベルトという急性被曝をしたときには、よく知られているように、0.5%のがん死亡率の増加が起こるということがわかっている。これは事実です。これを危険と考えるかどうかというのはまた別の政策の話でして、ただ、これが一つの基準になっていて、緊急時においては、100ミリシーベルトを超えるような事態になるときには強制的に避難をさせてもいい、こういうことが勧告されていますし、我が国ではそれを50ミリシーベルトと決めていたわけなんですけれども、そういうレベルの一つの指標にはなっていると思います。

【能見会長】  私自身は、あまり科学的なことについて発言するつもりはありませんけれども、業務上の線量でしたか、あれは5年間継続して100ミリシーベルトというのを基礎にしながら1年間分を割り出しているという話だったんじゃなかったですか。

【米倉委員】  年平均で20ミリシーベルト、5年間で100ミリシーベルトを超えないということになっています。

【能見会長】  その場合の100というのは何ですか。

【米倉委員】  基本的には年間50ミリシーベルトまで作業者については認められている、これは線量限度なんですけれども、5年間を通じて50ミリシーベルトでいいわけではなくて、年平均として20ミリシーベルトに抑えようという方策です。

【田中委員】  それは従事者の基準ですから、一般の人の基準ではない。

【能見会長】  はい、また違う点ですね。

【田中委員】  ええ。

【能見会長】  この科学的な基準との関係をどう考えるか、そもそも科学的な安全性というものについて基準がないんだという言い方は、ちょっと私、おかしな感じがしますけれども、それについてはさらに調べられるかどうかわかりませんが、調べてはみますけれども、ほかの論点についてももしご議論があれば、この際お願いしたいと思います。

【大塚委員】  ちょっと確認をさせてください。対象者の属性について、子供に関して特に気になるところなんですけれども、米倉委員にちょっとお伺いしておきたいんですが、低線量被曝の場合、子供と大人とでそれほど違いがないというご趣旨のことも伺ったことがありますが、ここは確認させていただきたいんですけれども、よろしいでしょうか。

【米倉委員】  要するに、そういうエビデンスがあるかどうかというところは難しいところで、ある程度以上の、1グレイを超えるような線量のところでは、子供のほうが二、三倍感受性が高いというデータは出ています。
 ただ、低線量がわからないからといって、そこで差がないという方策をとるのがいいのかどうかは難しいところがあって、子供さんが感受性が高いので、親御さんが、じゃあ20ミリシーベルトというのは怖いという感覚を持たれることにはある一定の合理性があるんじゃないかなと思います。

【大塚委員】  わかりました。ありがとうございます。

【能見会長】  これ、属性の問題はもちろん重要な問題点だと思っておりますけれども、これは科学的な根拠があるのかどうかわからないけれども、今までのような指針とか、あるいは避難のときにも、やはり妊婦、子供というものについてはある意味でより避難すべきであるというのが基本的に政府の指針の中にもあらわれていると思いますので、そんなにおかしな考え方ではないのではないかと思うんですけれども。

【大塚委員】  米倉委員に科学的なお話を伺ったものですから、それについて確認させていただきました。ありがとうございました。

【能見会長】  ほかに詰めておくべき論点というのはございますでしょうか。
 よろしいですか。ある意味で非常に大きなところで少しまだ合意ができているというものではなくて、まだ議論しなくてはいけないと思いますので、もう少し論点の詰めを行って、再度ご議論していただきたいと思います。
 そういうことでよろしいでしょうか。鎌田委員、どうぞ。

【鎌田委員】  主要な点についてのご意見をそれぞれお伺いして、もっともだとは思うんですが、この「主な論点」というペーパーの中にも書かれていることではあるんですけれども、例えば、かなり広範に、一定の基準時点が設定された後も一定の被曝線量があるような地域からの自主的避難者には避難区域から避難された方とそれほど変わらない賠償が受けられるようにする方向での検討を進めるというご意見が有力だったと思うんです。そうした方向でいった場合には、この「主な論点」の6ページの上から2つ目の・にあるように、緊急時避難準備区域においては、中間指針では、子供、妊婦、要介護者等に限って避難費用等を賠償の対象にしていたのですが、ここで今ご議論されているような考え方でいけば、この緊急時避難準備区域内のこれらの人以外の自主的避難も、基本的にほぼ同質の賠償が受けられるとなることは当然だし、その外の人たちも同じであるというふうになってくる。そうだとすると、これはちょっと、中間指針の基本的な考え方自体をもう一度考え直すところにつながるというふうなことにもなりかねない。
 それは、損害賠償の範囲とか、損害賠償を認めるためにほかにどういう付加的な要件をつけ加えるのか、こういうこととも関連するんですけれども、次回以降にもうちょっと議論を詰めて具体的な内容にしていくときに考慮すべき内容として、中間指針での考え方とどう連続性を保つのかというのも一つの重要な論点になると思います。
 それから、一定期間経過後の自主的避難について、かなり広範に、生涯100ミリシーベルトという基準になるかどうなるかわかりませんけれども、かなり低線量のところでも避難するのが合理的だということになると、それよりも前の段階の被曝線量等の詳細がわからない不安感というものを合理性の認められる範囲内で賠償の対象にするといったときに、どの範囲まで広がっていくべきなのか。今は20キロとか30キロというふうに言っていますけれども、現実には東京から自主的に避難した人もたくさんいるわけですね。隣接県からもたくさんいる。今のところデータとして出ているのは、福島県における避難の状況だけです。これは、当然に福島県以外はあまり考慮の対象にしないという前提でいるようにも推測されるのですけれども、それはどの程度の不安感を想定しているのか。一定期間経過後のほうが賠償される地理的な範囲が広いというふうなことはおかしくないのか。この辺の調整も必要だと思います。それから、特に初期の段階は、基本的には住民の不安感に基づく避難が合理的かどうかという判定をするわけで、その場合には公的に公表されたデータも問題ですけれども、同時にいろいろな情報が飛び交っている中で、住民に一定の影響を与えた情報としてどういうものがあるんだろうか。ここではアメリカのものが出ていましたけれども、そういう非公式に流布していたものも考慮に入れないと、住民の不安感がどこまで合理的かと判定するときの素材としてはまだ少し足りないのかもしれない。と同時に、そういう自主的に避難した人たちはなぜ自主的避難をしたのかということについても、何かもしその理由を直接に示すデータがあれば、そういうものをご提供いただいた上で議論を詰めていったほうがいいように思っています。
 それからもう一点は、これもこのペーパーに書いてあることですけれども、一定の被曝線量があれば自主的避難をするのが合理的だというふうに、この基準値が客観的に決まれば決まるほど、やっぱりそこに残っている人たちは強い不安を抱くようになって、しかもそれはある程度、科学的にも人体に影響がある数値だと言われれば言われるほど、そういう人たちは賠償なしでは済まなくなっていくというふうなことにもなるのかと思います。これもまた中間指針の考え方にも影響を及ぼしていくということにもなりますので、その辺の論点についても整理した上で次回は議論を進めたほうがいいのではないでしょうか。この問題だけピンポイントでやるといろいろな予期せぬ波及効果が出てしまいそうなので、その辺のところの資料がどれだけ集まるかはわかりませんけれども、ご提供いただいた上で、できれば事前にご提供いただいた上で、次の議論をしたいということで、要望でございます。

【能見会長】  いろいろな論点ありがとうございました。資料がどのぐらいあるかというのはわかりませんけれども、考え方の問題として、中間指針で考えている考え方との整合性といいますか、それを補足することはあり得るかもしれませんけれども、完全に矛盾するようなものがあると、やっぱりおかしな点があるだろうということだったと思います。いずれにせよ、そういう点も踏まえて、少し論点を整理していきたいと思います。
 ほかは、よろしいですか。大塚委員、どうぞ。

【大塚委員】  鎌田先生がおっしゃったことはよく考えなければいけないと思いますけれども、若干別のことになってしまうかもしれませんが、5ページの一番最後に書いてあることですが、この事故から一定期間経過後の自主的避難及びその他考慮すべき事項の(1)に書いてある避難しなかった者について、もし賠償を認めるとした場合には、避難指示等に関する損害の賠償を、項目としては超えないというのが普通の考え方ではないかと思いますので、その旨を個人的意見として申し上げておきたいと思います。これは多分、法的に批判があるところかと思いますけれども、私はある程度、割合的賠償のようなことを考えていかざるを得ないのか。つまり、リスクは20ミリシーベルトのところに比べると低いというふうには考えられますので、割合的賠償のようなこともどこかで考えなければいけないのかなとは思っております。以上です。

【能見会長】  どうもありがとうございました。本来、もう1つ議題があるので、時間配分を考えるべきだったかもしれませんけれども、重要なテーマですので皆さんのご意見を伺った次第です。
 それでは、これについては以上にしたいと思います。時間がありませんけれども、議題2のほうに移りたいと思います。
 この除染の問題は、理論的にも非常に難しい問題もたくさんございます。これについての論点を整理したものがございますので、説明をお願いいたします。

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■2条「原子力損害」の意味・範囲 「自主」避難者の問題 その7 日弁連会長声明

■2条「原子力損害」の意味・範囲 「自主」避難者の問題 その7 日弁連会長声明


http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2011/110930.html

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東京電力福島第一、第二原子力発電所事故における避難区域外の避難者に対する損害賠償に関する会長声明


東京電力福島第一、第二原子力発電所事故における避難区域外の避難者に対する損害賠償に関する会長声明原子力損害賠償紛争審査会(以下「審査会」という。)は、本年9月21日に行われた第14回審査会において、政府等によって避難区域や特定避難勧奨地点に指定された地域以外における避難者(いわゆる自主的避難者)の避難費用や精神的苦痛等に対する損害賠償について、次の2つの場合を検討した。

① 事故当初避難者が事故の置かれている状況について十分な情報がなかった時期として、4月11日(枝野幸男内閣官房長官〔当時〕が計画的避難区域及び緊急時避難準備区域の設定について発言した日)又は同月22日(屋内待避指示が解除され、計画的避難区域及び緊急時避難準備区域が設定された日)までの避難

② 事故後一定の期間が経過してからの避難

本来ならば8月5日に策定された「東京電力(株)福島第一、第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定に関する中間指針」において、避難区域等以外の避難者の損害賠償についても盛り込まれるべきであったところ、この点について具体的検討を始めたこと自体は評価できる。

しかし、審査会の検討方針は、年間20mSvの被ばくに満たないと政府が判断した場所以外は本来避難の必要がないということを出発点にしていること自体に根本的な問題がある。

(1) 政府は、当連合会のみならず、多くの民間団体も繰り返し包括的なモニタリングを求めているのにもかかわらずこれを行わないまま避難区域等を設定しており、この避難区域等以外の地域であれば避難の必要がないということ自体に十分な科学的根拠が認められない。

また、現在においても、3月11日に発生した東京電力福島第一原子力発電所事故(以下「本件事故」という。)の収束のめどは立っておらず、長期間にわたり放射性物質が外部に出され続け、汚染は拡大している。また、より深刻な事故に発展するおそれもいまだ否定できない状況にある。その上、汚染の状況は、風向や雨などの影響により常に変化し得る。福島県はもとより、宮城県や関東各地でもICRPの勧告する一般公衆の年間被ばく限度である年間1mSvに相当する線量率を超える放射線量が検出される状態が続いている。そのような状況下で、4月に避難区域等と設定された地域以外に健康被害をもたらす放射線被ばくの危険があると考えて避難などの行動をとることは決して不合理とはいえない。

(2) そもそも当連合会が繰り返し指摘しているように、放射線の人体や環境に対する影響は科学的に十分解明されているわけではなく、しかも、低線量被ばくによってもがんなどの発症リスクが高まる可能性は否定されず、特に子どもが成人に比べて放射線感受性が高いことに鑑みると、子どもとその親や妊婦が年間20mSv未満の被ばくに対しても不安を感じることは十分に理由のあることである。

また、日本の法規制上も、3月当たり1.3mSv(年間5.2mSv、毎時約0.6μSv)を超える放射線が検出される場所は、電離放射線障害防止規則により管理区域とされ、同区域には、必要のある者以外は立ち入ってはならない(同規則第3条第1項第1号、第4項)、原則として放射線測定器の装着が義務付けられ、外部被ばく及び内部被ばくの線量を定期的に測定して管理する仕組みになっている(同規則第8条)、18歳未満の者は、同区域で労働してはならない(年少者労働基準規則)など、同区域における活動は厳格に制限されている。

よって、当連合会は自主的に避難した者と健康不安を持ちながら避難していない者の損害賠償について以下の3点を求める。


第1に、少なくとも3月当たり1.3mSv(年間5.2mSv、毎時約0.6μSv)を超える放射線が検出された地域から避難した住民に対しては、避難費用・精神的損害について、原子力損害の範囲に含めるべきである。

第2に、5月27日には文部科学省が「学校において、当面、年間1ミリシーベルト以下を目指す」という方針を示している。今まで一般人の放射線被ばくの限度とされてきた、ICRP勧告の一般公衆の被ばく限度量である年間1mSvを超える放射線量が検出される地域から避難した者についても、少なくとも子どもとその親及び妊婦については、避難費用・精神的損害について、原子力損害の範囲に含めるべきである。

第3に、避難区域等にとどまって生活を続けてきた住民も、原子力発電所事故に伴う社会的混乱の中で多くの生活上の不利益を受け、また、放射性物質により汚染されている可能性のある地域で将来の健康上の不安などを抱えて生活することを余儀なくされているのであるから、このような生活を強いられていること自体を精神的損害として原子力損害の範囲に含めるべきである。

2011年(平成23年)9月30日
日本弁護士連合会
会長 宇都宮 健児

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